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怖い話  作者: 健二
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秋祭りの神輿


九月下旬の午後、私は郷土史研究のため、岐阜県の山間部にある小さな村を訪れていた。


大学院で民俗学を専攻している私、佐藤健一は、消えゆく地方の祭りについて調査していた。


村の名前は「深谷村」。人口わずか二百人の過疎の村だった。


村長の小林さんが、村の秋祭りについて話してくれた。


「今年で最後になるかもしれません」


七十歳を過ぎた小林村長は寂しそうに言った。


「若い人がいなくて、神輿を担ぐ人手が足りないんです」


秋祭りは毎年十月の第一土曜日に行われる。


村の守り神である「山神様」を祀る祭りだった。


「昔は村中総出で盛大にやったもんです」


「でも今は...」


小林村長の話を聞いていると、古い写真を見せてくれた。


昭和三十年代の祭りの様子だった。


大勢の村人が神輿を担ぎ、笑顔で写っている。


「この神輿、実は曰く付きなんです」


「曰く付き?」


「昭和四十五年の祭りで、事故があったんです」


小林村長の表情が暗くなった。


「神輿を担いでいた若者が一人、突然倒れて亡くなったんです」


「原因は心不全でした」


「でも、その後も...」


村長が重い口調で続けた。


「十年おきに、神輿を担いだ人が一人ずつ亡くなるんです」


私は背筋が寒くなった。


「十年おき?」


「はい。昭和四十五年、五十五年、平成二年、十二年...」


「そして前回の平成二十二年にも」


「偶然じゃないんですか?」


「最初はそう思いました」


「でも、みんな祭りの後、一週間以内に亡くなるんです」


「しかも、死因は全て原因不明の突然死」


私は震え上がった。


呪われた神輿があるというのか。


「それで担ぎ手がいなくなったんですね」


「そうです。村の人たちが怖がって...」


「でも、神輿を出さないと山神様の怒りに触れる」


「板挟みなんです」


その夜、村の民宿に泊まった私は、祭りについてさらに調べてみた。


村の古い記録を見せてもらうと、驚くべき事実が分かった。


その神輿は、戦時中に一度供出されていたのだ。


昭和十八年、金属供出令により、神輿の金具が軍に供出された。


しかし、戦後の昭和二十五年に新しく作り直されていた。


「この新しい神輿から、呪いが始まったのかもしれない」


民宿の主人、田中さんが教えてくれた。


「実は、新しい神輿を作る時、大工の棟梁が事故で死んでるんです」


「事故?」


「神輿の制作中に、木材の下敷きになって」


「それが最初の犠牲者だったかもしれません」


私は興味深く思った。


呪いの始まりがそこにあるのかもしれない。


翌日、神輿が保管されている神社を訪れた。


古い木造の社殿の奥に、件の神輿があった。


近づいて見ると、確かに戦後に作られたものだと分かる。


しかし、どこか不気味な雰囲気を感じた。


特に神輿の目の部分が、まるで生きているかのように見える。


「気をつけた方がいいですよ」


宮司の山田さんが声をかけてきた。


「この神輿に近づくと、よくないことが起きる」


「よくないこと?」


「頭痛や吐き気、中には幻覚を見る人もいます」


「山神様が怒っているのかもしれません」


私は山田宮司に詳しく話を聞いた。


「実は、戦前の古い神輿には、ある秘密があったんです」


「秘密?」


「村の開祖である武田家の遺骨が納められていました」


私は驚いた。


「遺骨?」


「武田家は戦国時代にこの村を開いた一族です」


「神輿に祖先の遺骨を納めることで、村の守護を願ったんです」


「しかし、戦時供出で神輿が解体された時...」


山田宮司が言いにくそうに続けた。


「遺骨が行方不明になったんです」


「新しい神輿には、遺骨が納められていない」


「だから武田家の霊が怒っているのかもしれません」


私は納得した。


守護霊が宿っていない神輿に、邪悪な霊が取り憑いたのかもしれない。


その夜、不可解な出来事が起きた。


民宿で眠っていると、太鼓の音が聞こえてきた。


「ドンドンドン」


祭りの太鼓のような音だった。


時計を見ると午前三時。


こんな時間に祭りをするはずがない。


窓から外を見ると、神社の方向から灯りが見える。


「まさか...」


恐る恐る神社に向かってみた。


すると、そこには信じられない光景があった。


神輿が一人でに動き回っているのだ。


担ぎ手は誰もいない。


神輿だけが宙に浮いて、境内を練り歩いている。


「あり得ない...」


私は目を疑った。


しかし、現実に神輿が宙を舞っている。


そして、神輿の周りに人影が見える。


半透明の人間たちが神輿を担いでいるのだ。


それは過去に亡くなった担ぎ手たちだった。


私は急いでその場から逃げ出した。


翌朝、昨夜の出来事を小林村長に話した。


「やはりそうでしたか」


村長は驚かなかった。


「実は他にも目撃者がいるんです」


「神輿が勝手に動き回る姿を見た人が」


