1-11 荒涼とした砂漠の大地、ペンネの化け物遺跡にて
ぼんやりとした意識は焼けつくような熱気と、口の中に入ってきた砂のジャリジャリとした嫌な食感によって覚醒する。
目を開くと強烈な光を認識し、眩しさで目がくらんで思わず手で覆ってしまったが、次第に光に慣れて俺は周囲の状況を自らの目で認識する事が出来た。
どうやらここは廃屋の様で、雰囲気からすると何かの小売店だった場所の様だ。
だが長らく放置されたせいで屋根はなく、あるのは錆びた鉄筋がむき出しになった壁と床のみで最早あばら屋とも呼べない。
あばら屋は通路らしきものを挟んで連なっており、辛うじてここがかつて商店街であったであろう事が推測出来る。
しかし看板などに書かれている文字は判別出来ず、唯一認識出たのは旦…市…という文字だけだった。何となく日本語っぽいが掠れすぎてよくわからないな。
しかしそんなものよりも一番目につくのは一面に広がる砂漠だろう。
丘になっている部分もあり全てが目視で確認出来るわけではないが、廃墟の外には三百六十度果てしなく砂の大地が広がっている。
物が少なく距離感がわかりにくいが建造物らしきものも確認出来る。だがここからではどんな建物なのかはわからない。
絶景と言えば絶景だが本当に何もなく、それ以上の視覚情報はもう手に入らなかった。
俺はおおよその情報を入手し、脳内で整理した所でひどく混乱してしまった。
「んー……?」
暑さも相まって脳がキャパオーバーしてしまったので俺は改めて整理する。
多分ドローン爆撃で死んで、なんか走馬燈みたいなものを見て、今砂漠にいて。
間の精神世界っぽい場所の事はあまり覚えていないが、とするとここは死後の世界なのだろうか。廃墟以外には何も存在しない死の砂漠なのでとても納得出来る仮説だが。
「そうだ、愛理は! 愛理ッ!」
俺は愛理と逃げていた事を思い出し彼女を慌てて探す。
けれど彼女の姿はどこにもなく、相変わらず何もない廃墟と砂漠しか見えなかった。
まあいい、一旦落ち着いてまずは状況の確認を続けよう。こういう時こそ冷静にならなければ。
おそらく肉体は四散したはずだが見た感じ手足はちゃんとあり、所持品のスマホのカメラを使って顔を確認するとやはりいつも通りの不健康そうな顔に目と鼻と口がついている。
目と鼻と口が~の表現はつまらないボケに用いられがちだが、前後を考えるとちょっとシャレにならない。
以上の事から今のこの状況は死んで異世界転生、もしくは死ぬ直前に異世界転移した、もしくは普通に死後の世界だと考えるべきだろう。
個人的に俺は異世界の存在には懐疑的だったので、死後の世界説を採用したかったが生き残るためには一切の先入観は捨てなければならない。
また予想はしていたがスマホは圏外で助けを呼ぶ事は出来ない。
こんな事なら真面目に転生についての講習を聞いておくべきだったか。ただここが異世界にしても死後の世界だとしても、じっとしていても仕方がないので移動するしかないだろう。
続けて所持品を確認する。
どうやらリュックサックも持ってきたようだが、中には授業で使うタブレット端末に小型のノートパソコン、持病の薬一日分、酢こんぶ四つ、駄菓子の美味カレー二つ、九州民必須の交通系ICカードのヨカバイ、筆記用具くらいしかなかった。
後は装備品として愛用のカツラに学校指定の丈夫な制服、小銭入れの財布だな。
「ん?」
しかし右側のポケットをまさぐっていると俺は何か固いものに触れ、掴んでそれを取り出してみるとそこには銀の鍵があった。
「なんだコレ?」
アンティークっぽい銀の鍵は奇妙なデザインをしており、不思議な力を感じるので特別な扉を開けられる魔法の鍵だと言われても信じてしまうだろう。
見るからに重要なアイテムっぽいが使い道がわからない以上はどうしようもない。
