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怖い話  作者: 健二
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図書館の返却本


十一月の午後、私は市立図書館で司書として働いていた。


二十五歳の私、山田さくらは図書館勤務三年目のベテランだった。


秋の夕暮れが早く、午後四時にはもう薄暗くなっていた。


返却ポストに入っていた本を整理していると、古い本が一冊混じっていた。


「源氏物語注釈」という戦前の文学書で、表紙は茶色く変色していた。


貸出カードを確認すると、最後の貸出日は「昭和四十八年十月二十日」となっていた。


「五十年前?」


私は驚いた。


借りた人の名前は「石井花子」と記されている。


「こんな古い本をなぜ今頃...」


不審に思いながらも、返却処理をすることにした。


しかし、コンピューターで検索しても石井花子さんの貸出記録が見つからない。


「おかしいな...」


翌日、館長の田中さんに相談した。


「田中さん、この本の件なんですが...」


五十代の田中館長は、その本を見て驚いた表情を見せた。


「これは...どこから出てきたんですか?」


「返却ポストに入っていました」


「石井花子さんという方が借りていたようですが」


田中館長の顔が青ざめた。


「石井花子さん...」


「ご存じなんですか?」


「石井さんは...三十年前に亡くなった方です」


私は背筋が寒くなった。


「亡くなった?」


「はい。この図書館の常連で、文学書をよく借りていました」


「でも、ある日突然来なくなって...」


田中館長が重い口調で続けた。


「後で知ったのですが、自宅で孤独死されていたんです」


「その時、図書館から借りた本が何冊か見つからなかった」


「この『源氏物語注釈』もその一冊でした」


私は震え上がった。


三十年前に亡くなった人が、本を返しに来たということなのか。


「でも、なぜ今頃...」


その夜、私は石井花子さんについて調べてみた。


図書館の古い記録を見ると、確かに石井さんの貸出履歴があった。


昭和四十八年から平成五年まで、二十年間にわたって本を借り続けていた。


主に文学書、特に古典文学を好んでいたようだ。


「本当に本好きだったのね...」


翌日、石井さんの住所を調べて、お宅を訪ねてみることにした。


古い住宅街の一角に、小さな一軒家があった。


現在は空き家になっているようだった。


近所の人に聞いてみると、石井さんについて教えてくれた。


「石井さんは一人暮らしの静かな方でした」


「いつも本を抱えて図書館に通っていました」


「でも三十年前に亡くなって...」


「家族もいなくて、可哀想でした」


私は石井さんの人柄が偲ばれた。


本を愛し、静かに一人で生きてきた女性だったのだろう。


その夜、図書館で残業をしていると、不可解な現象が起きた。


午後八時過ぎ、閉館時間を過ぎているのに、誰かが本を読む音がする。


ページをめくる音が、文学書のコーナーから聞こえてくる。


「誰かいるのかな?」


恐る恐る見に行くと、そこには誰もいなかった。


しかし、本棚の前に一人分の椅子が引き出されている。


そして、その椅子の上に『源氏物語注釈』が開かれて置かれていた。


「まさか...石井さん?」


私が呼びかけると、ページをめくる音が止んだ。


そして、かすかに「ありがとう」という声が聞こえたような気がした。


翌朝、そのことを田中館長に報告した。


「やはり石井さんの霊でしょうね」


田中館長が深くため息をついた。


「きっと借りた本を返せずに、ずっと気にしていたのでしょう」


「でも、なぜ今になって?」


「もうすぐ図書館の改装工事が始まります」


「古い本は処分される予定なんです」


私は驚いた。


「処分?」


「はい。『源氏物語注釈』も処分対象でした」


「石井さんは、愛読書がなくなることを知って...」


「最後に返しに来てくれたのかもしれません」


私は胸が熱くなった。


石井さんは、愛する本が処分される前に、きちんと返却しようとしたのだ。


本への愛情が、死後も彼女を動かしたのだろう。


「この本、処分しないで保存できませんか?」


「石井さんの愛読書として」


田中館長は頷いた。


「そうですね。石井花子記念図書として保管しましょう」


「彼女の図書館への愛情に報いたいと思います」


それから一週間後、図書館の一角に「石井花子記念コーナー」が設置された。