「きっと成仏できない霊たちが、祭りを続けているんでしょう」


「でも、なぜ生きている人を巻き添えにするんでしょう?」


「仲間を増やしたいのかもしれません」


「永遠に祭りを続けるために」


私は恐ろしくなった。


その日の午後、私は急いで村を出ることにした。


これ以上ここにいると、危険だと感じたからだ。


帰りの電車の中で、村の人たちのことを考えた。


このまま祭りが続けば、また犠牲者が出るかもしれない。


しかし、祭りを止めることもできない。


難しい問題だった。


一週間後、東京の大学に戻った私は、深谷村について論文を書き始めた。


しかし、途中で筆が止まった。


この話を発表していいものか、迷ったからだ。


村の人たちに迷惑をかけるかもしれない。


そんな時、小林村長から電話がかかってきた。


「佐藤さん、大変なことになりました」


「どうしたんですか?」


「神輿が...消えたんです」


私は驚いた。


「消えた?」


「はい。神社から忽然と姿を消しました」


「まるで最初からなかったかのように」


「手がかりは何も残っていません」


私は背筋が寒くなった。


神輿が自分の意志で移動したということなのか。


「もしかして、別の場所に現れているかもしれません」


「他の村や町に」


「そうならないことを祈るばかりです」


電話を切った後、私は不安になった。


呪われた神輿が、今度はどこで祭りを始めるのだろうか。


そして、新たな犠牲者を生むのだろうか。


秋が深まる度に、私はあの村のことを思い出す。


神輿は今でも、どこかで祭りを続けているのかもしれない。


見えない担ぎ手たちと共に、永遠の祭りを...


――――


【実際にあった出来事】


この体験は、2019年9月25日から27日にかけて岐阜県郡上市の旧和良村で発生した「消失神輿事件」の実録である。民俗学研究者による現地調査中に目撃された超常現象として、岐阜県民俗学会に正式報告されている。


岐阜大学大学院文学研究科の佐藤健一氏(仮名・当時24歳)が過疎地域の祭礼調査のため旧和良村を訪問した際、1970年以降10年周期で神輿担ぎ手の突然死が発生していることを確認した。死亡者は計5名で、全員が祭礼後1週間以内に原因不明の心停止で死亡していた。


和良村役場の記録によると、問題の神輿は1950年に戦時供出の代替品として製作されたものだった。製作を担当した地元大工の武田源三郎氏(当時52歳)が作業中の事故で死亡し、これが呪いの発端とされる。元の神輿には村の開祖武田家の遺骨が納められていたが、供出時に行方不明となっていた。


佐藤氏は滞在中の2019年9月26日深夜、和良神社境内で無人の神輿が浮遊移動する現象を目撃した。同様の証言は地元住民3名からも得られており、「死者の神輿渡御」として地域に語り継がれている。現象は毎年9月下旬の深夜に発生し、約30分間継続することが確認されている。


2019年9月28日、神輿は和良神社から完全に消失した。盗難の形跡はなく、重量約200キロの神輿が一夜で姿を消した。岐阜県警郡上署は器物損壊・窃盗事件として捜査したが、手がかりは一切見つからなかった。防犯カメラにも異常は記録されておらず、「超常現象による消失」と結論付けられた。


岐阜県立博物館の調査では、同様の「呪われた神輿」事例が県内で過去3件確認されている。いずれも戦後復興期に製作された代替神輿で、原因不明の事故や突然死が関連している。専門家は「戦争による文化的断絶が霊的障害を引き起こした」と分析している。


現在、旧和良村では神輿を使わない新しい形の秋祭りが行われている。佐藤氏は「消えた神輿の行方」を追跡調査しているが、2024年現在も発見には至っていない。全国の類似事例を調査し、「移動する呪いの神輿」として学術論文を発表予定である。



【後日談】


佐藤氏は現在、岐阜大学の助教授として民俗学を教えている。和良村での体験を機に「現代の呪術的現象」を専門とし、全国の超常事例を調査している。2021年には著書「消えた神輿~現代日本の呪い~」を出版し、学術界で注目を集めている。


2020年10月、三重県の山間部で「正体不明の神輿」による祭礼が目撃された。地元住民によると、深夜に突然現れた古い神輿が無人で練り歩き、翌朝には消失していた。佐藤氏は「和良村の神輿が移動している可能性がある」として現地調査を実施したが、確証は得られなかった。


旧和良村は2022年に「武田家霊廟」を新設し、戦時中に失われた遺骨の代わりに慰霊碑を建立した。以降、超常現象の報告は激減している。小林元村長(78歳)は「先祖の霊が安らかになった」と話し、村の平穏を取り戻している。


佐藤氏の調査により、全国で15件の「呪われた祭具」事例が確認されている。戦後復興期の粗製品や、伝統的製法を無視した祭具に集中している。「文化的正統性の欠如が霊的な問題を生む」として、文化庁も注意喚起を行っている。


2023年秋、佐藤氏のもとに岐阜県内の別の村から相談が寄せられた。戦後に作られた太鼓で原因不明の事故が多発しているという。現在調査中だが、「和良村型現象」の拡散を危惧している。「日本の祭礼文化に潜む現代的な問題」として、継続的な研究を行っている。



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