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怖い話  作者: 健二
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柿の木の下で


十月の終わり、私は故郷の青森県弘前市に帰省していた。


実家の庭には、祖父が植えた大きな柿の木がある。


毎年この時期になると、たわわに実った柿が美しく色づく。


しかし、今年の柿は様子がおかしかった。


「なんか変な匂いがしない?」


母が眉をひそめながら柿の木を見上げた。


確かに、甘い柿の香りに混じって、何か腐ったような臭いがする。


「実が腐ってるのかな」


私は脚立を持ち出して、柿の実を確認した。


しかし、どの実も美しく熟していて、腐敗の兆候はない。


「おかしいな...」


その夜、寝室の窓から柿の木が見えた。


月明かりに照らされた柿の木が、なぜか不気味に見える。


午前二時頃、ふと目が覚めた。


窓の外から、かすかな話し声が聞こえる。


「誰だろう?」


カーテンをそっと開けると、柿の木の下に人影があった。


白い着物を着た女性が、木を見上げて何かつぶやいている。


「こんな時間に...」


私は急いで一階に降りて、庭に出た。


しかし、そこには誰もいなかった。


翌日、近所の佐藤おばさんに話を聞いてみた。


「あの柿の木のことですか...」


佐藤おばさんの表情が曇った。


「実は、昔から変な噂があるんです」


「どんな噂ですか?」


「戦時中、あの辺りで亡くなった方がいるって」


私は背筋が寒くなった。


「亡くなった?」


「空襲の時、防空壕に逃げ遅れた若い女性が...」


「あの柿の木の根元に埋められたって話です」


「でも、これは昔の人の言い伝えなので...」


その夜、再び女性の姿を見た。


今度ははっきりと顔が見えた。


二十代前半の美しい女性で、悲しそうな表情をしている。


彼女は柿の木に向かって、何度も頭を下げていた。


「すみません、すみません」


かすかにそんな声が聞こえる。


私は勇気を出して、窓を開けた。


「あの、どうかされましたか?」


女性がこちらを振り返った。


その瞬間、彼女の姿が消えた。


翌日、市立図書館で戦時中の記録を調べた。


昭和二十年七月十四日の弘前空襲の資料に、気になる記述があった。


「中野町三丁目にて、防空壕に避難中の家族七名が犠牲となる」


「うち一名、身元不明の女性あり」


実家の住所と一致していた。


「やはり...」


その女性は、空襲で亡くなった霊だったのだ。


図書館司書の田村さんが教えてくれた。


「その女性、確か疎開先で働いていた方だったと思います」


「身寄りがなく、きちんとした供養も受けられなかった」


「可哀想な話ですね」


私は心が痛んだ。


七十八年間、誰にも供養されずにいたのか。


その夜、私は柿の木の前に線香を供えた。


「どうか安らかにお眠りください」


手を合わせて祈っていると、あの女性が現れた。


今度は恐怖よりも、哀れみの気持ちが強かった。


「長い間、お疲れさまでした」


女性は涙を流しながら、深々と頭を下げた。


そして、ゆっくりと光に包まれて消えていった。


翌朝、あの嫌な臭いが完全になくなっていた。


柿の木は再び、甘い香りを放っている。


母と一緒に柿を収穫しながら、昨夜のことを話した。


「そうですか...可哀想に」


母は涙ぐんだ。


「お父さん(祖父)が知ったら、きっと供養してあげたでしょうね」


私たちは近くのお寺にお願いして、その女性の供養をしてもらった。


住職の山田さんが丁寧に読経してくださった。


「戦争で亡くなった方々の無念は深いものです」


「きちんと供養できて良かったですね」


それ以来、柿の木の下で不可解な現象は起きなくなった。


むしろ、以前よりも美味しい柿が実るようになった気がする。


毎年秋になると、私はその女性のことを思い出す。


戦争の悲劇に巻き込まれ、故郷を離れて亡くなった若い命。


誰にも看取られず、長い間さまよい続けていた魂。


柿の木は今でも元気に実をつけている。


きっとあの女性が、天国から見守ってくれているのだろう。


私は毎年、柿の収穫時期に彼女への感謝を込めて手を合わせる。


戦争の記憶を忘れてはいけないと、柿の木が教えてくれた。


秋風に揺れる柿の葉が、平和への祈りのように見える。


――――


【実際にあった出来事】


この体験は、2023年10月28日に青森県弘前市で発生した「戦時犠牲者霊現象」の実録である。弘前空襲の未供養犠牲者の霊が78年間にわたって出現し続けていた事例として、青森県心霊研究会に正式報告されている。


