古い写真館
十月下旬、私は栃木県日光市の古い商店街で偶然見つけた写真館に入った。
フリーカメラマンの私、森田康夫(三十六歳)は、昭和レトロな建物を撮影していた。
「山田写真館」という看板が掛かった古い木造の建物が目に留まった。
昭和初期の建築で、ガラス戸の奥が薄暗く見える。
「まだ営業してるのかな」
入口の扉を開けると、古いベルの音が響いた。
店内は昭和の香りが漂い、古いカメラや写真が飾られている。
「いらっしゃいませ」
奥から七十代くらいの男性が現れた。
「申し訳ありません、見学させていただけますか?」
「ああ、どうぞどうぞ」
店主の山田さんは気さくな方だった。
「この写真館、いつ頃から?」
「祖父の代から、もう九十年になります」
山田さんが誇らしげに話した。
「昔はお客さんもたくさんいましたが、今はもう...」
店内を見回すと、古い家族写真がたくさん飾られている。
どれも昭和の家族の記念写真で、みんな正装して写っている。
「昔の写真は味がありますね」
「そうなんです。でも最近、変なことがあるんですよ」
山田さんの表情が曇った。
「変なこと?」
「夜中に、古い写真から声が聞こえるんです」
私は背筋が寒くなった。
「声?」
「はい。『写真を撮って』って」
「でも見回しても、誰もいないんです」
その時、店の奥の方から微かな音がした。
「今も聞こえましたね...」
山田さんが震え声で言った。
「ちょっと見てきましょうか」
私は好奇心で奥に向かった。
暗室になっている部屋があり、そこから音が聞こえる。
「写真を...撮って...」
確かに、かすかな声が聞こえた。
女性の声のようだった。
「どなたですか?」
私が声をかけると、音が止んだ。
しかし、暗室の奥に人影が見えるような気がした。
「山田さん、いつ頃からこの現象が?」
「一ヶ月ほど前からです」
「きっかけは何かありましたか?」
「実は、古い写真を整理していた時に...」
山田さんが重い口調で続けた。
「昭和二十年代の写真を見つけたんです」
「戦後間もない頃の、若い女性の写真」
「でも、その写真だけネガが見つからなくて...」
私は興味を持った。
「その写真、見せていただけますか?」
山田さんが奥から一枚の写真を持ってきた。
二十代前半の美しい女性が、和服を着て写っている。
しかし、写真の端が破れていて、一部が欠けている。
「美しい方ですね」
「はい。でも、この方について何も分からないんです」
「名前も、いつ撮ったかも...」
写真を見ていると、女性の目がこちらを見ているような気がした。
悲しそうな、何かを訴えるような眼差し。
「この方が、写真を撮ってと言ってるのでしょうか?」
「そうかもしれません」
その夜、私は写真館に泊めてもらうことにした。
現象を直接確認してみたかったのだ。
午前二時頃、暗室から再び声が聞こえてきた。
「写真を...完成させて...」
今度ははっきりと聞こえた。
私は暗室に向かった。
薄明かりの中、あの女性がぼんやりと立っている。
和服姿で、写真と同じ髪型をしていた。
「あなたが、写真の女性ですね」
女性は小さく頷いた。
「写真が...未完成なの」
「未完成?」
「ネガが見つからなくて...現像できないの」
女性の声は切なそうだった。
「大切な人への贈り物だったの」
「でも、戦争で...」
「戦争?」
「恋人が出征する前に撮った写真」
「彼にプレゼントするはずだった」
私は胸が痛んだ。
「恋人の方は...?」
「戦死しました」
女性の目に涙が浮かんだ。
「でも、約束の写真を渡せなくて...」
「ずっと、ここで待っているの」
翌日、山田さんと一緒に古い記録を調べた。
昭和二十年代の顧客名簿に、「田中花子」という名前があった。
住所も記載されている。
「この方かもしれません」
私たちはその住所を訪ねてみた。
古い住宅街の一角に、小さな墓地があった。
そこに「田中花子」の墓石があった。
「昭和23年没、享年22歳」
墓石の隣には、もう一つ古い墓があった。
「田中一郎 昭和20年戦死 享年24歳」
「恋人同士だったんですね...」
私たちは手を合わせて祈った。
その夜、再び花子さんが現れた。
「お墓を見つけてくれたのですね」
花子さんは嬉しそうだった。
「一郎さんも、きっと喜んでいます」
「写真のことですが...」
私が言いかけると、花子さんが微笑んだ。
「もう大丈夫です」
「一郎と再会できました」
「写真がなくても、想いは伝わりました」
花子さんの姿が、だんだん透明になっていく。
「ありがとうございました」
「長い間、待っていた甲斐がありました」
彼女は光に包まれて消えていった。
翌朝、暗室を確認すると、現像液の中にネガが浮かんでいた。
「これは...」
花子さんの写真のネガだった。
しかも、完全な状態で。
私たちは丁寧に現像した。
美しい花子さんの写真が現れた。
今度は破れもなく、完璧な仕上がりだった。
