1-16 アシュラッド王国刊行:マレビト様に会ったらどうする?~必ず覚えておくべきハウツーマニュアル~
急いでハウツー本のページをめくっていたモリンさんはまず何を言うべきかを入念に確認し、マニュアルに沿って異世界人の俺に説明を始める。
「最初に伝える事は、えーと……ここはレムリアという世界で、トモキさんからすれば異世界と呼ばれる場所ですポン」
「ああ、やっぱり異世界なんですね」
「私たちからすればそちらの世界が異世界ではあるんですけどね」
俺は改めてここが異世界である事をモリンさんから聞いて実感し、一言一句聞き逃さないように耳を傾けた。
「他によくある質問ではチートはあるのかって聞かれるそうですが、基本そんなのはないですポン。そちらの世界で言う魔法の概念に似たものはありますが、この世界の人専用ですのでトモキさんは使えませんポン」
「ふーむ、そりゃ残念です。チートでヒャッホーなハーレムは作れないんですね」
「ハーレム?」
「何でもないです」
別にチートで無双したかったわけではないが、現実世界で転生したらバラ色の未来が待っていると喜びながら死んだ奴はこれを知ったら絶望するだろうな。
「は、はぁ。ここ最近は何故かやって来てすぐに着の身着のままで強そうな魔物に戦いを挑む人が多いそうですが、もちろんすぐに殺されるので絶対にやめてくださいポン」
でもやっぱり話を聞く限りやはりチートはない様だ。つまりしばしば見かけた自称異世界からの帰還者の話はすべてデタラメだったと推測出来る。
マッハで死んだ転生者は確実に噓八百のプロパガンダを信じた最近の人間だろうが、折角第二の人生を手に入れたのにこんな結末じゃ死んでも死にきれないだろうな。
「異世界にもいろいろありますが、この世界はどこもこんな感じで砂漠ばかりなんですか?」
「いえ、王都アシュラッドの周辺は見ての通り砂漠地帯ですが、他の地域はどこも緑豊かな場所ですポン。トール教会……この世界で一番普及している宗教の教えでこの辺には木を植えてはいけないからで、もし植えたら逮捕されて処刑されますポン」
「ほへー」
「まあそんな酔狂な事をする人もいないですが、アンジョの方にとって聖地でもあるアシュラッドは他の地域と違って特にその辺のルールが厳格なので、また到着したら詳しくお教えしますポン」
モリンさんは用語を全く知らない俺にわかりやすく教えてくれる。トールと聞くと北欧神話のトールを連想するが元ネタはあちらなのだろうか。
「トール教会の教えではこの世界はアンジョが作った物であり、彼らは私達グリードを作って世界の維持と管理を任せ、アシュラッドにある聖櫃に魂を残し再びこの世界に戻ってくると言い残してどこかに旅立ったそうです」
彼女が語るこの世界の宗教の教えはいろいろ考察が出来る。おそらく彼らは何らかの理由で世界から離れなければいけなかったのだろう。
「アンジョの子孫はアシュラッドに暮らして聖櫃を護り続け、グリードもまたアンジョの子孫を支えてそれぞれの地域で代表者が統治し、いつか戻ってくる彼らに世界を明け渡すためにこの世界にあるアンジョの遺産をお借りしながら生活しているわけですポン」
「ふむふむ……」
アンジョが人間だとするのならば、途中で見かけた諸々の廃墟はそういう事なのだろう。一体何故人類は滅んでしまったのだろうか……。
「世界観はわかりましたけど、マレビトだの転生者だのはどう違うんですか? 知り合いも死んだっぽいので出来れば会えたらいいな、なんて」
ただ俺が一番知りたいのはやはりこちらだ。死んだはずの俺がこうしてこの場にいるわけだし、愛理もまたこの世界にいる可能性もあると勝手に考えていたが、モリンさんの回答次第ではその希望を捨てざるを得ない可能性もあったからだ。
「マレビト様と転生者はどちらもありがたい存在ですが、その違いはそのままやって来たか別の存在になったかという点ですポン。マレビト様から先に説明すると、マレビト様は別の世界のアンジョがこの世界を発展、あるいは護るために遣わした存在であり知恵を授けるとされていますポン」
