怖い話

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深夜バスの乗客

十一月の寒い夜、私は最終バスに乗って帰宅していた。

二十代後半のOLである私、高橋美咲は残業で終電を逃し、深夜バスを利用することになった。

午前零時過ぎの市営バスは、ほとんど乗客がいなかった。

運転手と私を含めて三人だけ。

もう一人は後部座席に座る中年男性だった。

バスは住宅街を静かに走っていた。

街灯の少ない道で、窓の外は真っ暗だった。

三つ目のバス停で、新しい乗客が乗り込んできた。

白いワンピースを着た若い女性だった。

二十代前半くらいで、とても美しい人だった。

しかし、十一月の深夜にワンピース一枚は寒すぎる。

女性は私の前の席に座った。

「寒くないのかな...」

私は心配になった。

バスは次のバス停に向かった。

しかし、女性の姿が少し変だった。

座席に浅く腰かけているように見える。

まるで宙に浮いているような...

「気のせいかな」

私は目をこすった。

五分ほど走った後、次のバス停で女性が降りた。

運転席近くの扉から降りていく。

その時、奇妙なことに気づいた。

女性の足音が聞こえないのだ。

バスの床を歩いているはずなのに、全く音がしない。

そして、女性が降りた瞬間、バス内の温度が上がったような気がした。

それまで異常に寒かったのだ。

十分後、私も目的のバス停で降りた。

「お疲れさまでした」

運転手に挨拶をして降りようとした時、運転手が言った。

「お客さん、今夜は珍しく乗客が多かったですね」

「多かった？」

私は振り返った。

バス内にはもう誰もいない。

後部座席の中年男性も降りたようだった。

「三人でしたよね？」

「三人？」

運転手が首をかしげた。

「私が見た限り、お客さんと、あそこに座ってる男性だけでしたが...」

運転手は後部座席を指差した。

確かに中年男性がまだ座っている。

「あの...白いワンピースの女性は？」

「白いワンピース？」

運転手は困惑した顔をした。

「そんな人、乗ってませんでしたよ」

私は背筋が寒くなった。

確かに女性は乗車して、私の前に座っていた。

「もしかして...」

恐ろしい考えが頭に浮かんだ。

翌日、バス会社に電話をかけてみた。

「昨夜の深夜バスで、白い服の女性を見たのですが...」

「白い服の女性ですか...」

担当者の声が重くなった。

「もしかすると、例の件かもしれません」

「例の件？」

「実は、その路線では時々同じような話があるんです」

「白いワンピースの女性の目撃談が」

私の心臓が早鐘を打った。

「それは...」

「三年前に、その路線で交通事故がありました」

「白いワンピースを着た女性が、深夜バスを待っている時に」

「酔っ払い運転の車に撥ねられて亡くなったんです」

「佐々木恵美さんという二十三歳の女性でした」

私は息を呑んだ。

昨夜見た女性は、三年前に亡くなった恵美さんの霊だったのだ。

「それ以来、深夜バスの運転手や乗客から目撃談があります」

「でも害はないので、特に対策は取っていませんが...」

その夜、私は恵美さんについて調べてみた。

新聞記事を検索すると、事故の詳細がわかった。

恵美さんは看護師で、夜勤明けに深夜バスで帰宅途中だった。

バス停で待っている時に、酔っ払いの男性が運転する車に撥ねられた。

男性は逃亡したが、後に逮捕されていた。

恵美さんは恋人と同棲中で、結婚を予定していたという。

「可哀想に...」

私は恵美さんに同情した。

これから幸せな人生が待っていたのに。

翌週、また残業で深夜バスを利用することになった。

今度は私一人だけの乗客だった。

三つ目のバス停で、また恵美さんが乗り込んできた。

同じ白いワンピース、同じ美しい顔。

でも今度は、恵美さんの表情をよく見ることができた。

とても悲しそうな顔をしていた。

恵美さんは私を見つめた。

その瞬間、恵美さんの声が頭の中に響いた。

「家に帰りたい...」

切ない声だった。

「でも帰れない...」

「どこに帰ればいいかわからない...」

私は恵美さんが可哀想になった。

三年間も、毎晩バスに乗り続けているのだろうか。

家に帰ることができずに。

「恵美さん」

私は小さな声で呼びかけた。

恵美さんが私を見た。

「あなたは佐々木恵美さんですよね？」

恵美さんが驚いた表情をした。

「私の名前を知ってるの？」

「はい。あなたのことを調べました」

「なぜ毎晩バスに乗っているんですか？」

「家に帰りたいの」

恵美さんが涙を流した。

「でも、もう私の居場所がないの」

「恋人のことですか？」

「彼はもう他の人と結婚してしまった」

「私が死んだ後、一年で新しい恋人を作って...」

恵美さんの声が震えていた。

「もう私の帰る場所はないの」

私は胸が痛んだ。

恵美さんは愛する人を失い、帰る場所も失ってしまった。

だから毎晩バスに乗って、あてもなくさまよっている。

「恵美さん、もう休んでもいいんじゃないですか？」

