表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怖い話  作者: 健二
縺ゅ↑縺溘′辟。莠九↓謌サ繧後k繧医≧縺ォ
490/494

深夜の救急車


十月の夜、私は救急救命士として夜勤に入っていた。


千葉県船橋市消防署に勤務する私、中村雅人は今年で十年目のベテランだ。


三十五歳になり、どんな現場でも動じなくなったと思っていた。


午前二時三十分、救急出動の指令が入った。


「七十代男性、意識不明、住宅街での発見者は通行人」


同乗の後輩、田中と共にすぐに現場に向かった。


秋の深夜は冷え込みが厳しく、街は静まり返っている。


現場は古い住宅街の路地裏だった。


警察官が先に到着し、現場を確保している。


「どちらですか?」


「あちらです」


指差された場所に、高齢男性が倒れていた。


既に意識はなく、脈も確認できない。


「死後硬直が始まってますね」


明らかに蘇生不可能な状態だった。


「発見者の方は?」


「そちらの女性です」


振り返ると、白いコートを着た中年女性が立っていた。


四十代後半くらいで、青白い顔をしている。


「お疲れさまです。発見時の状況を教えてください」


女性は震え声で答えた。


「散歩中に見つけて...もう冷たくなっていました」


「こんな夜中に散歩を?」


「ええ、眠れなくて...」


女性の様子がどこかおかしかった。


話し方がぎこちなく、視線も定まらない。


しかし、現場では詳しく聞く時間もない。


「ありがとうございました。あとは警察の方が」


女性は小さく頷いて、闇の中に消えていった。


病院での死亡確認後、署に戻る途中で田中が言った。


「先輩、あの女性変じゃありませんでした?」


「どこが?」


「なんか、血の気がなくて...」


確かにそうだった。


真っ白な顔で、まるで生気がなかった。


「でも、発見者なんだから緊張してるんだろう」


その時は、それで済ませてしまった。


一週間後、同じ地域で再び出動指令が入った。


「六十代女性、心肺停止、発見者は通行人」


現場に到着すると、前回とは別の路地で高齢女性が倒れていた。


やはり既に死亡しており、発見者に話を聞くことになった。


「あちらの女性が第一発見者です」


警察官の指差す方向を見て、私は凍り付いた。


前回と同じ白いコートの女性が立っている。


同じ青白い顔、同じ虚ろな目。


「あの女性、前回も...」


田中も気づいたようだった。


「二度も偶然発見するなんて、変ですよね」


私は恐る恐る女性に近づいた。


「また、お疲れさまです」


女性は私を見つめたが、認識している様子がない。


「散歩中に見つけました...冷たくなっていました」


全く同じセリフだった。


声のトーンも、話し方も、前回と一字一句同じ。


「よく散歩されるんですね」


「ええ...眠れなくて」


これも同じ答えだった。


私は背筋が寒くなった。


まるで録音されたテープのように、同じことを繰り返している。


「お名前をお聞かせいただけますか?」


「私は...私は...」


女性は困ったような表情を見せた。


そして、そのまま闇の中に消えてしまった。


「どこに行ったんだ?」


田中と二人で探したが、女性の姿はどこにもなかった。


署に戻って、先輩の佐藤さんに相談した。


五十代のベテラン救急救命士で、何でも知っている。


「佐藤さん、変な話なんですが...」


経緯を説明すると、佐藤さんの顔色が変わった。


「それは...もしかしたら」


「何かご存じなんですか?」


「十年前に、同じような話があったんだ」


佐藤さんが重い口調で話し始めた。


「白いコートの女性が、変死体の第一発見者になる」


「でも、その女性自体が行方不明者だった」


私は震え上がった。


「行方不明者?」


「ああ。平成二十五年の秋に失踪した主婦だ」


「名前は...確か山本良子さん、当時四十八歳」


「散歩中に行方不明になって、そのまま見つからなかった」


「白いコートを着て出かけたまま、消息を絶ったんだ」


私は頭が混乱した。


「でも、その人が死体を発見するなんて...」


「そう。それが不可解なところだ」


「山本さんが失踪した後、同じ地域で変死体が続発した」


「そして必ず、白いコートの女性が第一発見者として現れる」


「でも警察が詳しく調べようとすると、いつも消えてしまう」


私は恐怖で声が出なかった。


「つまり、あの女性は...」


「おそらく山本良子さんの霊だろうな」


「死んでしまった自分を探して、さまよい続けている」


「そして死体を見つけては、『これは私ではない』と確認している」


翌日、私は山本良子さんについて調べた。


新聞記事には、彼女の写真も載っていた。


間違いなく、私たちが見た女性と同一人物だった。


四十八歳の主婦で、夫と娘の三人家族。


毎晩散歩する習慣があり、白いコートがお気に入りだった。


平成二十五年十月十五日の夜、散歩に出たまま行方不明になった。


大規模な捜索が行われたが、遺体は発見されなかった。


現在も未解決事件として、捜査が続いている。


「やっぱり山本さんだった...」


その後も、月に一度ほどのペースで同様の出動があった。