「知恵ねえ」
「そんなわけでアシュラッドの王族はマレビト様を保護していますポン。生々しい話保護して引き渡せば報奨金も出ますポン。なのでさっきの食べ物とかピヨタンの代金は全然気にしなくていいですポン。たまたまアシュラッドの近くにやって来るなんてトモキさんは本当に運がいいですポン」
知恵を授ける――現代の科学知識等はこの世界の人間にとって喉から手が出るほど欲しいものだろうし、あるいは統治者だけで独占したいから保護しているだけなのかもしれないけど、それがはした金で手に入るのなら安いものだろう。
「転生者はそちらの世界で死んだ人が生まれ変わった感じですが、基本的に記憶は引き継いでいません。途中から自分がかつてアンジョだったと思い出すパターンもありますが死ぬまで転生者だと気付かない事もありますポン」
モリンさんは転生者についての説明もしてくれた。俺はマレビトのほうだろうけど、重要そうだしこちらもちゃんと聞かないと。
「見た目も変わって記憶を失った人が同じ存在かと言われると微妙な所ですが、性格や生き方に名残があるとされていますポン。一説にはやり直すために同じ運命を辿っているとかなんとか」
話を聞く限り転生者はオリジナルとは別の存在なのかもしれない。深く考察すると哲学的な模索になってしまうけど。
「もしトモキさんのお知り合いが亡くなったのなら転生者になっていると思いますポン。転生者もマレビト様と同じ様に保護されているので、運が良ければアシュラッドで会えるかもしれませんポ」
「……わかりました。つまり希望はあるんですね」
「ええ、縁がある限りきっといつかは会えますポン。縁は生まれ変わっても繋がっているものですポ。ひょっとしたら忘れてしまっているだけで、私とトモキさんもどこかで会った事があるのかもしれませんポ」
「ふふ、そうですね」
モリンさんの解説は俺にとっては十分過ぎる程満足のいく答えだった。出来ればそのままの状態で巡り会えれば良いが、この際転生者でも構わないだろう。
いや、むしろあんな世界の事なんて忘れたほうが幸せなのかもしれない。
たとえ再会した時に全てを忘れていて俺の事がわからなかったとしても、もう一度幸せに生きている愛理に会えればそれで十分だったのだから。その後の事は会ってから考えるとしよう。
「ただ時々嘘をついて悪い事をする人もいるので、もしトモキさんが自称転生者の人と会ってもすぐに信じたら駄目ですポン。マレビト様のトモキさんならすぐに見分けられるとは思いますが」
「ええ、肝に銘じておきます」
モリンさんはそう忠告するが、俺が会いたい転生者は愛理だけなのでその辺りはどうでもいいだろう。彼女を判別する方法はいくらでもあるのできっとすぐに本物かどうかわかるはずだ。
「それともう一つ気を付けたほうがいい事がありますポン。マレビト様も転生者も一般的には有難い存在ですがグリードの中には敵視する方もいらっしゃいますポン。戦争の原因になった事を恨んでいたり、もたらされる変化を拒んだり、その理由は様々で厳しい罰則があるので流石に殺したりはしませんが、グリードによっては積極的に嫌がらせをする方もいますポン」
「むぐっ、まあそりゃそうですよね」
続けて彼女は行動するにあたってネックになるであろう世界観について伝えた。
「ただアシュラッドで保護してもらえばその辺はあまり気にしなくていいですポ。最後にマレビト様絡みで戦争が起きたのも随分前の話ですし」
マレビトも転生者も変化をもたらす存在であり、この世界における現在の支配者や既得権益の恩恵を受けている人間にとっては内心有難迷惑な神様ではあろう。
つーか戦争って……この世界に何があったのかねぇ。だがそいつのおかげで俺たちはとばっちりを被っているわけだし、まったく迷惑なマレビトがいたものだ。
誰が味方で敵になるか慎重に行動したほうがいいだろうな。アシュラッドでマレビトや転生者を保護している王族の連中も含めて。