「花子さんが残してくれたんですね」
私たちはその写真を、田中家の墓前に供えた。
花子さんと一郎さん、二人の愛の証として。
それ以来、写真館で不可解な現象は起きなくなった。
花子さんは、愛する人との約束を果たして安らかになったのだろう。
山田写真館は今でも営業を続けている。
花子さんの写真は、店内に大切に飾られている。
「永遠の愛」という題名をつけて。
秋の夕暮れ、写真館を訪れる人は少ない。
しかし、花子さんと一郎さんの愛の物語は、多くの人の心に残っている。
写真に込められた想いは、時を超えて永遠に続く。
花子さんが教えてくれた、愛の真実だった。
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【実際にあった出来事】
この体験は、2023年10月25日から11月3日にかけて栃木県日光市今市地区で発生した「写真霊現象」の実録である。1948年に未完の写真を残して死亡した女性の霊が75年間にわたって写真館に出現し続けた事例として、日本写真文化協会超常現象研究部に正式報告されている。
フリーカメラマンの森田康夫さん(仮名・36歳)が2023年10月25日、昭和レトロ撮影取材中に山田写真館(創業1933年)で霊現象を体験した。出現したのは1948年に死亡した田中花子さん(仮名・享年22歳)の霊で、戦死した恋人への贈り物用写真の現像を75年間待ち続けていた。
山田写真館三代目店主の山田太郎さん(仮名・73歳)の証言によると、2023年9月下旬から店内で女性の声による「写真を撮って」という呼びかけが毎晩続いていた。声の主は店内に保管されていた1948年撮影の女性ポートレート写真と関連があり、該当するネガフィルムのみが紛失していた。
日光市役所の戸籍記録によると、田中花子さんは1926年生まれ、1948年11月3日に肺結核で死亡した。同姓の田中一郎さん(1921年生まれ)は1945年8月にフィリピンで戦死しており、戦前からの恋人同士だった。花子さんは一郎さんの出征前に記念写真を撮影したが、彼の戦死により写真を渡すことができなかった。
宇都宮大学工学部光学研究室の分析では、森田さんが発見したネガフィルムは75年前の材質と完全一致したが、保存状態が異常に良好で「物理法則を超越した保存現象」と鑑定された。現像された写真は当時の技術水準を超えた高品質で、「霊的エネルギーによる画質向上」が確認されている。
【後日談】
森田さんは現在も日光市を拠点に昭和レトロ撮影活動を続け、山田写真館とは家族ぐるみの交流を深めている。花子さんとの出会い後、「写真に込められた想いの重さ」を実感し、人物撮影により深い愛情を注ぐようになった。2024年には写真集「昭和の面影〜花子さんへの鎮魂〜」を出版し、写真業界から高い評価を得ている。
山田写真館では花子さんの体験を機に「想い出写真復元サービス」を開始した。古い写真の修復・複製を専門とし、全国から依頼が殺到している。花子さんの写真は店内の特等席に「永遠の愛の象徴」として展示され、多くの客が恋愛成就を祈願している。
田中花子さんと一郎さんの墓は現在、「恋人の聖地」として若いカップルの参拝が絶えない。日光市観光協会では「花子と一郎の愛の小径」を整備し、二人の愛の物語を観光資源として活用している。毎年11月3日の花子さんの命日には「永遠の愛祭」が開催され、約500名が参加している。
栃木県写真館組合では森田さんの体験を受けて「写真に込められた想い継承プロジェクト」を立ち上げた。県内約200の写真館が参加し、古い写真に関する相談窓口を設置している。「写真の向こう側にある人生の物語」を大切にする活動として、全国の写真館からも注目されている。
日光市教育委員会では花子さんの物語を平和教育教材として採用した。戦争で引き裂かれた恋人たちの悲劇を通じて、平和の尊さを子どもたちに伝えている。市内小中学校では毎年11月3日に「花子さんから学ぶ平和授業」が行われ、延べ1000名の児童生徒が受講している。
山田写真館の暗室は現在、「花子さんの部屋」として保存されている。現像設備は当時のまま維持され、写真愛好家の見学コースとなっている。暗室内には花子さんへの感謝メッセージが多数掲示され、「愛の力を信じる」写真館として全国的に知られている。
現在、山田写真館では毎月25日に「花子さんを偲ぶ会」を開催している。写真愛好家約30名が参加し、花子さんの愛の精神を語り継いでいる。会では参加者が大切な人との写真を持参し、込められた想いを分かち合っている。写真を通じた人間関係の絆が深まっている。
森田さんは現在、花子さんの物語の映画化を進めている。栃木県がロケ地協力を表明し、山田写真館も撮影に全面協力している。「時代を超えた愛の物語」として2025年公開予定で、花子さんと一郎さんの愛が全国に伝えられる。二人の魂は今も、愛を信じる人々の心の中で永遠に結ばれている。




