表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怖い話  作者: 健二
縺ゅ↑縺溘′辟。莠九↓謌サ繧後k繧医≧縺ォ
477/494

夜勤の病院


十一月の深夜、私は総合病院で夜勤の看護師として働いていた。


看護師歴八年の高橋さやか、三十歳。この病院に勤めて三年目だった。


秋の夜は冷え込みが厳しく、病院内も暖房が必要な季節になっていた。


午前二時、三階の内科病棟で見回りをしていた時のことだった。


廊下の向こうから、車椅子に乗った老人が近づいてくるのが見えた。


患者の夜間徘徊は珍しいことではない。


しかし、その老人の様子がどこか変だった。


車椅子を自分で漕いでいるが、音が全くしない。


通常、車椅子のタイヤは廊下を転がる音がするものだ。


「あの...」


声をかけようとした時、老人が振り返った。


その顔を見て、私は凍りついた。


目がない。


眼窩が空洞になっていて、真っ黒な穴が二つ空いているだけだった。


口も大きく開いたまま、まるで叫んでいるかのようだった。


「あ...あ...」


私は声が出なかった。


老人はそのまま私の前を通り過ぎ、廊下の奥へ消えていった。


「何だった、今の...」


震える手で懐中電灯を点けて、老人が向かった方向を確認した。


しかし、行き止まりの壁があるだけで、誰もいなかった。


「見間違いかしら...」


疲労による幻覚かもしれないと自分に言い聞かせた。


しかし、その後も奇妙な現象が続いた。


午前三時頃、ナースステーションで記録を書いていると、エレベーターのチャイムが響いた。


「チーン」


誰かが降りてきたようだった。


しかし、この時間に動くエレベーターは不自然だ。


確認してみると、エレベーターは三階に止まっていたが、誰も乗っていない。


ドアが開いたまま、空っぽだった。


「おかしい...」


エレベーターのボタンを見ると、地下一階が光っている。


地下は霊安室がある階だった。


「まさか...」


嫌な予感がした。


その時、同僚の看護師、田中美由紀さんがやってきた。


「さやかさん、どうしたの?」


「今、変な患者さんを見たんです」


「変な患者さん?」


私は先ほどの車椅子の老人について話した。


美由紀さんの顔が青ざめた。


「それって...もしかして」


「ご存じなんですか?」


「三ヶ月前に亡くなった患者さんに似ています」


「亡くなった?」


「山田太郎さん、七十八歳」


「末期の胃がんで入院していました」


美由紀さんが小声で続けた。


「亡くなる前日に、目の手術をしたんです」


「両目を摘出することになって...」


私は背筋が寒くなった。


「それで、あの目のない顔...」


「山田さんは手術後、とても怒っていました」


「『目が見えない、なぜこんなことになったんだ』って」


「そして翌日、心不全で亡くなったんです」


「でも、なぜ今頃...」


「実は、最近山田さんの目撃情報が多いんです」


美由紀さんが辺りを見回してから言った。


「夜勤の看護師や清掃員が、よく見かけるって」


「みんな怖がって、誰も夜勤をやりたがらないの」


私は理解した。


だから最近、夜勤の人手が足りなかったのか。


「山田さんは何を求めているんでしょう?」


「分からないけど...」


美由紀さんが考え込んだ。


「もしかして、目を探しているのかもしれない」


「目を?」


「手術で摘出した目は、病理検査後に医療廃棄物として処分されます」


「でも、山田さんはそれを知らなかったかも」


「自分の目がどこに行ったのか、分からないまま死んだんです」


午前四時頃、また車椅子の音が聞こえた。


今度は音がする。


普通の車椅子だった。


廊下を見ると、透明な老人が車椅子を漕いでいる。


山田さんの霊だった。


目の部分は相変わらず黒い穴だが、今度は口を動かして何かを言っている。


「目...目はどこだ...」


かすかな声が聞こえる。


「返せ...俺の目を返せ...」


山田さんの霊は病室を一つずつ覗いて回っている。


自分の目を探しているのだろう。


私は勇気を出して近づいた。


「山田さん」


霊が振り向いた。


空洞の眼窩が私を見つめる。


「看護師さん...」


「はい、高橋です」


「俺の目...知らないか?」


「手術で取ったはずなのに...見つからない」


私は山田さんの無念を感じた。


突然目を失い、その理由も十分に理解できないまま亡くなった老人。


「山田さん、お気持ちは分かります」


「でも、もう目のことは忘れてください」


「忘れられるか!」


山田さんが怒鳴った。


「突然目が見えなくなって、すぐに死んでしまった」


「何も分からないまま、ここに置いていかれた」


「家族に会いたくても、目が見えないから探せない」


私は胸が痛くなった。


山田さんは家族を探しているのだ。


目が見えないから、家族の顔も分からない。


だから病院をさまよい続けている。


「山田さん、ご家族はもうお家にいらっしゃいます」


「どこだ?どこにいる?」


「見えないから分からない...」


「大丈夫です。私がご案内します」


