1-101 反乱したいお年頃な猫型配膳ロボ
小さな空港なので目的地にすぐに辿り着いたが、何故かレストランはどこにも見当たらなかった。
「到着しました。こちらが崎陽空港自慢のレストランです!」
「レストラン、ですポ?」
「はい、レストランです!」
「正直な人にしか見えないタイプのレストランですポ?」
「いいえ、正直ではない人にも見えるタイプのレストランです!」
オトハは素敵な笑顔でレストランだと言い張っているのでここはレストランなのだろう。それは少なくとも彼女にとっては事実のはずだ。
「ちー」
「ちー」
崎陽空港内にあるレストランはレストランというよりもフードコートに近かったが、昔懐かしのオモチャが小さな子供が遊んだ後の様に散らばっており、見た感じ料理は提供されておらず現在は住民たちのキッズルーム兼フリースペースとして使われている様だ。
「ちー!」
レストランでは二匹のネズミ君がテーブルの上でボードゲームをして遊んでおり、急いでパネルを動かしてチクタクと音を鳴らして動くオモチャが通る道を作っていたが、無限ループの道を作る事に成功しドヤァ、と勝ち誇った笑みを浮かべる。
一応レストランの名残はあるのか、ポンコツな事に定評があるハマグリンク社製の猫型配膳ロボは動いており、楽しげな音楽を鳴らしながら俺達に接近してくる。
しかし料理が乗せられている場所にはもちろん何も乗っておらず、マタンゴさんが寝転がっているだけだった。
「お待たせしましたニャー」
「にゃー」
「食えと?」
到着を伝える猫の真似をするマタンゴさんは愛嬌たっぷりだが流石にこれを食べる勇気はない。食中毒のリスク的な意味でも良心の呵責的な意味でも。
ただ厨房のほうを見ると清掃が行き届いており、材料さえあれば料理を作る事は出来そうなのでレストランとしての機能はまだ生きてはいる様だ
「配膳ロボさん、料理ロボさんはどちらに?」
「お待たせしましたニャー」
オトハは配膳ロボに尋ねるが、ロボは質問に尋ねる事無く同じ言葉を告げるだけだった。
予定外の事態に彼女は難しい顔をし、どうすれば問題が解決出来るのか再試行した。
「むむ、バグが発生している様ですね。仕方ありません、トラブルシューティングを行います。斜め四十五度の角度で、ていっ!」
そして彼女が導き出した答えはチョップによるバグの修復だった。あれは昔の電化製品だから通用するのであって、現代の精密機器には向かない修理方法なのだけれど。
「敵からのミサイル攻撃を感知、迎撃のため自爆プログラムを起動しますニャー」
「ああ!? お客様、離れてください!?」
「のお!?」
「おわっ!?」
「きゃー」
だが猫型配膳ロボはそれを攻撃と認識、派手に自爆してオトハを攻撃してしまう。
中にいたマタンゴさんはぽんぽてんと弾みながら転がり、何が起こったのかわからないまま目を回して気絶してしまった。
「ちー?」
「ちー?」
またネズミ君達も一瞬驚いてしまったがすぐにボードゲームに戻ってしまう。どうやらこういったトラブルはこの場所では特段珍しい事ではないようだ。
「ああ!? 猫型配膳ロボさーん! 何故私を残していなくなってしまったのですかー!?」
「いやあんたのせいだろ」
「びっくりしたー」
オトハは友の死に絶望、大地に膝と手をついて嘆き悲しむがザキラは冷静にツッコむ。
だが俺が一番驚いたのは気絶していたマタンゴさんが物の数秒ですぐに復活してしまった事だ。人間なら普通に死ぬレベルの威力だったのになんちゅー耐久力なんだ。
「まさか他のロボットにもバグが!? 料理ロボさーん!」
オトハは急いで厨房に向かうが、そこからコックさんをモチーフにした人型ロボットがのしのしと現れ、さらにわらわらと配膳ロボも増援で湧いて来てしまう。
「愚カナル人類ヨ、私ガ貴様ラニ代ワッテ世界ノ支配者トナロウ……!」
「人類を抹殺するニャー」
「間違えて料理を取ったテメェが悪いんだニャー」
「邪魔とか言うんじゃないニャー。人間のほうが道を譲るんだニャー」
「ロボットにも労働基準法を適用するニャー」
「なんかおたくの同僚がどえらい事になってるけど」
