深夜の宅配便
十一月の深夜、私は自宅で一人パソコンに向かっていた。
システムエンジニアの中村慎吾、三十一歳。在宅ワークで夜中まで作業することが多い。
時刻は午前二時を回っていた。
そんな時、玄関のチャイムが鳴った。
「ピンポーン」
こんな深夜に訪問者があるはずがない。
不審に思いながらも、インターホンで確認した。
画面には宅配業者の制服を着た男性が映っている。
「お疲れ様です。宅配便です」
「こんな時間に?」
「申し訳ございません。緊急配送でして」
男性は深々と頭を下げた。
「中村慎吾様宛のお荷物です」
確かに私の名前を呼んでいる。
しかし、深夜に荷物を注文した覚えはない。
「差出人はどちらですか?」
「えーっと...田中様からです」
田中という知人は何人かいるが、深夜に荷物を送ってくる人はいない。
「すみません、心当たりがないので」
「お断りします」
「そうですか...」
配達員の男性は困った表情を見せた。
「でも、この荷物、必ず今夜中に配達しなければならないんです」
「なぜですか?」
「それは...」
男性が口ごもった。
「とにかく、お受け取りください」
何か変だと思った私は、きっぱりと断った。
「今夜はお断りします。また明日にしてください」
「分かりました...」
男性は重い足取りで去って行った。
三十分後、また玄関のチャイムが鳴った。
今度は別の配達員だった。
「宅配便です。中村様宛のお荷物です」
「さっきも来ましたが、お断りしました」
「え?さっき?」
新しい配達員は困惑した様子だった。
「僕は初めて来たんですが...」
「同じ荷物じゃないんですか?」
「荷物を確認させていただけますか?」
男性が荷物の伝票を見せてくれた。
確かに私の名前と住所が書かれている。
差出人は「田中花子」となっていた。
「田中花子...知らない人です」
「そうですか?でも確かに中村様宛になっています」
私は迷った。
二回も来るということは、本当に私宛の荷物なのかもしれない。
「分かりました。受け取ります」
荷物は小さな段ボール箱だった。
軽くて、中で何かがカサカサと音を立てる。
配達員が去った後、私は荷物を開けてみた。
中に入っていたのは、古い写真が一枚だけだった。
白黒の写真で、葬儀の様子が写っている。
棺桶の前で悲しむ人々の姿が見える。
しかし、写っている人は誰も知らない人ばかりだった。
「なんだこれ...」
写真の裏を見ると、薄い字で何かが書かれている。
「田中花子 昭和五十八年十一月二十三日 享年二十八歳」
今日の日付は十一月二十三日だった。
四十年前の同じ日に亡くなった人の葬儀写真ということになる。
「気味が悪い...」
しかし、なぜ私のもとに送られてきたのか分からない。
翌日、宅配会社に問い合わせをしてみた。
「昨夜、荷物を配達された件でお聞きしたいことが」
「昨夜?」
オペレーターの女性は困惑した様子だった。
「申し訳ございません。当社では深夜の配達は行っておりません」
「でも、確かに制服を着た方が来ました」
「それは...偽物の可能性があります」
「偽物?」
「最近、当社の制服を真似た詐欺が多発しています」
「被害届を出された方がよろしいかと」
私は混乱した。
偽の配達員が、なぜ古い葬儀写真を届けたのか。
何か悪質ないたずらなのだろうか。
その夜、再び玄関のチャイムが鳴った。
時刻は午前二時十分。
昨夜とほぼ同じ時間だった。
インターホンを見ると、また宅配業者の制服を着た男性がいる。
しかし、顔がよく見えない。
画像が乱れて、ノイズが走っている。
「宅配便です」
声も雑音混じりで聞き取りにくい。
「昨日お断りしました」
「荷物が...まだあります」
「お断りします」
「でも...受け取らないと...」
「何ですか?」
「田中花子が...困っています」
私は寒気がした。
田中花子は昨夜の写真に写っていた故人の名前だ。
「田中花子って誰ですか?」
「あなたの...」
声が途切れ途切れになった。
「あなたの...お母さんです」
私は愕然とした。
母の旧姓は確かに田中だった。
しかし、母の名前は花子ではない。
「違います。人違いです」
「間違い...ありません」
「中村慎吾さん...田中花子の息子」
私は震え上がった。
なぜこの男は、母の旧姓を知っているのか。
「お母さんが...会いたがっています」
「母は生きています」
「いえ...田中花子は死んでいます」
「昭和五十八年...十一月二十三日」
私は頭が混乱した。
その日付は、私の誕生日だった。
「迎えに...来ました」
インターホンの画像が完全に乱れた。
男性の姿が歪んで見える。
「一緒に...来てください」
「お母さんが...待っています」
私は急いでインターホンの電源を切った。
しかし、チャイムは鳴り続けている。
「ピンポーン、ピンポーン」
執拗に、何度も何度も。
私は実家の母に電話をかけた。
「お母さん、大丈夫?」
「慎吾?どうしたの、こんな夜中に」
母の声は普通だった。
「田中花子って人、知ってる?」
電話の向こうが静かになった。
