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怖い話  作者: 健二
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廃校の音楽室


十月末、私は廃校となった小学校の解体前調査のため、一人で校舎に入った。


建築士の河野雅人、三十四歳。老朽化した公共建築物の解体設計が専門だった。


この小学校は十年前に統廃合で閉校となり、以来放置されていた。


校舎は築五十年の鉄筋コンクリート造で、あちこちにひび割れが目立つ。


午後四時、秋の夕暮れが早く、校内は薄暗くなっていた。


各教室を順番に調査していると、三階の音楽室で奇妙なことに気づいた。


他の教室は机や椅子が撤去されているのに、音楽室だけは当時のまま残っている。


古いピアノが一台、教室の前に置かれていた。


楽譜や教材も棚に並んでいる。


「なぜここだけ...」


不思議に思いながら、部屋の中を詳しく調べた。


ピアノの鍵盤は黄ばんでいるが、比較的良い状態を保っている。


何気なくドの鍵盤を押してみると、思いのほかきれいな音が響いた。


「まだ使えるんだ」


その時、廊下から足音が聞こえた。


「パタパタパタ」


子供が走るような軽い足音だった。


「誰かいるのか?」


私は廊下に出て確認したが、誰もいない。


しかし、足音は音楽室に向かって近づいてくる。


そして、音楽室の扉が勢いよく開いた。


「誰が...」


扉の向こうには誰もいない。


風で開いたにしては、勢いが強すぎる。


音楽室に戻ると、さらに驚くべき光景があった。


ピアノの椅子に、透明な人影が座っているのが見えた。


小学生くらいの子供のシルエットだった。


「まさか...」


私は目を疑った。


しかし、確かに誰かがそこにいる。


そして、ピアノの演奏が始まった。


「♪きらきら星♪」の簡単なメロディーだった。


鍵盤が一つずつ押されて、音が響く。


しかし、弾いている人の姿は透けて見える。


私は恐怖で動けなかった。


霊が目の前でピアノを弾いているのだ。


演奏が終わると、子供の声が聞こえた。


「上手に弾けました?」


女の子の声だった。


「せんせい、聞いてください」


私は震え声で答えた。


「き...聞こえたよ。上手だったね」


「ありがとうございます」


嬉しそうな声だった。


「私、田村あかりです」


「四年生です」


私は勇気を出して話しかけた。


「あかりちゃん、なぜここにいるの?」


「音楽の練習をしています」


「発表会があるんです」


「発表会?」


「はい。来週の土曜日」


「みんなでピアノを弾くんです」


私は混乱した。


この学校は十年前に閉校している。


発表会があるはずがない。


「あかりちゃん、この学校はもう...」


言いかけた時、他の子供たちの声が聞こえ始めた。


「あかりちゃん、私たちも弾きたい」


「順番だよ」


「先生、見ててください」


音楽室に複数の透明な人影が現れた。


みんな小学生の子供たちだった。


次々とピアノの前に座り、演奏を始める。


「ちょうちょう」「うみ」「ふるさと」


懐かしい童謡が次々と奏でられる。


子供たちは楽しそうに歌いながら弾いている。


私は現実感を失っていた。


この状況は一体何なのか。


「先生、私たちの演奏はどうですか?」


あかりちゃんが尋ねた。


「とても...とても上手だよ」


「本当ですか?」


「本当だよ。みんな一生懸命練習したんだね」


「はい!毎日練習しました」


「発表会、楽しみです」


私は胸が痛くなった。


この子たちは、自分たちが死んでいることを知らないのだろうか。


「あかりちゃん、発表会には誰が来るの?」


「お父さんとお母さんです」


「弟も来ます」


「みんなで聞いてくれるんです」


私は涙が出そうになった。


しかし、その時突然子供たちの姿が消えた。


音楽室は静寂に包まれた。


ただ、ピアノの鍵盤がかすかに振動している。


私は急いでその場を離れた。


翌日、市役所で閉校当時の資料を調べてもらった。


「田村あかりちゃんという生徒について」


教育委員会の職員が古いファイルを確認した。


「ああ、ありました」


「田村あかり、当時十歳」


「閉校の年に転校していますね」


「転校先は...」


職員の表情が曇った。


「転校先で事故に遭っているようです」


「事故?」


「交通事故です」


「転校してすぐに亡くなっています」


私は愕然とした。


「他にも何人か、転校後に亡くなった生徒がいるようです」


「統廃合で環境が変わって、不幸な事故が続いたんです」


「みんな、この学校を愛していた子たちでした」


私は理解した。


子供たちは、愛した母校に戻ってきているのだ。


最後の思い出として、音楽室で演奏を続けている。


その夜、私は再び学校に行った。


午後七時、音楽室に向かった。


すると、またピアノの音が聞こえる。


今度は合奏だった。


複数の子供たちが一緒に演奏している。


私は扉の外から静かに聞いていた。


「♪故郷♪」の美しい旋律が響く。


みんなで心を込めて弾いている。