毎回、山本さんの霊が第一発見者として現れる。


変死体を発見しては、それが自分ではないと確認しているのだろう。


十年間、自分の遺体を探し続けている。


「可哀想に...」


私は山本さんの家族に会ってみることにした。


夫の山本さん(六十代)は、今も妻の帰りを待っている。


「良子は必ず帰ってきます」


「十年経っても、諦めていません」


娘さんも母親のことを心配していた。


「お母さん、どこにいるんでしょうか」


「生きているなら、連絡してほしいです」


私は霊の話はできなかった。


しかし、山本さんが今も家族を心配していることは伝わってくる。


彼女は自分の死を受け入れられず、さまよい続けているのだ。


家族に心配をかけていることも分からずに。


「山本さん、もう大丈夫ですよ」


次に出会った時、私は優しく話しかけた。


「ご家族はあなたを愛しています」


「もう安らかに休んでください」


山本さんの霊は、初めて私の方を見た。


そして、悲しそうな表情を浮かべた。


「私...帰れないんです」


「なぜ帰れないのか、分からないんです」


「ずっと探しているんですが...」


私は涙が出そうになった。


「もう十分頑張りました」


「天国でゆっくり休んでください」


山本さんは小さく頷いて、光の中に消えていった。


それ以来、白いコートの女性は現れなくなった。


きっと山本さんは、安らかな場所に旅立ったのだろう。


私は今でも、夜勤の度に山本さんのことを思い出す。


愛する家族への想いが、死後もさまよわせていた女性。


救急救命士として、救えない命もあることを痛感した。


しかし、最後に安らぎを与えることはできたかもしれない。


秋の夜風が、山本さんの魂を優しく包んでいることを願っている。


――――


【実際にあった出来事】


この体験は、2023年10月から2024年2月にかけて千葉県船橋市で発生した「失踪者霊現象」の実録である。2013年に失踪した主婦の霊が10年間にわたって変死体発見者として出現し続けた事例として、千葉県消防本部超常現象研究会に正式報告されている。


船橋市消防署救急救命士の中村雅人さん(仮名・35歳)が2023年10月24日、船橋市宮本町での変死体搬送時に不審な第一発見者と遭遇した。発見者の女性は2013年10月15日に失踪した山本良子さん(仮名・当時48歳)と特徴が一致し、その後4ヶ月間で計7回同様の現象が発生した。


千葉県警船橋署の記録によると、山本良子さんは2013年10月15日午後9時頃、自宅から散歩に出たまま行方不明となった。白いロングコートを着用し、普段の散歩コースを歩いていたが、午後10時以降の目撃情報はない。大規模捜索を実施したが遺体は発見されず、現在も行方不明者として捜査継続中である。


船橋市消防本部の出動記録では、山本さんの失踪後から同地域での変死体発見件数が年間平均12件と異常に増加していた。うち約60%で「白いコートの中年女性」が第一発見者として報告されているが、警察の事情聴取前に行方不明となるケースが続発していた。


千葉大学医学部法医学教室の調査では、発見された変死体に共通点は認められず、自然死や孤独死が大部分を占めていた。しかし発見者の証言内容が酷似しており、「同一人物による反復的発見行為」の可能性が指摘されていた。現象は2024年2月の慰霊後に完全終息している。


【後日談】


中村さんは現在も船橋市消防署で勤務を続け、山本さんの体験を職場の後輩たちに語り継いでいる。「救えない魂にも寄り添うのが救急救命士の使命」と話し、霊的現象への理解を深める研修プログラムの開発にも携わっている。2024年には体験記「深夜の救急車で出会った魂」を執筆し、全国の消防関係者から注目を集めている。


山本良子さんの夫と娘は現在も彼女の帰りを待ち続けている。中村さんの報告を受けて「妻が苦しんでいたなら、安らかに眠ってほしい」と話し、毎月15日に慰霊を行っている。失踪現場の船橋市宮本町には小さな慰霊碑が建立され、近隣住民も山本さんの冥福を祈っている。


千葉県警船橋署では中村さんの証言を受けて、山本さんの捜査を再開した。新たな聞き込み調査や現場検証を実施し、手がかりの発見に努めている。「たとえ時間が経っても、必ず真実を明らかにしたい」と捜査担当者は語っている。山本さんの失踪は県警の重要未解決事件として現在も継続捜査中である。


船橋市消防本部では中村さんの体験を受けて「霊現象対応マニュアル」を作成した。救急現場での超常現象に遭遇した際の対応方法や心理的ケアについて定めており、全国の消防本部からも導入希望が相次いでいる。「現場職員の精神的負担軽減」を目的とした画期的な取り組みとして評価されている。


山本さんが出現していた地域では、現在「良子さんを偲ぶ会」が毎月開催されている。近隣住民約30名が参加し、山本さんの安らかな眠りを祈っている。会では山本さんの人柄を偲ぶ証言が多数寄せられ、「優しくて思いやり深い方だった」という声が聞かれる。地域住民の結束も深まっている。


千葉大学では山本さんの現象を「失踪者霊現象」として学術的に研究している。全国の類似事例を収集し、失踪者の心理状態と霊的現象の関連性を分析している。研究成果は国際超心理学会でも発表され、「日本の霊現象研究の新たな地平」として世界的注目を集めている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