1-104 終末の長崎観光の始まり
空港ビルの外に出ると見覚えのある青い観光バスが停車しており、整備したばかりなのか新車同然の輝きを放っていた。
他の場所で見かけた車はどれも錆びだらけだったけど、来るはずがない客を迎えるためにずっと手入れは欠かさなかった様だ。
オトハも最初こそ上品さを漂わせていたが、バスに向かって歩く姿は次第に楽しげなものに変わる。きっとバスガイドとしての役割を与えられた彼女はこの日をずっと心待ちにしていたのだろう。
「……………」
「ん? おーい、どうした? てい」
だが彼女はバスに近付いた際突然動きを停止してしまう。
リアンは不思議そうに様子を伺い、完全に固まっている事を確認してから先ほど彼女がそうした様に頭部へのチョップで修理を試みた。
「いけません、データがロストしています……これではガイドが出来ません! そんな、私はバスガイドなのに!」
「おおっと?」
叩かれた衝撃でオトハは再起動する事が出来たが、どうやらガイドに関連するプログラムが破損していた様だ。
長い間ほったらかしにされていたので仕方ないだろうが、その事実に気が付いた彼女の表情はあまりにも絶望していたのでリアンは少し戸惑っていた。
「ああ、ガイド機能がないバスガイドロボに価値なんてありません、完全な欠陥品です……申し訳ございませんが一旦クリーンアップして修復するのでしばしお待ちください。私は全ての記憶を失いますが、あなたたちと過ごした日々は決して忘れません」
「いやさっき出会ったばかりで日々もクソもないんだが」
彼女は問題を解決するためロボットにとっては死と同義となる手段を選ぼうとしたがザキラは冷めた様子でツッコんだ。もしオトハが全ての想い出を忘れても、ぶっちゃけ俺たちは特に何も思う事は無いだろう。
「お、お気持ちは嬉しいですがそこまでしなくてもいいですポン。他に方法はないんですポ?」
一応モリンさんだけは強張った笑顔でどうにか思いとどまる様に促した。オトハはしばらく思考、複雑な演算処理をした後代替案を提出する。
「近くにある図書館に周辺のマップや観光データが保管されていたはずです。それを回収すればあるいは……」
「じゃ、じゃあそれにしましょう! 皆さんもそれでいいですポン?」
「オイラたちは別に構わないでヤンスが」
「俺も、はい」
モリンさんは必死そうだったのでここで断るという選択肢はなく、また拒む理由も特になかったのでサスケと俺は空気を読んで承諾する。でもそれじゃあなんかつまんないしボケの選択肢を選んでも良かったかな。
「図書館カア。飛行機のデータもあるカネ?」
「医学書もあるかもしれません。その辺りはどうなのですか?」
「はい、比較的規模が大きい図書館なのであるとは思います。専門書は禁帯出のものも多いので持ち出せるかどうかはわかりませんが」
ただ知識欲旺盛なリンドウさんとアマビコは違う理由で賛成した。
二人にとってアンジョの知識を手に入れる事は観光する事よりもずっと重要な事だし、彼女たちが望めばしばらく図書館に滞在させてもいいかもしれない。
「では目的地をミライノ図書館に設定します。お荷物をお預かりいたしますね」
「おー」
オトハが不安げにそう言うと手を触れる事無くトランクルームの扉が自動的に開く。
現代でもこうした技術はあるが、異世界人にとっては物珍しくマタンゴさんは中に入ろうとしてしまう。
「はい、よろしくお願いしますネ」
むしろキノコの彼からすればこっちのほうが快適な旅が出来そうだが、ニイノは友達を回収した後荷物を預けた。
他のメンツもトランクルームに物を預け、身軽になった所で車内へと入っていく。
「な、なんか凄いでヤンス。土足でも大丈夫でヤンスかね?」
「ええ、問題ありませんよ」
バスの車内も外観同様綺麗に維持されており、サスケは明治時代に外国を初めて訪れた使節団の様に足を踏み入れる事を躊躇してしまった。
観光に特化した長崎らしくバスの車内には充電用のコンセントやWi-Fiはもちろん、カラオケや冷蔵庫と一通りの物は揃っており、現代の基準と照らし合わせてもそれなりに充実した設備なので仕方がないかもしれない。
「生憎そこまでじゃない。長崎の観光バスはこれがデフォだ。観光列車とかものによっちゃあ個室付きの奴もあるんだぞ」
「またまたあ、御冗談を。学のないオイラでもそれくらいわかるでヤンスよ」
観光バスは少し充実しているだけで豪華というわけではなかったが、庶民ですらないヒエラルキー最下層の彼は俺の言葉を嘘だと思ってしまったらしい。
昔もオリエント急行やシベリア鉄道等セレブが乗る様な豪華な電車はあったはずだが、この世界にはそうしたものはないのだろうか? いや、あったとしても庶民にとっては縁遠いものだろうな。
「ふー」
「ん、どうした。ひょっとして運転に関係するプログラムもやられたのか?」
全員思い思いの席に向かっている最中、運転席に座ったオトハは緊張した面持ちで深呼吸をしていた。俺はまたしても問題が起こったのかと思い、念のため彼女に尋ねる事にした。
「いえ、それは問題ありません。運転はお客様の安全に関わる事なので、常にシステムはオールクリーンの状態を保っていますから問題なく目的地に辿り着けるでしょう。実際今まで無事故無違反でしたのでそれはご安心ください。ただそれとこれとは別と言いますか、ロボットだって緊張するんです。お客様を乗せた状態で運転するのは初めてなので……」
「そっか。その緊張の中に楽しさとか嬉しさはどれくらいだ?」
「九割以上ですね。もちろんあくまでもプログラムによる反応なので、この電気信号を感情と定義すべきかどうかはわかりませんが」
「フッ、ならしっかり楽しみな」
「はい!」
ぎこちなく笑うオトハの瞳には純粋な喜びの感情が宿っており、その笑顔を見て俺は何ら問題がないと判断した。
ここから図書館まではそれほど距離は離れていないしこれといった事は何も起きないだろうが、ずっとその時を待ち続けた健気なロボットの運転手デビューを温かく見守るとしようか。