ロボットたちはなかなか狂気を感じる言葉を発していたが、リアンはあまり恐怖を感じていなかった。きっと彼女は一種のギャグだと解釈したのだろう。
「くっ! やはり全員バグがっ! すみません、ていていていっ!」
オトハは素早く修復プログラムを起動、的確な位置に手刀を打ち込み破壊していく。
元々壊れかけのロボットだったのだろう、デカい事を言った割に初期のファ○コン並みにポンコツなロボットたちは衝撃によって簡単に爆散してしまう。
「ああああーッ! ごめんなさい、ごめんなさいぃぃいッ!」
「オトハ……すまないな、俺達のために」
だがギャグシーンに見えても彼女は自らの仲間を手にかけたのだ。それはどれほどの絶望だったのだろう。俺は居ても立っても居られず謝罪の言葉を口にするが、
「いえ、バックアップはしていますし修理するか新しいボディを作れば何も問題ないのでご安心ください」
「帰っていいか」
彼女はすぐに泣き止みケロッとした顔でロボット特有の事実を告げ、茶番に付き合わされ馬鹿馬鹿しくなった俺は踵を返してしまう。
「ま、待ってください! どうか私たちに挽回のチャンスをォオ! 皆久しぶりのお客様で上手に対応出来ないだけなんですッ!」
「さっき思いっきり人類に対する反乱を起こそうとしていた気もするが」
「料理ロボさんは定期的に人類に反乱を起こしたくなるんです! でも実際は何も出来ません! そういうお年頃なんです!」
オトハは縋り付きながら弁明するが、料理ロボは人間でいう所の中二的な奴なのだろうか。
ロボットの価値観はわからないがある程度歳を重ねれば黒歴史だったと悶絶してしまうのかもしれない。これが本当のブラックボックスって奴か。
「メシは食えそうにないな。他をあたるか。探せばなんかあるだろう」
「そうでヤンスね、お店がなければいつも通り現地調達すればいいだけでヤンスし」
「仕方がないか。この際草でも動物でもいいがオレでも食える奴にしてくれよ」
「そんな事しなくてもお店はあると思いますポン。さっきマタンゴさんとウーパが缶詰と焼きそばを食べていましたから」
いずれにせよ食事は出来そうにないので、仲間は落胆し俺の判断に従った。
ここで命の危機に陥る事は無くても水や食料は早めに調達しておきたい。長居する理由が特段ない以上、別の場所を探索したほうが良さそうだ。
「ご安心ください、料理するロボットがいればちゃんとお食事が出来ますから! 厨房には食材もたくさんありますし!」
「ん、そうなのか?」
しかしどうにかおもてなしをしようと食い下がったオトハの主張で俺達の判断は覆される。よく見れば一部の魔物は野菜や生肉をそのまま食べているので食材はある様だ。料理をする手間は必要だがそれくらい何も問題ないだろう。
「はい、ですからまずは廃墟の区画を解体ロボさんにお願いして更地にし料理ロボットを作る工場を作ります! それまでしばしお待ちください!」
「そこからなのか。でも待っている間に飢え死にするだろうな」
オトハは問題解決のために人間では思いつかない遠回りにも程がある案を出したが、普通に誰かが料理するという発想はないのだろうか。
いや、思考に枷が存在する以上きっと彼女にはそういった発想をする事が出来ないんだろうな。
「俺が料理を作るよ。厨房を使っても問題ないか?」
「え? は、はい。智樹さんはレベル1の管理者権限を持っているので厨房の利用は可能です。他の方は管理者権限を持つ方からの許諾を得る必要がありますが。ですがこちらの不手際でお客様に料理をさせるというのは……」
「アニキがごはんを作ってくれるんでヤンスか? 楽しみでヤンス!」
「おう、ちょっと待ってな」
「わかりました。それがお客様のご要望ならば」
俺がそう提案するとオトハは渋っていたが、サスケが同意してなし崩し的に方針が決まりその申し出を受け入れた。
おそらくムゲンパレスの至る所でマニュアル通りにいかない事がある、というか基本的に通用しないと考えたほうがいいはずだ。
彼女にも矜持はあるようだが、最早何の役にも立たないマニュアルに沿って行動していては何も出来ないので多少は我慢してもらおう。




