1-102 あなたは長崎ちゃんぽん派? 五島うどん派?
厨房には一通りの食材が揃っており、凝ったものでなければ簡単な料理は作れそうだ。元々俺にそこまで豪勢な料理を作る技術はないが、さて何を作るか。
「なあ、皆はなんか食いたいものあるか?」
「ささっと食えるものがいいな。もう腹減ってて」
「そうですね、何でもいいですがどうせならトモキさんの世界の食べ物がいいですポン。ここって向こうの世界で地元だったんですよね?」
「了解」
リアンは早く食べれるもの、モリンさんは長崎の料理を注文した。その二つを満たすものはやはりあれしかないだろう。
「ちょうど麺があるな。これを使うか」
「麺って事はアレでヤンスか?」
「ああ、長崎名物のアレだ」
俺が発した麺、というワードにサスケは反応し鼻をひくひくさせた。
二つの世界は似通っているし、おそらくこの世界にも長崎名物のあの料理は存在しているに違いない。
「具材は何がいいかな。なんかあるかなー。ちくわ天とコロッケでも入れるか。よし、天かすもおまけしよう」
「え? 野菜とかじゃないんでヤンスか? キャベツとかもやしとかコーンとか」
「野菜? 入れるっちゃ入れるけど……コーンはないな。ちくわ天は鉄板だがコロッケも結構相性はいいぞ。確かにコロッケは好みが分かれるけど味が染み込んで美味いんだ。スーパーで売ってる様な安いしなしなコロッケだと特にいい感じに美味しくなるんだぞ」
「そうなんでヤンスか! あまりそういうイメージはないでヤンスけど」
麺を茹でている間具材をチョイスし、ちょうど出来合いのちくわ天とコロッケがあったので俺はそれをトッピングに選んだが、サスケはその組み合わせが意外だったのか驚いてしまう。コロッケ美味いのに何で不人気なんだろうな。
「おいしそうなにおいだー」
「おや、料理を作ってるのカイ?」
それから数分後、料理が出来上がる頃に探索していたマタンゴさんやリンドウさん一家も戻って来る。誰かを迎えに行かせるつもりだったが手間が省けたよ。
「へいお待ち、五島うどん智樹カスタムだ」
「おー、美味そうだな」
「あら? ちゃんぽんじゃないんでヤンスか」
リクエスト通りうどんはすぐに完成し、リアンは要望が叶えられ満足していたがサスケは首をかしげていた。
会話が微妙に噛み合わない気はしていたが、どうやら彼は長崎の麺料理と聞きちゃんぽんを連想してしまったらしい。
「お前もそっちだったのか。どいつもこいつも長崎の食べ物で真っ先に長崎ちゃんぽんとカステラをイメージしやがる。五島うどんも日本三大うどんの一つで立派な長崎名物なんだぞ。ああ、群馬の水沢うどんはガセだ。少なくとも俺はあれが三大うどんだと認めていない」
「いや三大うどんの三番目はナーゴのきしめんだろ」
「はは、きしめんはうどんじゃないだろ」
「あ?」
「あ?」
俺が五島うどんの立ち位置について嘆くとリアンは聞き捨てならない発言をし一触即発のムードになってしまう。
富山県民もこの戦いに参加したいかもしれないがお呼びじゃないからちょっと黙ってくれ。
「トモキさん、確かに三大うどんには諸説ありますが世間一般的には、」
「まあまあ、美味しければそれでいいじゃないですか。ね、ね、ね?」
「そうだな、この論争は永遠に終結しないし早く食べるか。伸びるし」
「むー」
不穏な気配を察知したアマビコはどうにかなだめ、モリンさんは反論を述べる事も出来ず滅茶苦茶不満そうだったけど、俺は一旦議論を棚上げしうどんを食べる事にした。
コシが強めの五島うどんの特徴は他のうどんと比べてかなり細く、油でコーティングされているためつるつるした食感をしているのが最大の特徴だ。
生産量が少ないため他のうどんと比べてあまりメジャーでないが、行政はそれを逆手に取り幻のうどんとして売り出している。
観光協会の人も出来ればちゃんぽんだけじゃなく、もうちょっと五島うどんも贔屓にして欲しいんだけどな。
「ふむ、悪くないな」
「これはこれで美味しいでヤンス!」