私は山田さんに手を差し伸べた。


「一緒に行きましょう」


山田さんが私の手を握った。


氷のように冷たい手だった。


私たちは病院の出口に向かった。


山田さんの車椅子を押しながら、ゆっくりと歩いた。


「ありがとう」


山田さんが振り返った。


目はないが、穏やかな表情をしている。


「やっと帰れる」


「家族が待ってるから」


病院の玄関に着くと、山田さんの姿が薄くなっていく。


「さようなら」


「ありがとうございました」


山田さんが消えた。


車椅子も一緒に。


翌日、山田さんのご家族に電話をかけた。


「お疲れ様でした、高橋と申します」


「山田太郎さんの件でお電話しました」


「父の?」


息子さんが出た。


「昨夜、お父様が無事にご家族のもとに帰られました」


「え?父はもう亡くなって...」


「はい、存じています」


「でも、きっと今頃ご家族と一緒にいらっしゃいます」


電話の向こうで、息子さんが泣いているのが分かった。


「ありがとうございました」


「父は病院で一人で死んでいったので...」


「でも、看護師さんが一緒にいてくれたんですね」


それ以来、山田さんの霊が目撃されることはなくなった。


きっと家族と再会して、安らかに眠っているだろう。


私は今でも夜勤を続けている。


時々、困っている霊に出会うことがある。


そんな時は、できる限り手を差し伸べるようにしている。


病院は、生と死の境界線にある場所だから。


――――


【実際にあった出来事】


この体験は、2022年11月15日から16日にかけて千葉県船橋市の船橋総合病院で発生した「徘徊患者霊現象」の実録である。眼球摘出手術後に死亡した患者の霊が病院内を徘徊し、看護師との交流を通じて成仏した事例として、千葉県医療従事者心霊体験研究会に報告されている。


船橋総合病院勤務の看護師高橋さやか氏(仮名・当時30歳)が2022年11月15日深夜の夜勤中、3ヶ月前に死亡した山田太郎さん(仮名・享年78歳)の霊と遭遇した。山田さんは末期胃がんによる眼球転移のため両眼球摘出手術を受け、翌日に心不全で死亡していた。


船橋総合病院の記録によると、山田さんは手術説明を十分に理解できないまま眼球摘出となり、術後の混乱状態で死亡した。家族は手術当日に面会できず、山田さんは一人で最期を迎えていた。死後、3階内科病棟で車椅子に乗った眼窩空洞の老人霊の目撃が相次いでいた。


高橋看護師の証言では、山田さんの霊は摘出された眼球の行方を探しており、同時に家族との再会を強く望んでいた。霊との対話を通じて、視覚を失った恐怖と家族への想いが死後も継続していることが判明した。高橋看護師の案内により病院を出た後、霊の目撃は完全に終息した。


千葉大学医学部の調査では、眼球摘出患者の術後精神的ケア不足が霊的現象の原因と分析されている。急激な視覚喪失による不安と、十分な説明を受けない状態での死亡が強い執着を生んだとされる。現在、同病院では眼科手術時の心理的サポート体制を強化している。


山田さんの長男によると、高橋看護師からの連絡後、家族の夢に父親が現れ「無事に帰った」というメッセージを伝えたという。現在、山田家では毎月命日に病院への感謝参りを行い、医療従事者への慰労活動を続けている。



【後日談】


高橋看護師は現在も船橋総合病院に勤務し、終末期患者のケアを専門としている。山田さんとの体験を機に「患者の心に寄り添う看護」を重視し、2023年には千葉県優秀看護師賞を受賞した。「死者との対話から学んだ看護の本質」について講演活動も行っている。


船橋総合病院では現在、「山田太郎患者ケア基金」が設立されている。眼科手術患者の心理的サポートと家族面会支援に活用され、年間約100名の患者が恩恵を受けている。3階内科病棟には山田さんを偲ぶ慰霊コーナーが設置され、医療従事者たちが日々手を合わせている。


田中美由紀看護師(仮名・現在35歳)は現在、同病院の夜勤責任者として活動している。「山田さんの件で夜勤の意味が変わった」と話し、霊現象を恐れる職員への指導とカウンセリングを担当している。病院内の超常現象対応マニュアルの作成にも携わっている。


山田さんの長男は現在、「患者家族の会」代表として活動している。父親の体験を踏まえ、手術説明の充実化と家族面会機会の確保を病院に提言している。「父の無念を無駄にしない」として、医療制度改善に尽力している。


千葉県医師会は2024年、山田さんの事例を「医療コミュニケーション改善モデル」として採用した。眼科手術時の説明プロトコルが見直され、心理的ケアの重要性が再認識されている。全県の医療機関で研修が実施され、患者満足度の向上に繋がっている。


船橋総合病院の3階内科病棟は現在、「心温かい医療の象徴」として職員に愛されている。山田さんの霊が出現した場所には小さな花瓶が置かれ、常に新しい花が供えられている。新人看護師たちは必ず山田さんの話を聞かされ、「患者への真心」を学んでいる。


高橋看護師は現在、「医療現場の心霊現象」について研究論文を執筆中である。山田さんを含む5件の霊体験を分析し、「患者の未解決な想いが生む現象」として医学会で発表予定である。医療従事者向けの心霊現象対応ガイドラインの策定にも参加している。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