2-68 銀狼会総統銀イルマの危機
――銀イルマの視点から――
あたしは銀狼会の人間と共にカビ臭い穴蔵から地上に出て、廃墟となったスーパーで物資を回収していた。
全商品がタダになったスーパーは千客万来で開店以来の人出だ。老いも若きも、白人も黒人も日本人も、全員がこぞって商品を略奪している。
極限状態で律儀に倫理を護れる人間はそうそういない。日本人が災害時に略奪を行わないのは結局のところ一線を越える度胸がないのと、犯罪行為を行わなくともしばらく待てば助けが来るという保証が存在していたからだ。
けれど最初は抵抗があった彼らもようやく現実を理解し始め徐々に一線を越え始める。皆やっているから、という言葉が大好きな彼らは少しずつ周りに流され法を犯し始めた。
彼らはしばしば生きるか死ぬかの世界で生きてきた外国人はすぐに犯罪に走る、なんて主張をする。言い換えれば彼らもまたその様な状況下に置かれればそれなりの数がそうなるというわけだ。
訓練を受けた兵士ですら略奪を行う。ましてや弱い人間はなおさらだ。彼らはドローン爆撃一発で震えあがり、すぐに倫理を捨て生きるためには仕方がないと自らを正当化した。
最初から犯罪を行っていたあたし達が日本人の事をとやかく言うつもりはないけど、こんな光景を見てしまえばやはり人間は人種や肌の色に関わらず同じなのだな、という事を実感してしまう。
「姐姐、警察が間もなく到着します」
「そう。それじゃあそろそろ引き上げようか」
良さげなタバコがないか物色していると部下から報告を受けた。警察くらい別に返り討ちにしてもいいけど、無用なリスクを負う必要もないしこの辺で切り上げておこう。
「うわああ!?」
「確保ッ!」
「え?」
「ッ!?」
けれどまだまだ余裕があるな、と考え転売用のタバコをリュックに入れた時、武装したNAROの隊員が店内になだれ込み暴徒を襲撃した。
「警察はまだ来ないんじゃなかったの?」
「す、すみません!」
あたしが叱責すると部下は平謝りをしてしまう。けれどあいつらはコソコソ動き回るのが得意なので接近に気付かなくても無理はないだろう。
警察と軍隊の両方の側面を持つNAROの手際は敵ながら見事というよりほかなく、手早く混乱する暴徒を鎮圧していった。出入口も全て封鎖されてしまい、混乱に乗じて逃げるのは難しそうだ。
こうなった場合は選ぶ手段はただ一つ。殺られる前に殺る、それしかない。
「いくよ」
「「はい!」」
あたしはハンドガンを懐から取り出し部下と共に走りながら発砲する。群衆も上手く利用すれば強行突破する事も容易く可能だ。たとえライオンであろうと、突進する牛の群れにはどうする事も出来ないのだから。
「ぐぁああ!?」
「押すな、押すんじゃない!」
「早く逃げろッ!」
武装したプロであろうと所詮はこんなものだ。群衆雪崩で死人は出るだろうけど、我先に逃げようとする理性を失った暴徒をゴム弾如きで押さえつける事は出来ない。転倒した隊員は何度も踏みつけられ、やがてぐったりとして動かなくなってしまう。
「はい通りますよ~」
うん、チョロ過ぎるにも程がある。あたしたちはどさくさに紛れてスーパーから脱出、包囲網を易々と突破した、そのはずだった。
「させないよ」
「っ」
だけど今回の相手は一筋縄ではいかなかった。黒い肌の少年は龍尾を思わせる美しい刀を抜刀し、配下の隊員と共に悪人に天誅を下すため立ちはだかる。
「チッ! 犬どもがッ!」
「馬鹿ッ!」
あたしの部下は相手の力量を推し量る事も出来ずに銃口を向けた。それは相手に殺す許可を与えてしまう愚行に他ならなかったというのに、
「ッ!?」
「発砲を確認、これなら殺傷能力の高い武器の使用が認められるね」
少年はその場から一切動かず弾丸を一刀両断して防いでしまった。こんな漫画みたいな芸当を出来るなんてこいつは化け物なの?
「そっか、あんたが高倉エイトか。あたしもよく知ってるよ。どんな相手でも情け容赦なくしょっぴくあのクソアマの右腕だって」
「君達にも名前が知れ渡っている様で嬉しいよ。なら大人しく拘束されてくれるかな。悪人とはいえ出来るだけ殺したくないから」
二番隊隊長の高倉エイトは強者ぞろいの隊長の中でも屈指の実力者とされている。彼は一切の私情を挟まず粛々と任務をこなし、まさしくNAROを体現したかのような冷酷無慈悲な男だ。無論民衆からすれば正義の味方であり、立場によって評価は変わるけれど。
「ハッ、殺したくない? 収容所送りにして死ぬまでこき使うか、消耗品の兵隊にして売り飛ばす癖に!」
「そうだね、否定はしない。だけど平等に罰を与え社会の秩序を保つのが僕らの仕事だ。そこに人種も性別も宗教も貧困も関係ない。たとえ無意味な戦争の犠牲となった難民でもね。君が犯罪行為を行っている以上見過ごすわけにはいかない、それだけだよ」
あたしはNAROの非道を糾弾するけど、彼は涼しい顔をしてまるで意に介している様子はなかった。本当にこいつは血の通った人間なのだろうか。
「いずれにせよ堂々と略奪行為を行っている上に特殊指名手配犯の君を見逃すわけにはいかない。痛い思いをしたくないのなら無駄な抵抗は止めてくれるかな」
「……あんたたち、こいつと戦うのは分が悪い。バラバラに逃げるよ」
「そんな、姐姐!」
どうやらこいつらの一番の狙いはあたしらしい。つまりあたしが上手く立ち回って囮になれば仲間を助けられるというわけだ。
「走れ!」
「クッ!」
すぐに決断を下したあたしは散り散りになって逃げた。正直に言えば足手まといになるというのもあるけど、あたし一人だけなら何とかなるかもしれない。逃げる事ならこっちの方が一枚も二枚も上手なのだから。
「ふむ、やはりこう来るか」
予想通り高倉エイトはあたしだけを狙い追いかけてくる。最初の作戦は成功、後は上手くいくように祈るしかない。
もっとも神に祈った所で、神様はきっと極悪人のあたしを許すはずなんてなく天罰を下すのだろうけど。




