1-12 窮地を救ってくれた親切なタヌキさん
最初からわかってはいたがカンカン照りの砂漠はクソ暑い。
靴も日本の整備された道を歩く事を想定されたごく普通のシューズなので、砂の地面は非常に歩きにくかった。こんな事なら訓練で使う半長靴を持ってくるんだった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
シューズの中に入り込んだ大量の砂もまあまあ不愉快だが、暑い、猛烈に暑い。
プチ氷河期前の日本の夏は四十度くらいしていたそうだがそんなものではない。これは命を奪う程の暑さだ。
全身から汗が噴き出て体中の水分が瞬く間に失われ、思考する事もままならない。
極度の脱水症状で足は痙攣して立つ事もおぼつかなくなり、まっすぐ歩く事も出来なくなった。
間違いない、ここは生き物がいてはいけない場所だ。俺は早々に自らの選択を後悔してしまった。
俺は未だにここが異世界か死後の世界なのかわからないが、もしここが異世界なら夢を見てやってきた奴はさぞかし絶望した事だろう。
ここには悠々自適な暮らしもウハウハハーレムも存在しない。ただ無限に死の世界が広がるだけだ。
「がふっ」
危険な魔物や野盗がいないのは助かるが、この過酷な自然に抗う事は人間には無理だった。結局体力が尽きた俺はその場に倒れこんでしまう。
異世界転生をするにしてももうちょっとイベントを起こしたかったものだ。
ただ唯一の救いがあるとすれば、戦争に行く事もなく比較的痛みがない人間らしい死に方が出来た事だろうか。そういう意味では幸せだった最期なのかもしれない。
もういい、疲れた……。
(智樹……大丈夫だからね……)
死の間際、俺は死んだはずの母さんの幻影を見てしまう。
彼女は赤ん坊をあやす様に優しい顔をしており、俺の心にはようやく穏やかな凪が訪れる。
幻だとしても最期に母さんの笑顔を見る事が出来て良かった。最期の記憶がこんなにも優しいものならこれ以上は何も望まないさ。
「お兄さん、こんな所で何してますポン?」
「ピィ?」
「……?」
しかし悲しい事に母親の幻影は次第に消滅、不思議そうに俺を見下ろす大きなリュックを背負った二足歩行のタヌキとビッグサイズのひよこっぽい生き物に変わってしまう。
意識がはっきりした事で苦しみも実体化し、俺は再び過酷な現実へと戻ってしまった。
「助け……水……」
このタヌキが何なのかはわからない。だがこの生き延びるチャンスを逃すわけにはいかない。俺は最後の力を振り絞って助けを求めた。
「ど、どうぞ」
「っ」
タヌキはぽかんとしながらもやや慌てた様子でチェック柄の水筒を渡し、震える手を見て代わりにコップに注いで飲ませてくれた。
「ん、くふっ」
俺は懸命に水を飲み干し、まさしく命の水と言うべき清らかな恵みにどうにか命を繋ぐ事が出来たのだ。
「た、助かりました。でもすみません、がぶ飲みして」
しかし砂漠地帯において水を失う事は死を意味する。理性を取り戻した俺はすぐに謝罪するが、タヌキとひよこは相変わらず首を傾げるだけだった。
「いえ、すぐそこにピヨタンショップの事務所がありますからそこで補給すればいいだけですポン」
「ピヨタンショップ?」
「わーい」
聞き慣れない言葉の意味を考えていると、デカいひよこに乗ったキノコっぽい生き物が楽しそうに駆けていった。
俺はいつの間にか目的地である謎の建造物周辺に辿り着いており、そこにはたくさんのひよこっぽい生き物がうろついていたのだ。
(いや、結構距離があったはずだがいつの間に……?)
あまり前後の事を覚えていなかったが最初の廃墟から謎の建造物までかなり距離があったし、俺が最後に倒れた時近くには何もなかったはずだ。まさか俺はワープでもしたというのだろうか?
いや、流石にそれはないか。意識が朦朧として認識出来なかっただけだろう。俺はそう結論付けタヌキさんに質問をする。
「えーと、ここは一体」
「レンタルピヨタンの放牧場ですポン。アンジョさんは見た所ピヨタンに乗っていませんが試乗中に逃げられちゃったんですポ?」
「……………」
「マテー!」
「わっはっはー」
「ピィ」
しばらくすると再度キノコが半魚人を引き連れて戻って来た。
二人は仲良くひよこに乗って追いかけっこをしており、どうやら不毛の砂漠と思いきやヘボそうな魔物でもはしゃげるただの観光地だった様だ。
「えーと、取りあえず休憩してから事務所まで案内しますポン」
「あ、はい」
俺は混乱しつつも全く異論はなかったのでタヌキさんに連れられ建物へと向かう。そこに行けばこの理解不能な状況もわかるのだろうか。




