表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怖い話  作者: 健二
縺ゅ↑縺溘′辟。莠九↓謌サ繧後k繧医≧縺ォ
66/494

四四四メートルの誤差

 真夏の京都は夜になっても蒸し、靄のような熱気がライトを曇らせる。

 動画制作会社に勤める俺——坂崎仁さかざきじんは、ディレクターの宮園と新人カメラの陽菜を連れ、右京区の「清滝トンネル」へ向かった。

 長さは四四四メートル。死を連想させる数字のせいで、関西心霊スポットの定番になっている。


 企画は“トンネルの長さを深夜に測ると狂う”という噂の検証。測量用レーザー、ハンドメジャー、そしてドローン。

 気乗りはしなかった。八月十六日は、四年前に京都バスの運転手がハンドル操作を誤り、トンネル出口で死亡した事故の日だからだ。


 午前零時一一分。封鎖柵のチェーンを解き、ひんやりした口に入ると蝉の声が断ち切られた。

 まずはレーザーを射出。装置が壁面に当たるまでの距離を自動計算する。

 計測結果は「444.0m」。看板と同じだ。


 続いて歩測。陽菜がレンズを回しながら宮園と並び、一メートルごとにポールを立てて進む。

 百メートル付近で、突然レーザーの受光部が赤く瞬き、警告音が鳴った。

 「障害物?」

 前方は空洞。だが測定値は「666.6m」と跳ね上がっている。


 同時に、陽菜のイヤホンから女の囁きが漏れた。

 「……まだ着かへんの……?」

 京言葉だ。


 宮園が顔を上げた途端、カメラのモニターに人影が入った。

 白い作業服姿の男が、トンネル奥から手旗のように腕を振っている。工事員?

 ところがフレームを外すと誰もいない。


 再度モニターを見ると、男は腕の振りを止め、首だけこちらへ向けた。

 顔の半分が黒い。いや、すすで焦げている。

 次の瞬間、カメラが自動電源オフ。陽菜が悲鳴を上げる。


 戻ろう。宮園がそう言った時、背後から鉄板を叩くような金属音が轟いた。

 振り返ると、壁面に貼られたはずの工事年表の看板が落ちている。

 ライトが揺れる中、看板の裏側に鉛筆で走り書きされた文字が浮かんだ。

 「昭和五十年八月 落盤 二名圧死」

 清滝トンネルは元々、京北鉄道の工事で犠牲者が出たと聞いていたが、正式な資料では二月となっていたはずだ。


 酸っぱい土埃と一緒に、女の京言葉が再び耳元を滑る。

 「はよ出口あけて……熱いんよ……」

 息が頬に触れた感触が生々しい。


 出口が見えた。だが開口部は非常用シャッターで塞がれている。

 宮園がチェーンを外そうとしゃがんだ瞬間、奥から低いブレーキ音が迫った。

 ——ギギギッ。

 昔の路面電車が金属を擦るような音。

 振り向くと、無人の台車がレールもないはずの舗装を滑り、火花を散らしてきた。


 陽菜が脚をすくまれ倒れる。俺が彼女を抱えた時、台車は目の前で消えた。

 しかし床には代わりに、焦げたハンドルと鉄くずが残っている。

 ひどい焦げ臭さ。あの日、この出口で炎上したバスの匂いによく似ていた。


 どうにか外へ飛び出すと、測量レーザーの液晶が勝手に点き、“444”と“666”の数字が交互に点滅した。

 そして最後に“000”。

 消えたはずのモニターに、煤で黒くなった工事員の顔が大写しになり、口だけが動いた。

 「埋めといたるわ」

 映像はそこで停止し、SDカードは真っ二つに割れていた。


 翌日、データ復旧会社に出したが、カードの電子基板は局所的に炭化していたという。

 だが宮園のスマホには、アプリが入れていないはずの音声ファイルが残っていた。

 再生すると、レールのきしみと女の声。

 「もう走らんでええ……でも止まらんもんは、誰かが代わりに押さな」

 背筋が凍るほど静かな囁きだった。


 今夜、八月十六日。編集室で一人になると、電源を落としたモニターが勝手に点き、黒画面に白字で“444→666”とだけ映る。

 耳の奥でブレーキ音が長く泣き、焦げた風が机の下から吹き上げた。

 あれは“止まらんもん”が再び走り出す合図なのだろうか。

 俺はキーボードの上で指が凍り、出口のないトンネルを思い出している。


――――――――――――――――――――――

《実際にあった出来事》

・清滝トンネル(京都市右京区)は1927年竣工。旧京北鉄道の工事で死傷事故が相次いだと地元紙『京都日報』昭和2年9月号が報道。

・1975年8月、補修工事中の落盤で作業員2名が死亡(京都府労災記録)。

・2019年8月16日未明、路線バスがトンネル出口付近で炎上し運転手が死亡、乗客6人負傷(京都新聞朝刊)。

・トンネル長は公称444m。TikTokや掲示板で「深夜に測ると長さが変わる」と投稿が多数あり、京都府警は2022年より立入禁止措置を強化している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