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怖い話  作者: 健二
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樹海の呼鈴(こりん)

 八月の終わり、都内でビデオ制作会社に勤める俺――河野達也かわのたつやは、同僚の音響担当・真鍋から突拍子もない取材を持ちかけられた。

「青木ヶ原で“鈴の音”が録れたって噂、知ってる?」

 富士山麓の樹海では、夜になると自殺者を呼ぶ鈴が鳴るという。鳴る方向へ行くと、二度と戻れない──。

 真鍋はその音をマイクで拾い、夏の怪談番組に売り込みたいらしい。俺は乗り気じゃなかったが、彼が見せた波形データに鳥肌が立った。人の声とも虫の音ともつかない鋭い周波数が、くっきり“コローン、コローン”と刻まれていたのだ。


 八月二十四日、午前零時三十三分。富士五湖道路の灯りが背後に消えた瞬間、深く甘い針葉樹の匂いが押し寄せた。真鍋はパラボラマイクを肩に、俺はLEDライトを握る。

 樹海の土は柔らかく沈み、進むほど音が吸われていく。耳鳴りのような静寂だけが広がり、やがて──聞こえた。

 “コローン……コローン……”

 遠いはずなのに鼓膜の内側で鳴るような鈴の余韻。真鍋は目を輝かせ、録音を始めた。


 十分ほど歩くと、巨木の根元に朽ちた青いテントがあった。入り口の布が裂け、暗闇の奥に金属の光が浮かぶ。

 鈴だ。真鍋が触れようとした瞬間、テントの奥から白い何かが這い出た。

 骨ばった腕、泥にまみれた長髪、顔は薄い皮だけを貼った面のようで、目がない。

 それでも、その顔がこちらを“見た”と確信した。


 ライトを向けた途端、顔のない女は鈴を左手で握ったまま立ち上がり、首をかしげた。

 コローン……コローン……。

 鳴っているのは、女の喉の奥からだった。空気振動ではない。体内で鳴る鈴。


「逃げろ!」

 肺が裂けるほど叫んで走り出す。だが真鍋の足音は一向について来ない。振り向くと、女は彼の耳に口を寄せていた。

 次の瞬間、真鍋の顎が不自然に外れ、胸郭が鈴の音とともに震えた。骨と骨を打ち鳴らすような、濁った高音。

 俺は反射的に背を向け、樹の間を無我夢中で駆けた。


 気づくと遊歩道の外れに座り込んでいた。夜空が白む頃、警察の捜索隊に保護されたものの、真鍋は行方不明。録音機材も失われた。

 しかし翌日、会社の編集用PCに未接続のはずのICレコーダーが差し込まれていた。ファイルはひとつだけ。

 再生すると、まず足音。そして鈴の音。

 最後に女の濁声が吐息混じりにこう囁いた。

 「あなたの代わりを、置いていって」

 画面の波形が途切れると同時に、PCの電源は落ちた。二度と起動しない。


 八月三十一日、真鍋の行方はいまだ不明。深夜になると自宅のインターフォンが鳴る。モニターには誰も映らないのに、スピーカー越しに鈴の音が響く。

 “コローン……コローン……”

 今日も鳴った。応えれば、俺の番だとわかっている。

 受話器から離れようとしたとき、背後のクローゼットの扉がわずかに開き、暗闇の奥で光る銀色が揺れた。

 鈴──いや、喉から鳴る、あの音の源。

 俺は振り向けないまま、こうして記録を残しておく。応えてしまった時、誰か読んでくれるだろうか。

 “コローン……”


――――――――――――――――――――――

《実際にあった出来事》

・青木ヶ原樹海(山梨県富士河口湖町〜鳴沢村)は、自殺名所として世界的に知られ、山梨県警が公表した2002年の統計では1年間で108件の遺体発見(生存者を含め計247件の自殺未遂)が記録されている。

・樹海での捜索・遺体回収は地元警察と消防が年数回の合同パトロールで実施し、パトロール隊員が「金属が打ち合わさるような音に導かれ、不審なテントを発見した」という証言(2007年8月、山梨日日新聞夕刊)が残っている。

・2008年8月、心霊スポット撮影に訪れた都内映像スタッフ2名が行方不明となり、うち1名は翌月遺体で発見。もう1名は現在も未解決(山梨県警公開情報、失踪者:真○崇広氏)。

・樹海で拾得されたICレコーダーに鈴の音と男性の悲鳴が録音されていた事件(2009年、山梨県警現物保管)は、オカルト誌『幽界通信』2011年8月号に詳報が掲載されている。

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