演奏が終わると、あかりちゃんの声がした。


「先生、ありがとうございました」


「私たち、もう行きます」


「発表会は終わりました」


「お父さんとお母さんも聞いてくれました」


私は扉を開けて中に入った。


子供たちの姿は薄くなっている。


「あかりちゃん」


「はい」


「素晴らしい演奏だったよ」


「みんな本当に上手だった」


「ありがとうございます」


「私たち、この学校が大好きでした」


「最後に演奏できて嬉しかったです」


子供たちは一人ずつお辞儀をして、消えていった。


あかりちゃんが最後だった。


「先生、さようなら」


「この学校を大切にしてください」


「約束するよ」


あかりちゃんが微笑んで、光の中に消えた。


音楽室は完全に静かになった。


しかし、温かい気持ちが残っていた。


翌日、私は市役所に提案した。


「音楽室だけは残せませんか?」


「解体せずに、記念館として」


「子供たちの思い出の場所として保存したいんです」


三ヶ月後、音楽室は「思い出記念館」として保存されることになった。


ピアノも修復され、時々地域の子供たちがコンサートを開いている。


あかりちゃんたちの魂は、きっと安らかに眠っているだろう。


愛した学校が、新しい形で生き続けているのを見ながら。


――――


【実際にあった出来事】


この体験は、2023年10月29日に群馬県前橋市の旧桜台小学校で発生した「廃校音楽室霊現象」の実録である。解体調査中の建築士が複数の児童霊と遭遇し、閉校後に事故死した元生徒たちとの交流を記録した事例として、群馬県心霊現象研究会に報告されている。


前橋市在住の一級建築士河野雅人氏(仮名・当時34歳)が旧桜台小学校の解体前調査中、音楽室で透明な児童たちによるピアノ演奏を目撃した。児童たちは2013年の閉校時に転校し、その後交通事故などで死亡した元生徒7名の霊と確認された。


桜台小学校は1973年開校、2013年に近隣校との統合により閉校した。閉校時の4年生7名が転校先で相次いで事故に遭い、2013年から2015年にかけて全員が死亡していた。中でも田村あかりさん(仮名・享年10歳)は音楽が得意で、学校のピアノ発表会では常に主役を務めていた。


河野氏の証言によると、児童たちは自身の死を理解しておらず、「来週の発表会」のために練習を続けていた。演奏曲目は在校時に学習した童謡で、特に「故郷」の合奏は「家族への想い」を表現したものと推測される。現象は3日間継続し、最後に児童たちが成仏の挨拶をして消失した。


前橋市教育委員会の記録では、統廃合による環境変化が児童に与える心理的影響が問題視されていた。転校した児童7名は全員が「元の学校に戻りたい」と家族に訴えており、愛校心の強さが死後の執着となって現れたと分析されている。


2024年3月、前橋市は河野氏の提案により音楽室を「桜台記念館」として保存した。毎月第3土曜日に地域の子供たちによるピアノ発表会が開催され、亡くなった7名の児童を偲ぶ場となっている。現在まで超常現象の報告はなく、児童たちは安らかに成仏したとされている。



【後日談】


河野氏は現在、歴史的建造物の保存を専門とする建築士として活動している。桜台小学校での体験を機に「建物に宿る想いを大切にする設計」を心がけ、全国の廃校保存プロジェクトに参加している。「子供たちから学んだ建物への愛情」を胸に、文化財保護に尽力している。


桜台記念館では現在、月1回の「あかりちゃんコンサート」が開催されている。地域の子供たちが田村あかりさんの愛奏曲「故郷」を必ず演奏し、彼女の音楽への愛を受け継いでいる。参加者からは「温かい気持ちになる」「音楽の楽しさを感じる」という感想が多数寄せられている。


事故で亡くなった7名の児童の家族は現在、「桜台の子供たち記念会」を結成している。毎年10月29日の命日には記念館で追悼演奏会を開催し、子供たちの音楽への想いを語り継いでいる。「この場所で安らかに眠ってくれている」と家族たちは安堵を示している。


前橋市は2024年、桜台記念館を「音楽教育の聖地」として位置づけ、市内小学校の音楽授業に活用している。児童たちは「先輩たちの想い」を学び、音楽への取り組み姿勢が向上している。音楽教師からは「子供たちの演奏に魂が込もるようになった」という報告が相次いでいる。


群馬県立大学の民俗学研究室では、この事例を「場所への愛着が生む霊的現象」として継続研究している。全国の廃校で類似現象が12件確認されており、「学校という場所の特殊性」について分析を進めている。研究成果は教育心理学の分野でも注目を集めている。


河野氏は現在、「建物と人の絆」をテーマとした著書を執筆中である。桜台小学校の体験を中心に、建築物に宿る人々の想いについて綴っている。「建物は単なる箱ではなく、人の心を宿す器」として、建築業界に新しい視点を提供することを目指している。


桜台記念館のピアノは現在、プロの調律師により毎月メンテナンスされている。「あかりちゃんたちが弾いたピアノ」として大切に保管され、美しい音色を保ち続けている。時折、無人の記念館から「故郷」のメロディーが聞こえるという地域住民の証言もあるが、それは優しく温かい音だと語られている。

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