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怖い話  作者: 健二
★★
5/112

「旧犬鳴トンネルで拾った Bluetooth」

1.深夜1時すぎ――山道で途切れるナビ

保険外交員の千夏ちなつは、福岡県の営業先から戻る途中で道をまちがえた。スマホのナビは圏外、頼みの Bluetooth イヤホンからは不気味なホワイトノイズ。ようやく電波をつかんだと思った瞬間、地図に奇妙なピンが立った。

「旧犬鳴トンネル 550m先」

不意にイヤホンが切れ、代わりに小さな男の声が聞こえた。

「……まだ燃えてる……ここ、熱い……」


2.トンネルの手前――焦げ跡の残る白線

千夏は車を降り、懐中電灯を点ける。トンネル入口の白線だけが真っ黒に焦げ、アスファルトはガラス状に溶けていた。まるで高熱で焼かれたあと。

そのときイヤホンが再接続され、検索履歴が勝手に開く。

【1988年12月 旧犬鳴トンネル殺人】

千夏はぞっとした。実際にあった事件――

 • 会社員Aさんが若者5人に拉致され、

 • 車の中で灯油をかけられ、火をつけられて死亡。

 • 翌朝、燃えかすが白線の上で発見された。

画面のスクロールが止まると同時に、イヤホンの向こうでパチパチと炎のはぜる音がした。


3.トンネル内――「俺の指輪を知らないか」

奥へ進むと、壁面に指でひっかいたような錆色の跡が続く。「探してくれ」と語るように、跡は行き止まりで途切れていた。

ふと足元で何かが光る。黒こげの指輪。千夏が拾い上げると金属が異様に熱い。「熱い…熱い…」――イヤホンの声と同時に、斜め後ろから男のうめきが重なった。振り返ると誰もいない。だがトンネル奥に白いスニーカーが片方だけ落ちている。サイズは 27.5㎝、Aさんが履いていたものと同じだった。

スニーカーの中にはボロボロのメモ。英語でこう書いてある。

“If you hear the wind scream, RUN EAST.”

(風が悲鳴を上げたら、東へ走れ)


4.突風――“あの雪山と同じ音だ”

メモを読むやいなや、耳元で金切り声のような風の音。電灯が消え、トンネル中に真冬の吹雪のざわめきが広がる。

物理的にあり得ない。だが千夏にはそれが、1959年ロシアの“ディアトロフ峠事件”で報告された「空を切り裂くような風音」の記録と重なった。

 •9人の登山者がテントを内側から切って逃げ出し、

 • 一部は舌や眼球を失った状態で発見、

 • 強い放射線と説明不能の外傷――。

風音が同じなら、次は人知を超えた“何か”が来る。千夏はメモどおり東側の非常口へ走った。


5.非常口――「とつぜん後ろ足だけで歩く犬」

非常口を抜けると、街灯一本ない山道。遠くに犬の遠吠えが木霊し、目の前の獣道にグレーの大型犬がぬっと現れた。ところが犬は四つ足を縮め、まるで人間の膝のように関節を折り曲げて二足で立ち上がった。

千夏は足がすくむ。すると犬は、かつてスコットランドのオーバートン橋で起きた“犬が次々と身を投げる”怪死現象の映像と同じ動きで、一直線に橋の欄干へ駆けた。

「ここから下へ落ちる。止めても無駄」

イヤホンの声が冷ややかにささやく。千夏が目をそらした一瞬、犬は闇へ消えた。橋の下からは何も音が返ってこない。


6.帰還――Bluetooth のバッテリー残量 0%

夜明け前、千夏は国道に出て助けを呼んだ。救急隊員に話しても、焦げた白線も二足歩行の犬も目撃されていないという。ただ、彼女のポケットには実在しないはずの“黒こげの指輪”が残っていた。

千夏が病院で意識を保つ最後の瞬間、イヤホンから微かに聞こえた。

「指輪を燃え残らせたのは、お前だ」

画面が勝手に再生した動画には、炎の中でこちらを振り向くスーツ姿の男。その手には、確かに指輪が――。

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