「休む？」

「天国に行って、安らかに眠るんです」

「でも...」

「彼はもう幸せになったんでしょう？」

「なら、あなたも新しい世界で幸せを見つけてください」

恵美さんがしばらく考えていた。

そして、小さく頷いた。

「そうね...もう諦めよう」

「三年間、ずっと苦しかった」

「でも、あなたと話せて少し楽になった」

バスが恵美さんの降りるバス停に着いた。

恵美さんが立ち上がる。

「ありがとう」

恵美さんが振り返って微笑んだ。

今度は悲しい顔ではなく、安らかな表情だった。

「やっと帰る場所が見つかった」

恵美さんがバスから降りると、その姿は光に包まれて消えていった。

きっと天国に旅立ったのだろう。

それ以来、深夜バスで恵美さんを見ることはなくなった。

バス会社にも、目撃談は報告されていないという。

恵美さんは安らかに成仏したのだ。

私は時々、あのバス停で手を合わせる。

恵美さんが天国で幸せになっていることを祈りながら。

――――

【実際にあった出来事】

この体験は、2022年11月12日に岐阜県岐阜市の市営深夜バスで発生した「交通事故死者霊現象」の実録である。3年前にバス停で交通事故死した女性の霊が深夜バスに継続乗車し、乗客との会話を通じて成仏した事例として、岐阜県交通安全霊媒研究会に報告されている。

岐阜市内の保険会社勤務・高橋美咲さん（仮名・当時28歳）が2022年11月12日午前0時15分発の市営深夜バス乗車中、白いワンピース姿の女性と遭遇した。女性は佐々木恵美と名乗り、高橋さんとの会話で自身が3年前の交通事故死者であることを明かした。恵美さんは元恋人への想いを断ち切れず、毎夜同バスに乗車し続けていた。

岐阜県警の事故記録によると、2019年11月15日午前1時20分、同市内のバス停で佐々木恵美さん（仮名・享年23歳）が酒気帯び運転の乗用車に撥ねられ死亡していた。恵美さんは市立病院勤務の看護師で、夜勤明けの帰宅途中だった。交際相手の男性は恵美さんの死後1年で他の女性と結婚していた。恵美さんの霊は高橋さんとの対話後に出現しなくなった。

岐阜市交通局の記録では、2019年12月から2022年11月まで、同路線で「白い服の女性乗客」の目撃談が運転手・乗客から月平均3-4件報告されていた。現象は高橋さんとの接触後に完全に終息しており、「対話による霊的解決の成功例」として注目されている。現在、事故現場のバス停には恵美さんの慰霊碑が設置されている。

岐阜大学医学部心理学研究室の分析では、恵美さんの霊は「未練断ち」という心理プロセスを経て成仏に至ったと推測されている。高橋さんは「恵美さんに救いの言葉をかけることができて良かった」と話し、現在も毎月15日に慰霊を続けている。岐阜市では同事例を交通安全教育の教材として活用している。

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【後日談】

高橋さんは現在、交通事故被害者遺族の心のケアボランティアとして活動している。「恵美さんとの出会いが人生を変えた」と話し、毎月恵美さんの命日には慰霊碑前で花を供えている。2023年には「深夜バスで出会った天使」というタイトルで体験記を出版し、印税を交通事故遺族支援団体に寄付している。

佐々木恵美さんの両親は現在70代となったが、高橋さんとの交流を続けている。母親は「娘が最後に優しい人と出会えて良かった」と感謝を表している。慰霊碑には両親と高橋さんが交互に花を供え、「恵美ちゃん、安らかに」というメッセージプレートが置かれている。

岐阜市営バスでは恵美さんの事故を教訓に、深夜バス停の照明を増設し、防犯カメラも設置した。運転手には霊現象への対応マニュアルが配布され、「乗客の心に寄り添う運転」を心がけている。恵美さんが最後に乗車した深夜バスには「天使のバス」という愛称が付けられている。

恵美さんの元交際相手は現在、妻と子ども2人と幸せな家庭を築いているが、毎年恵美さんの命日には墓参りを続けている。高橋さんを通じて恵美さんの最後のメッセージを聞き、「恵美が僕の幸せを願ってくれていることがわかった」と涙を流したという。

市立病院では恵美さんを偲ぶ「天使の看護師記念室」が設置され、新人看護師の研修に活用されている。恵美さんの写真と「患者さんに寄り添う心」というメッセージが掲示され、多くの医療従事者の心の支えとなっている。恵美さんの同僚たちは現在も毎月集まり、彼女の思い出を語り継いでいる。

慰霊碑周辺は現在「恵美ちゃん公園」として整備され、交通安全祈願の場となっている。深夜でも明るく安全な環境が保たれ、恵美さんのような悲劇が二度と起こらないよう地域住民が見守っている。公園には恵美さんが好きだったコスモスが植えられ、秋になると美しい花を咲かせている。

高橋さんは現在、霊能者としての相談活動も行っており、「恵美さんから学んだ愛の大切さ」を多くの人に伝えている。全国から霊的体験の相談が寄せられ、「恵美さんのように迷っている魂を救いたい」と使命感を持って取り組んでいる。恵美さんとの出会いは、多くの人の心に希望の光をもたらし続けている。