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ゆめのおちかた~終わりに向かう二つの世界、小説家とアニメーターを目指す何者かになりたい若者と、夢破れたTSダメ親父が紡ぐ英雄のいない物語~  作者: 高山路麒
第二章 暗き世界で光輝く太陽【第一部2】

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2-66 鳳仙とのマンツーマン指導

 鳳仙からキャラクターデザインという大役を任されたものの、特訓はより苛烈さを増したので私は素直に喜ぶ事が出来なかった。


 新作アニメの準備で忙しいのにマンツーマン指導してくれるという事は期待してくれているのだろうか。それともただ単に私を従順な社畜アニメーターにするために洗脳しているだけなのだろうか。


「うぎゃー、手が、手がぁ~。腱鞘炎になりそう……」

「大丈夫だよ。人間は案外なかなか壊れないものさ。それにこれくらいで壊れるならそれまでって事だし。使い物にならなくなったらまた新しいアニメーターを見つけるだけさ」

「……本当、鳳仙って凄いよね。このコンプラが求められるご時世に」

「納期は人命より重いんだよ」


 机に突っ伏して痛がる仕草をした私を彼はニコニコしながら笑い飛ばす。わかってはいたけど彼にとっては人間であろうと消耗品として認識している様だ。


「大体戦時下なのにコンプラもクソもないんじゃないかな。君は脱走したとはいえ軍事系の学校に通っていたんだよね。君の所にはそんなつまらない概念はあったのかい?」

「ないね。軍隊ってそういうものだから。肉体労働ならまだ何とかなったんだけど、頭がパンクしそう」


 だけどもちろん私は彼以上に理不尽な存在を知っていたので、少し不快になる以上の想いは抱かなかった。


 もちろん働きやすい職場である事に越した事は無いけど、戦場では誰もコンプラや人権に配慮なんてしてくれないので、徹底的にしごいて洗脳し甘さを捨てさせたほうが好ましいとはいえる。


 また信用スコアの低い人間がする様な仕事も同じだ。一応最低賃金という概念はあるものの、戦争で勝利するために働けるなんて光栄だよね、なんてノリでサビ残なんかは常態化し彼らは皆奴隷同然の扱いで働いている。


 だからこそ夢を見て復興支援地域に向かうわけだけど、そこで待ち受けているのはより過酷な運命だ。


 そう考えると労働環境の悪さに定評があるアニメーターはまだマシなのだろう。少なくとも命の危機に瀕する事は無い。私は根性だけはあるのでまだ何とか持ちこたえる事は出来そうだ。


「少し休憩しようか。エナジードリンクと栄養ドリンクどっちがいい?」

「その二択しかないの?」

「どちらかだけじゃなくて一緒に飲むのももちろんいいよ。用法用量を護れない状況だからこういうのを飲んでドーピングするわけだし」

「ならエナジードリンクで」


 あまりリラックスは出来そうにないけど、私はまだ美味しいエナジードリンクを選択した。うちの上官にも匹敵するくらいスパルタな彼には何を言っても無駄だろうし。


「鳳仙って見た目は美少女なのに価値観は滅茶苦茶昭和だよね。あんた何歳なの? あとやっぱりアニメ業界の元関係者だよね」

「男の娘の年齢を聞くものじゃないよ。二つ目の質問に関してはもう少し仲良くなってからね」


 ガードが堅い鳳仙は質問をのらりくらりとかわし自分の情報を一切教えてくれなかった。これじゃあ仲良くする事も出来ない。師弟関係がある以上、もうちょっと親睦を深めておきたいんだけどな。