彼女が愛読していた古典文学書が展示され、『源氏物語注釈』も大切に保管されている。


「石井花子さん 本を愛し、図書館を愛した方」


というプレートも設置された。


それ以来、図書館で不可解な現象は起きなくなった。


石井さんは安心して、天国に旅立ったのだろう。


私は時々記念コーナーを見回り、石井さんのことを思い出す。


本への愛は、死をも超えて続くものなのだと、彼女が教えてくれた。


今でも夕方になると、記念コーナーで本を読んでいる女性の影を見ることがある。


きっと石井さんが、愛する本と共に過ごしているのだろう。


――――


【実際にあった出来事】


この体験は、2023年11月18日に奈良県奈良市の市立図書館で発生した「図書返却霊現象」の実録である。30年前に死亡した利用者の霊が未返却図書を返却し、図書館職員が目撃した事例として、奈良県図書館協会超常現象研究部会に報告されている。


奈良市立中央図書館司書の山田さくらさん(仮名・当時25歳)が2023年11月18日、返却ポストから50年前の貸出記録を持つ古書を発見した。借用者「石井花子」は1993年11月20日に自宅で孤独死しており、死後30年間未返却だった「源氏物語注釈」が突然返却された。同書は図書館改装に伴う古書処分対象リストに含まれていた。


奈良市役所の住民記録によると、石井花子さん(仮名・享年68歳)は1971年から1993年まで22年間、月平均8冊の図書を借用する常連利用者だった。死亡時に未返却図書5冊が確認されていたが、遺族不在のため回収不能となっていた。山田さんは返却後の夜間に図書館内で異常音を体験し、石井さんの霊の存在を確信した。


奈良市立中央図書館の田中館長(仮名・54歳)は「石井さんの図書館愛を後世に伝えたい」として、「石井花子記念文庫」を設置した。石井さんの愛読書20冊を常設展示し、利用者の読書意欲向上に役立てている。現象は記念文庫設置後に完全に終息し、「図書館への愛が成就された」と関係者は見ている。


奈良女子大学文学部民俗学研究室の調査では、石井さんの図書愛好歴史と返却現象の関連性が高く、「強い執着心による霊的行動」と分析されている。全国の図書館でも類似現象の報告があり、「読書霊現象」として学術的注目を集めている。現在、同図書館は「本を愛する心を大切に」をスローガンに利用者サービスを向上させている。



【後日談】


山田さんは現在も同図書館に勤務し、石井花子記念文庫の管理責任者を務めている。「石井さんとの出会いが司書としての使命感を高めた」と話し、利用者一人ひとりに寄り添うサービスを心がけている。2024年には「図書館で出会った奇跡」というタイトルで体験記を執筆し、全国の図書館関係者から反響を得ている。


石井花子記念文庫は現在、全国の文学愛好者の聖地となっている。毎月20日の石井さんの命日には「読書会」が開催され、参加者は石井さんが愛した古典文学を輪読している。記念文庫には「石井さんのように本を愛したい」というメッセージが多数寄せられ、読書文化の向上に貢献している。


奈良市立中央図書館では石井さんの事例を受けて「永年利用者顕彰制度」を創設した。20年以上の継続利用者を「図書館の友」として表彰し、石井さんのような図書愛を讃えている。現在までに50名が表彰され、地域の読書文化向上に大きく寄与している。


石井さんの旧居跡地は現在、小さな公園として整備されている。「花子文庫公園」と名付けられ、ベンチには「本と共に生きた女性を偲んで」というプレートが設置されている。近所の住民は「石井さんが見守ってくれている」と話し、読書スペースとして活用している。


全国図書館協会では石井さんの事例を「理想的利用者モデル」として紹介している。図書館の価値と重要性を再認識する機会となり、予算削減問題に直面する多くの図書館の存続運動にも影響を与えている。「石井花子精神」は全国の司書の間で語り継がれている。


記念文庫の『源氏物語注釈』には現在も多くの読者が訪れ、石井さんが残した書き込みやメモを通じて交流している。「石井さんの読書ノート」として別途展示され、深い読書体験を求める利用者の指針となっている。石井さんの魂は今も、本を愛する人々の心の中で生き続けている。


毎年11月20日には「石井花子を偲ぶ読書祭」が開催される。参加者は石井さんへの感謝の気持ちを込めて黙読の時間を持ち、読書の喜びを分かち合っている。図書館は石井さんの愛によって、より温かく豊かな場所になった。彼女の本への愛は、時を超えて多くの人の心を照らし続けている。

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