表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怖い話  作者: 健二
★☆★
76/101

清滝の闇


 夏の夜も()けて、京都の山沿(やまぞ)いを車で進むと、やがて周囲(しゅうい)の家々(いえいえ)の(あか)りが少なくなり、(みどり)()(もり)の奥へと入っていく。そこにあるのが「清滝トンネル」だ。(なが)(せま)いその道は、地元(じもと)では心霊(しんれい)スポットとして(うわさ)()えない場所で、深夜(しんや)(とお)ると得体(えたい)()れない声や物音(ものおと)が聞こえるという。


 私は大学時代の友人、玲奈(れいな)浩太(こうた)、そして運転(うんてん)担当(たんとう)する先輩(せんぱい)嶋田(しまだ)さんと(とも)に、肝試(きもだ)めし半分の好奇心(こうきしん)からこの真夜中(まよなか)(おとず)れることになった。トンネルの手前(てまえ)で車を()りると、生ぬるい夜風(よかぜ)が吹くはずなのに、なぜかひんやりと(はだ)()すような冷気(れいき)を感じる。


「やっぱ、(かえ)ろうよ…」

 玲奈が(ふる)えた声でそう()らす。私は彼女を落ち(おちつ)かせようとしたが、不思議(ふしぎ)と自分も恐怖(きょうふ)支配(しはい)されそうになるのを必死(ひっし)(こら)えていた。


 トンネルに足を()()れると、懐中電灯(かいちゅうでんとう)(ひかり)が弱々(よわよわ)しく(やみ)()()く。しっとりとした湿(しめ)()()ち、(つめ)たい空気が(はい)(おも)くのしかかる。(だれ)も声を(はっ)しないまま数十メートルほど進んだ(ころ)(きゅう)に嶋田さんが足を()めた。


「…足音(あしおと)、聞こえる」


 みんな息を()める。(たし)かに後方(こうほう)、私たちのものとは(べつ)何者(なにもの)かが()ってくるような足音が、コツ…コツ…という一定(いってい)間隔(かんかく)(ひび)いてくる。だが、振り(かえ)っても暗闇(くらやみ)(ひろ)がるだけで、人影(ひとかげ)などどこにも見えない。浩太が震える声で、「急ごう」と(うなが)し、私たちは足早(あしばや)にさらに奥へと進んだ。


 すると突然(とつぜん)気味(きみ)(わる)いすき間風(かぜ)が吹き抜け、トンネルの(かべ)一面(いちめん)()()かった(こけ)(よご)れがサラサラと(くず)れ落ちる。そのとき、壁にびっしりと(なら)んだ無数(むすう)手形(てがた)が浮き上がって見えた。あまりに異様(いよう)光景(こうけい)言葉(ことば)(うしな)う私たち。その場から()げるように()()した瞬間(しゅんかん)突然乾(かわ)いたような(おんな)(さけ)び声がトンネル全体(ぜんたい)に響き(わた)り、私の背中(せなか)をひどく冷たいものが()でた。


 声が止むと同時(どうじ)に、追ってきた足音も霧散(むさん)した。だが、その気配(けはい)だけはまだ(ちか)くにいるようで、ひたすらに背中がざわつく。浮き上がった手形は自分たちを監視(かんし)するかのように、出口(でぐち)の見えない闇へ消えずにじっと残り(つづ)けていた。


 ようやくトンネルを()けると、不自然(ふしぜん)なほど(そと)の空気は生温(なまぬる)い。安堵(あんど)と同時に、奇妙(きみょう)罪悪感(ざいあくかん)すら(おぼ)える。この先は絶対(ぜったい)に進んではいけない場所を、()(あら)らしてしまったのだという後悔(こうかい)(むね)を重くする。結局(けっきょく)私たちは車に乗り込むと半ば()きそうになりながら逃げ帰った。その車中で振り返ると、トンネルの奥から(かす)かに人の影が立ち()くしているように見えた—あの声の(あるじ)だったのかは、わからない。


――――――――――――――――――――――

■実際にあったできごと

 京都府にある清滝トンネルは、かつて道路(どうろ)拡張(かくちょう)する(さい)工事(こうじ)事故(じこ)で多くの人命(じんめい)(うしな)われたという(うわさ)(のこ)り、現在(げんざい)心霊(しんれい)スポットとして知られています。(とお)ると足音だけが聞こえる、壁に手形が浮かび上がる、女性(じょせい)(すす)()きや(さけ)び声が聞こえるなど、多くの怪奇譚(かいきたん)(かた)られてきました。実際に夜間(やかん)交通事故(こうつうじこ)()きたり、地元(じもと)(かた)から「不安(ふあん)を感じる」という声も少なからず聞かれます。多くは噂話(うわさばなし)(いき)()ませんが、薄暗(うすぐら)いトンネル内の雰囲気(ふんいき)と結びつき、その怪談(かいだん)がさらに恐怖(きょうふ)()()てていると言われています。実際の事故や被害(ひがい)()わないためにも、やむを()ず夜間に通行(つうこう)する場合(ばあい)十分(じゅうぶん)注意(ちゅうい)必要(ひつよう)とされています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