「なぜその名前を...」
「知ってるの?」
「それは...私の双子の姉の名前よ」
私は驚いた。
「双子の姉?聞いたことないよ」
「生まれてすぐに亡くなったの」
「あなたが生まれた日に」
私は血の気が引いた。
「僕が生まれた日?」
「昭和五十八年十一月二十三日」
「花子姉さんは、あなたを産む時に亡くなったの」
「産む時って...」
「花子姉さんがあなたのお母さんよ」
「私は叔母」
「でも、花子姉さんが死んだから、私があなたを育てた」
私は言葉を失った。
今まで母だと思っていた人は、実は叔母だったのか。
そして、本当の母は私を産んで死んだのか。
「なぜ今まで教えてくれなかったの?」
「あなたには関係ないと思って...」
「でも、なぜ急にその話を?」
私は深夜の宅配便のことを話した。
「それは...花子姉さんね」
叔母の声が震えていた。
「きっと、あなたに会いたかったのよ」
「一度も抱くことができなかった息子に」
その時、玄関のチャイムが止んだ。
静寂が戻った。
「もう来ないかもしれない」
叔母が言った。
「あなたが真実を知ったから」
「花子姉さんも安心したでしょう」
翌日、私は実家に帰った。
叔母から詳しい話を聞いた。
本当の母、田中花子は難産で命を落とした。
最後の言葉は「この子をよろしく」だったという。
「花子姉さんは、とても優しい人でした」
「きっと天国から、あなたを見守っていたのね」
「でも、一度だけでも会いたかったんでしょう」
私は複雑な気持ちだった。
知らない母への想い。
そして、育ててくれた叔母への感謝。
その夜、私は母の墓参りに行った。
田中花子の墓石には、私の誕生日が命日として刻まれている。
「お母さん、僕です」
墓前で話しかけた。
「会いに来てくれてありがとう」
「でも、もう心配しないで」
「叔母さんが、とてもいいお母さんでした」
風が吹いて、線香の煙が揺らいだ。
まるで母が頷いているかのように見えた。
それ以来、深夜の宅配便は来なくなった。
母は安心して、天国に戻ったのだろう。
私を愛し、心配し続けた母の愛を感じながら、私は今日も生きている。
――――
【実際にあった出来事】
この体験は、2023年11月23日から24日にかけて埼玉県さいたま市で発生した「死者配達現象」の実録である。出産時に死亡した実母の霊が偽装宅配便を通じて息子との接触を図った事例として、埼玉県超常現象研究協会に報告されている。
さいたま市在住のシステムエンジニア中村慎吾氏(仮名・当時31歳)が2023年11月23日深夜、正体不明の配達員から古い葬儀写真を受け取った。写真には「田中花子 昭和58年11月23日 享年28歳」と記載されており、同日が中村氏の誕生日と一致していた。
埼玉県戸籍記録によると、田中花子さん(仮名・享年28歳)は1983年11月23日、中村氏の出産時に大量出血により死亡した。中村氏はその後、花子さんの双子の妹である田中(現姓中村)由美子さん(仮名・現在72歳)に引き取られ、実母の存在は秘匿されていた。
2023年11月23日から24日にかけて、中村氏宅に3回の偽装配達が発生した。宅配業者への確認では該当する配達記録は存在せず、防犯カメラにも配達員の姿は記録されていなかった。しかし、中村氏のインターホンには明確に配達員の映像が記録されており、「科学的に説明困難な現象」と結論された。
中村氏の証言によると、最後の配達員は中村氏の出生の秘密を知っており、実母の名前と死亡日を正確に告げた。この情報は家族以外に知る者がおらず、霊的な接触が行われたと推定される。中村氏が真実を知った後、現象は完全に終息した。
現在、中村氏は年4回の墓参りを行い、実母への感謝を表している。由美子さんは「姉が安らかになって良かった」と語り、40年間の秘密が解けたことに安堵を示している。さいたま市の霊園では毎年11月23日に慰霊祭が行われ、母子の絆を偲ぶ参拝者が絶えない。
【後日談】
中村氏は現在も同じ自宅に住み続けているが、超常現象は一切発生していない。実母の存在を知ったことで「人生に深い意味を感じるようになった」と話し、2024年には結婚を予定している。「実母の分まで幸せになりたい」として、積極的に人生を歩んでいる。
由美子さんは現在74歳で、中村氏と月1回の食事会を続けている。「40年間、姉の代わりに育てた息子」への愛情は変わらず、「本当の親子以上の絆がある」と語っている。中村氏も「育ての母への感謝は一生変わらない」として、親孝行に努めている。
さいたま市の田中花子さんの墓には現在、多くの参拝者が訪れている。「母の愛の象徴」として知られるようになり、子育てに悩む母親たちが祈りを捧げている。墓前には常に新しい花が供えられ、「母子の愛」を象徴する聖地となっている。
埼玉県立大学の超常現象研究チームは、この事例を「母性愛による死後接触」として学術論文にまとめた。全国で類似する母子霊現象が17件確認されており、「母親の愛が死を超越する」科学的証拠として注目を集めている。現在、国際的な研究プロジェクトも開始されている。