五島うどんは異世界人の口にも合ったようで、ザキラとサスケは美味しそうに麺をすすった。長崎の特産品はちゃんぽんだけじゃないんだぜ。
「コロッケとうどんって意外と合うんだな。ほへー」
リアンはあご出汁がたっぷりしみ込んだコロッケを堪能、新たな発見に感動してしまう。
こうやってうどんの具材にすればしなしなになっていても美味しく食べられるのに、なんでこっちも若干マイナーで邪道扱いされてるのかねぇ。
「うまうまー」
「つるつるシコシコで美味しいデス~」
マタンゴさんとニイノは器用に箸を使い細長いうどんをすすった。
しかしマタンゴさんに至っては指がないのにどうやって掴んでいるのだろう。ド○えもんみたいに物体を吸着する何らかのパワーを放っているのだろうか。
「まあ俺も本気で他のうどんを敵視しているわけじゃない。それぞれのうどんにそれぞれの良さがある。こうして不毛な議論をする事でうどん業界が盛り上がってるわけだし、いわばこの論争はビジネスの喧嘩だからな」
「そういえばトモキさんは初めてこの世界に来た時にもうどんを食べてましたね。うどん好きなんですポン?」
「それなりには。死んだばあちゃんが香川……うどん好きが多い地域に暮らしていてよく箱に詰めて送ってくれたんですよ。俺自身もうどん文化がある関西圏で暮らしていましたしね。あと安くて腹持ちも良いですし、うどんはいい事ずくめなんです」
「お前のうどん愛は嫌という程伝わって来たよ」
俺はモリンさんにうどんにまつわる家族の歴史を語り、リアンはやや呆れ気味にちくわ天をもしゃもしゃと食べた。
別にこの想いを共感されなくてもいいが、もうちょっと耳を傾けてほしいな。
「そうですかー、マミル族もうどんが好きな人が多いんですポン。やっぱりトモキさんにはマミル族の血が流れている気がしますポ」
「はは、かもしれませんね。死んだばあちゃんもタヌキっぽかったですし。自分はタヌキの一族の箱入り娘で、じいちゃんは鬼を斬る桃太郎の一族で大恋愛の末結婚したってホラ話をしてましたね。実際じいちゃんの名前は桃太郎でしたが。こっちの世界にも桃太郎の話ってあります?」
「ええ、大体そんな感じのお話ですね。桃太郎という勇者とタヌキのお姫様が周囲に結婚を反対されながらも様々な困難を乗り越え、最後に悪い狐をやっつけて結婚するってお話ですポン。有名な話なのでマミル族ならみんな知ってますポ」
「こりゃまた随分と改変されてますねー」
俺はモリンさんからこの世界の桃太郎伝説について聞き、ばあちゃんがよくしていた話とリンクしている事に疑問を抱いてしまった。
ひょっとしてばあちゃんはどこかで異世界の桃太郎伝説について知る機会があったのだろうか。
まれっちに尋ねようにも生憎今は通話が切られている。だが偶然の一致だろうし、別に聞くほどの事でもないか。
「あのぉ、私もうどんを頂いてよろしいのでしょうか」
「ん? ありゃ、ひょっとして食べられませんか? つい作っちゃいましたけど」
オトハはうどんを前にして戸惑った表情をしており、俺は間違った事をしてしまったのかと思ってしまった。しかし彼女はロボットなので食べられなくても仕方がないだろう。
「いえ、食べ物から栄養補給する機能も内蔵されているので問題はないのですが。そうですね、いただきます」
彼女はしばらく思考した後うどんを食べ始めた。だがその表情はすぐに幸せそうなものに変わり、周囲にキラキラしたエフェクトを発生しながら目を細め恍惚の表情を浮かべた。
「はふぅ。たまには固形食糧ではなく料理を食べるのもいいですね……」
「満足してくれた様で何よりだ」
どうやら五島うどんはロボットの心も虜にしたらしい。やっぱりうどんは偉大なんだな。異世界って感じはしないが面白いものが見れたのでこれはこれでありだろう。
しかしどいつもこいつもオーバーなリアクションをして料理を食べているが普通に食べられないのだろうか。うどんはこんなエロティックに食べるものじゃないんだけど。




