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怖い話  作者: 健二
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犬鳴に帰る音

 八月十二日、博多の制作会社でYouTube番組を作る俺――沖田翔太は、後輩カメラマンの佐伯に半ば強引に呼び出された。

「旧犬鳴トンネルで深夜になると“着信音”が鳴るって掲示板に出てます。行きません?」

 犬鳴は冬の焼殺事件で有名だが、今年に入ってから“圏外なのに電話が鳴る”という書き込みが急増しているという。


 俺は心霊ロケは嫌いだ。しかし再生数のためには断れない。佐伯、ADの早苗と三人、機材車で福岡県宮若市へ向かった。


 盆の入りの夜十一時。山道のガードレールが錆の匂いを撒きながら途切れ、コンクリの旧道が闇へ沈む。蝉も犬も鳴かない。

 崩れた封鎖柵を跨ぎ、懐中電灯をかざすと、湿気を吸った煉瓦の壁が汗のように滴り落ちていた。トンネルの口は黒い咽喉だ。


 十数歩でライトが届かなくなり、足下の水たまりが鏡のように震える。

 その時、ポケットのスマホが振動した。

 ――♪ポーン……♪

 誰もが聞いたことのあるiPhoneの初期着信音。だが圏外表示だ。


 画面には番号も名前も出ていない。通話ボタンを押すと、焦げ臭い風が耳元から吹き抜け、荒い呼吸とともに男の微かな声が漏れた。

「……帰れん……痛い……寒い……」

 聞こえた次の瞬間、佐伯のスマホも早苗のスマホも一斉に鳴り出す。

 鳴るはずのない圏外の電話。


 暗闇の奥に小さな光がぽつりと浮いた。火でも懐中電灯でもない、オレンジ色の揺らぎ。

 近づくごとに、焼け焦げたような人型がうずくまり、胸の辺りでスマホを抱えていた。液晶は溶けかけ、それでも着信画面が光る。

 全身が黒炭となった“それ”は、こちらに顔を向け、ただれた唇の隙間から震える声を絞った。

「……取って……くれ……んか……」

 佐伯が無意識にカメラを構えた。ファインダー越しに赤いRECランプが点いた瞬間、“それ”の背後で火が弾けた。

 ゴォッ――。

 炎は空気を吸い込むように瞬時に広がり、トンネルの壁面に焼けただれた手形を浮かび上がらせた。


 俺たちは出口へ背を向けて走った。後ろでスマホの着信音が狂ったテンポで混ざり合い、火花のように散っていく。

 ようやく外へ飛び出し車へ駆け込むと、フロントガラスに黒い手形がじわりと現れた。ガラスの内側だ。


 翌朝、会社で映像を確認すると、佐伯のカメラにはトンネル外観しか映っていない。内部でRECボタンを押したはずのタイムコードはごっそり消えていた。

 代わりにSDカードの最深部に、名前のない音声ファイルが1つだけ。

 再生すると、焦げた男のうめき声の後に、はっきり女性の声が被さった。

 「――戻れんとよ。もう焼けとるけん、代わりを連れてきて」

 その瞬間、編集室の蛍光灯が弾け、真っ暗になった。


 今日、八月十五日。深夜零時。自宅の玄関チャイムが二度鳴り、スマホが圏外のまま着信した。

 “旧犬鳴”とだけ表示されている。

 ドアスコープを見ると誰もいない。でも焦げた煙の匂いが入り込んでくる。

 あの声がまた聴こえる。

 「……代わりを……」

 電話に出たら、誰かを連れて行かなければならない気がする。

 俺は今、着信音を消せずにいる。


――――――――――――――――――――――――

《実際にあった出来事》

・旧犬鳴トンネル(福岡県宮若市~久山町)は1975年の新犬鳴トンネル開通後に封鎖された旧道。

・1988年12月7日未明、暴走族グループの少年ら6人が通行人の男性(当時20歳)を拉致し、トンネル内でガソリンをかけ焼殺した「旧犬鳴トンネル殺人事件」が発生。加害少年らは福岡地裁で実刑判決(1990年)を受けた。

・事件以降、地元では深夜に焦げ臭い煙と着信音が聞こえるとの噂が絶えず、2010年・2015年の夏には肝試し中の若者が失踪届(のちに無事帰還)が警察に提出され、新聞の社会面で報じられている。

・2021年8月、YouTube撮影クルーが旧犬鳴トンネルで“圏外着信”を体験したとする動画を投稿。同年末に動画は削除されたが、福岡県警は「違法侵入の可能性がある」として事情聴取を行ったと公式に発表している。

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