残念ながら鑑定スキルとかは会得しておらず見ただけはわからないので、俺はひとまず銀の鍵をポケットに戻した。
さて、異世界ではあまり役に立たないものばかりだがこんなものでどうすればいいのだろう。何より薬がないのは厳しいな……薬漬けの俺は飲まなかったら普通に死ぬし。
俺には持ち前のド根性があるので薬を一日くらい飲まなくてもすぐには死なないが、その状態で過酷な砂漠を彷徨う事は死を意味する。
無論食糧や水の問題もあるが、生存のためには今日中に薬を入手しなければいけないというわけである。
「……やるか」
正直気分が乗らなかったが生き延びるためには砂漠を移動しなければならない。
俺はまず愛理と、ついでに使えそうなものを探すため廃墟を調べてみる事にした。
「愛理ー!? 生きてるかー!? いやこの表現はあっているのか?」
俺は自分にしては大きめの声量で叫ぶが、見晴らしがいい廃墟はそれほど広くないのですぐに彼女がいない事を改めて理解してしまった。
けれど普通に考えて死んだはずの俺はこうしてここにいるわけだし、同じく死んだ彼女もまたこの世界のどこかにいる可能性も十分あるはずだ。
残念ながら愛理は近くにいないようだが、それは数少ない希望をもたらす情報であり俺は内心気分が高揚していた。
だがもし彼女がこちらに来ているのならばきっと心細い思いをしているに違いない。叶う事ならすぐにでも助けなければならないだろう。
「ふーむ」
ただやはりそれはそれとして、まずは自分の身の安全の確保がサバイバルの鉄則だ。
早速使えそうなものがないか色々調べてみるが周囲に落ちているのはガレキや廃材くらい。言うまでもなくツボやタンスもなければ棒状に加工したヒノキもない。
せめて食料や水などがあればいいが、そんなものは期待するだけ無駄か。
「うーむ」
後気になるものは頭がペンネっぽい化け物の像が等間隔で立っている事か。
ここが遺跡の類ならこの像はかつてこの場所で祀られていた悪魔像的なものなのだろうか。
ペンネの化け物の近くをよく観察すると欄干らしきものがあり、どうやら俺が今立っている場所はかつて大きな橋だった様だ。
もっとも昔は清らかな水が流れていたのだろうが、今はすっかり干上がって砂地になってしまっている。
しかしこの橋はコンクリート造りなのか。レンガや木組みの構造物がメインの異世界にはあまりないよなあ……いやそもそもここが異世界なのかどうかもわからないけど。とにかく調べられそうなものはもうなさそうだ。
恐怖心がないと言えば嘘になる。危険な野生動物、過酷な自然環境、野盗等悪意のある存在……それらの想像は俺の足をすくませるに十分だった。
いつぞやか病的に慎重すぎる転生者が主人公のラノベがあったが普通はそんなものだ。
普通に生きてきてヒャッホー冒険だ、魔物をやっつけるぞー、みたいになる事はまずない。
ああいうのはフィクションの中だから成立するのであり、現実で危険な野生動物や強盗団がいる場所に好き好んで出かける奴がどこにいるだろうか。
生活のための金が欲しければ冒険よりも効率のいい方法はいくらでもあるし、下手をしたら一生冒険に出ない選択をする奴だっていくらでもいるだろう。
ましてや死が常に身近に存在し、その恐怖と痛みを身をもって知っている俺みたいな奴はなおさらである。
野盗に身ぐるみを剥がされた挙句全身を切り刻まれて殺され、魔獣に生きたまま臓物を食らわれ……現実において死には痛みと絶望が必ず存在する。
本音では助けが永遠に来なかったとしても、このままずっと死ぬまでこの場に留まりたかった。
「……行くか」
けれど俺は廃墟を後にし生き延びるために死の砂漠へと足を踏み入れた。全ては生き抜いて、愛理と再び巡り合うために。
異世界転生にせよ死後の世界にせよ早めに愛理が見つかるといいんだが。
まずはぼんやりと見えるあの建物っぽい場所を目指すか。