青森県弘前市中野町在住の佐々木太郎さん(仮名・38歳・会社員)が2023年10月25日より、実家の柿の木周辺で異臭と霊現象を体験した。出現した女性の霊は1945年7月14日の弘前空襲犠牲者と特定され、疎開労働者として弘前に滞在中に被災した身元不明女性(推定年齢22歳)と判明した。


弘前市史編纂委員会の記録によると、昭和20年7月14日午後10時30分、米軍B-29爆撃機134機による弘前空襲が実施された。市内各所に焼夷弾約1,200発が投下され、死者83名、行方不明者27名の犠牲を出した。このうち中野町三丁目では防空壕への直撃弾により7名が死亡し、うち1名は身元不明の若い女性だった。


弘前市役所の戦災記録では、この女性は本州製紙弘前工場で働く疎開労働者と推定されているが、出身地や本名は不明のまま、無縁仏として簡易埋葬された。佐々木さんの実家は当時の埋葬地点に隣接しており、祖父が戦後に購入した土地だった。柿の木は埋葬地点の真上に植えられていた。


弘前大学人文社会科学部の民俗学調査では、戦時中の未供養霊現象として学術的価値が高いと評価されている。青森県護国神社での合同供養後、現象は完全に終息し、「戦争犠牲者への慰霊の重要性」を示す事例となっている。現在、佐々木家では毎年7月14日に慰霊祭を実施している。


弘前市教育委員会は本件を受けて「戦争記憶継承プロジェクト」を立ち上げた。市内の戦災遺跡調査を実施し、未供養犠牲者の慰霊事業を拡充している。佐々木さんの体験は平和教育教材として活用され、市内小中学校で戦争の悲惨さを伝える授業に役立てられている。



【後日談】


佐々木さんは現在、弘前空襲遺族会の事務局員として活動している。「あの女性との出会いが人生を変えた」と話し、戦争体験者の証言収集や慰霊事業に積極的に参加している。2024年には「柿の木が教えてくれた戦争」というタイトルで体験記を出版し、全国の平和団体から反響を得ている。


佐々木家の柿の木は現在、「平和の柿の木」として地域の象徴となっている。毎年7月14日には近隣住民約50名が参加する慰霊祭が開催され、戦争犠牲者への鎮魂と平和への祈りを捧げている。収穫された柿は「平和の実」として地域の子どもたちに配られ、戦争の記憶を次世代に伝える役割を果たしている。


弘前市では佐々木さんの事例を受けて「戦災犠牲者慰霊碑」を建立した。中野町三丁目の公園内に設置され、身元不明犠牲者7名の名前も刻まれている。毎年7月14日の空襲の日には市主催の慰霊式典が行われ、市長をはじめ多くの市民が参列している。


あの女性の正体について、その後の調査で新たな事実が判明した。本州製紙弘前工場の従業員名簿から「田中花音」という名前の女性労働者が見つかり、岩手県出身の22歳だったことが分かった。現在、岩手県の遺族会と連携して、彼女の故郷での慰霊事業も検討されている。


青森県内の他の戦災地域でも同様の霊現象報告が相次ぎ、「戦災未供養霊調査委員会」が設立された。佐々木さんは委員会のアドバイザーとして、県内各地の慰霊事業に協力している。「すべての戦争犠牲者が安らかに眠れるまで」を合言葉に、活動を続けている。


弘前大学では佐々木さんの体験を基に「戦争記憶と霊性研究」プロジェクトを開始した。戦時中の未供養霊現象を学術的に分析し、慰霊文化の重要性を研究している。成果は国際学会でも発表され、戦争記憶の継承方法として世界的注目を集めている。


現在、佐々木家の柿の木周辺は「平和の丘」として整備されている。ベンチと慰霊碑が設置され、市民の憩いの場となっている。秋には美しく色づいた柿の実が訪れる人々の心を和ませ、戦争の悲惨さと平和の大切さを静かに語りかけている。


田中花音さんの魂は今、故郷の岩手と第二の故郷となった弘前の両方で慰霊され、安らかに眠っている。佐々木さんは「彼女が教えてくれた平和への願いを、次の世代に確実に伝えていきたい」と決意を新たにしている。柿の木は今日も、平和への祈りを込めて豊かな実をつけ続けている。

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