「そう。じゃあなんで風俗店のオーナーをしてたの?」

「一番の理由は地上で仲間を集めるためかな。二つ目はお金を稼ぎつつ変態をいたぶるのが楽しいのと、後は可愛い服が着れるからだね」

「可愛い服……」


 男の娘の鳳仙は服装がよく変わるけど、基本的にご時世的にアウトな女性ものの服ばかりだ。私はもしかしたら地雷を踏んだかな、と後悔してしまった。


「女の子の格好をするのが好きなの? そんな服を着てたら殺されるかもしれないのに」


 それでも私は彼の心に土足で踏み込む。ひょっとしたら彼、もしくは彼女の心を傷つけてしまう事になっても、私は鳳仙の心を理解したかったから。


「女装が趣味な僕からすれば男の格好をする事は死ぬ事と同じなんだ。そんなに深い理由はないけど」

「凄いね。趣味に命を懸けられるなんて。それってもう性癖とか趣味じゃないと思うよ」

「何に命を懸けようが人の自由だ。僕の場合はそれがサブカルチャーであり女装だった、それだけさ。うちの店で働いていた従業員やお客さんも一緒だろうさ」


 鳳仙は躊躇なく言い切り、私は掘門倶楽部の人達を思い浮かべた。考えてみればあの人達って見栄えは悪いけど、自分の信念に従って生きてる人たちなんだよね。


 ランジェリーおじさんもきっとそうだ。変態に見えるけど危険を顧みずお店の人を護っていたし。少なくとも性的倒錯者と断じて殺そうとしたNAROの隊員よりかはずっとまともだろう。


「ヒカリにはそういうものはないのかい?」

「私かあ……私は割と同調圧力を受け入れながら生きてきた模範的な現代人だったからなあ。鳳仙が羨ましいよ、カッコよく生きる事が出来て。私には何もない。だから何者にもなれないんだ」

「けれどそれは君が妥協し続けた結果だ。それに何者でもなくても生きていく事は出来る」


 気付けば私のほうが話を聞いてもらう側になり、鳳仙は迷える私に道を指し示してくれる。こんなぼんやりとした馬鹿馬鹿しい悩みでもちゃんと答えてくれるだなんて、実は結構いい奴なのかもしれない。


「何者かになれた人間も決して華やかな事だけじゃない。死にたくなるほど悲しい事だってある。何者かになる事が素晴らしい、なんてただの思い込みだよ。そんなのは所詮誰かによって植え付けられた価値観だ」


 私達は皆何物にもなれなかった。だから誰もが死ぬために英雄になろうとした。そうしなければ生きている価値はないのだと呪いの様にずっと言い聞かせられ、いつしかそれが当たり前でカッコイイ事だと思うようになったんだ。


「この世界は何者にもなれなかった人たちによって作られている。何者かになった人はなろうとしてなるものじゃない。何かをしていたらいつの間にかそうなっているパターンがほとんどなんだ」

「そういうものなんだね……なんていうか惨めになるよ、こんな馬鹿みたいな事をボヤいてさ」


 ――ああそうか、私達はそれが正しいと思い込んでいただけで、最初からそんなものになろうとする必要なんてなかったのかな。


 鳳仙の言葉で私の悩みはちっぽけな子供っぽいものだという事を実感してしまう。実際こんなものは取るに足らないものだったし、命を脅かされるという次元が違う悩みを抱いている鳳仙のものとは比べ物にならないだろう。


「ヒカリ、確かにその悩みには価値はないかもしれない。けれどその想いを否定してはいけないよ。その想いは最高の糧になり、人生を切り開く原動力になるから」

「ホント、敵わないな。カッコ良すぎるよ、鳳仙って」

「僕にとっては誉め言葉にならないよ。どうせなら可愛いって言って欲しいな」

「そっか、じゃあ鳳仙はカッコ可愛いね」

「それだと違うものを連想しそうだから却下で」


 私が鳳仙の厳しくも優しい言葉に脱帽すると、彼はクスっと笑みを返してくれた。成程、こりゃいろんな人が虜になってしまうわけだ。


「ごめんね、鳳仙。私ちょっとあなたの事を誤解してたよ。あなたはどうしようもない鬼畜のサディストだって勘違いしてた」

「概ねその解釈で正解だけど。どうしたの、急に。変な物でも食べた?」

「なんだか謝りたかったから。鳳仙もいろいろ苦労してきたのに……だからお願い、あなたの事をもっと教えて。私はあなたの事をちゃんと理解したいから」

「ふぅん」


 私は心の底から謝罪したけれど、彼は相変わらず小憎らしい笑みを浮かべるだけだ。ひねくれた性格の鳳仙の事だ、この謝罪も面白がっているだけなのかもしれない。

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