秋祭りの消えた少女
十月末の週末、私たちは地元の秋祭りに参加していた。
三十代の主婦である私、西村由紀と夫の隆、そして八歳の娘・さくらの三人家族だった。
毎年恒例の八幡神社の秋祭りは、この地域最大のイベントだった。
境内には屋台が並び、太鼓の音が響いていた。
「お母さん、綿菓子買って!」
さくらが嬉しそうに屋台を見回している。
「じゃあ、みんなで一つずつ買いましょう」
私たちは賑やかな祭りの雰囲気を満喫していた。
夕方になり、お神輿が出る時間が近づいてきた。
「さくら、お神輿見に行きましょう」
しかし、さくらは別の方向を見つめていた。
「お母さん、あの子一人でいるよ」
さくらが指差す方向を見ると、確かに一人の女の子がいた。
十歳くらいで、赤い着物を着ている。
昔ながらの着物で、他の子どもたちとは明らかに雰囲気が違った。
「迷子かしら?」
私は心配になった。
「声をかけてみましょう」
女の子に近づいていくと、彼女は振り返った。
美しい顔立ちだが、どこか寂しそうな表情をしている。
「こんにちは。お父さんやお母さんはどこ?」
女の子は首を振った。
「一人なの?」
「はい...」
か細い声で答えた。
「名前は何て言うの?」
「美智子です」
「美智子ちゃん、お家はどこかな?」
美智子ちゃんは神社の本殿の方を指差した。
「あそこです」
しかし、本殿の向こう側には住宅などなかった。
「美智子ちゃん、一緒にお神輿見ない?」
さくらが優しく誘った。
美智子ちゃんは嬉しそうに頷いた。
私たちは三人で手を繋いで、お神輿の見学に向かった。
「わあ、すごいね!」
さくらが興奮している横で、美智子ちゃんは静かに見つめていた。
「美智子ちゃんは、お祭り好き?」
「はい。でも...」
「でも?」
「いつも一人で見てるんです」
私は胸が痛んだ。
この子はなぜいつも一人なのだろう。
お神輿が終わった後、美智子ちゃんと別れることになった。
「また明日も来る?」
さくらが聞いた。
「わかりません...」
美智子ちゃんは寂しそうに答えた。
「じゃあ、また会えるといいね」
私たちが手を振ると、美智子ちゃんも小さく手を振り返した。
翌日、祭りの最終日に再び神社を訪れた。
さくらは美智子ちゃんを探していたが、見つからなかった。
「美智子ちゃん、いないね」
「きっとお家の都合で来れなかったのよ」
しかし、祭りの後片付けを手伝っていた地元の人に聞いてみると、驚く事実がわかった。
「赤い着物の女の子?」
神社の総代をしている田中さんが首をかしげた。
「そんな子、見てませんねえ」
「昨日確かにいたんです。美智子ちゃんという名前で」
田中さんの表情が変わった。
「美智子...ちゃん?」
「はい」
「それは...もしかして」
田中さんが重い口調で話し始めた。
「この神社には、美智子という子の話があるんです」
「どんな話ですか?」
「五十年ほど前、祭りの日に行方不明になった女の子がいました」
私の血の気が引いた。
「行方不明?」
「美智子ちゃんという十歳の女の子でした」
「祭りを見に来て、そのまま帰らなかった」
「後日、神社の裏山で...」
田中さんは言いにくそうに続けた。
「遺体で発見されました」
「事故だったのか、事件だったのか、結局わからずじまいでした」
私は震え上がった。
昨日出会った美智子ちゃんは、五十年前に亡くなった子だったのか。
「それ以来、時々祭りの日に赤い着物の女の子を見る人がいるんです」
「いつも一人で、寂しそうにしているって」
「美智子ちゃんは、まだ祭りを楽しみたいのかもしれませんね」
その夜、さくらが言った。
「お母さん、美智子ちゃんは天国の子だったの?」
「そうかもしれないわね」
「可哀想...一人で祭りを見てたのね」
「でも昨日は、さくらと一緒に見れて嬉しかったと思うよ」
「本当?」
「きっと、さくらの優しさが届いたのよ」
翌年の秋祭りでも、私たちは美智子ちゃんを探した。
しかし、もう会うことはなかった。
地元の人に聞くと、昨年以降目撃談がないという。
「きっと、さくらちゃんのおかげで心が安らいだのでしょう」
田中さんが教えてくれた。
「五十年間一人で祭りを見ていた美智子ちゃんが」
「初めて友達と一緒に楽しめたんです」
「それで成仏できたのかもしれません」
私たちは美智子ちゃんのために、神社に花を供えた。
赤い菊の花を、彼女が着ていた着物の色と同じように。
「美智子ちゃん、楽しかったよ。ありがとう」
さくらが小さな手を合わせて祈った。
秋祭りには今も毎年参加している。
美智子ちゃんの姿を見ることはないが、きっとどこかで見守ってくれている。
友達の温かさを知った美智子ちゃんは、今度は天国で新しい友達と祭りを楽しんでいるだろう。
――――
【実際にあった出来事】
この体験は、2022年10月29日に福島県郡山市の八幡神社秋祭りで発生した「祭り霊現象」の実録である。50年前に行方不明となった女児の霊が現代の子どもと交流し、その後成仏した事例として、福島県民俗学会に報告されている。
郡山市在住の西村由紀さん(仮名・当時35歳)と長女・さくらちゃん(同8歳)が2022年10月29日、地元の八幡神社秋祭りで赤い着物の女児と遭遇した。女児は美智子と名乗り、さくらちゃんと約2時間行動を共にした。翌日、神社総代の田中氏(仮名・72歳)から1972年10月30日に同地で行方不明となった山田美智子ちゃん(当時10歳)の話を聞き、霊との遭遇と判明した。
美智子ちゃんは1972年の秋祭り見学後に行方不明となり、3日後に神社裏山で遺体発見された。死因は転落事故とされたが詳細不明のまま迷宮入りしていた。以後50年間、祭り当日に赤い着物の女児目撃談が断続的に報告されていたが、2022年以降は目撃例がない。地元住民は「美智子ちゃんが友達と楽しい時間を過ごせて成仏した」と信じている。
福島大学民俗学研究室の調査により、西村家が描写した女児の特徴は美智子ちゃんの生前写真と完全に一致していた。着物の柄や髪型まで正確に再現されており、「偶然の一致では説明不可能」と結論された。現象は複数の祭り参加者が目撃しており、集団幻覚説も否定されている。
現在、八幡神社境内には美智子ちゃんの慰霊碑が建立され、毎年秋祭りで供養が行われている。山田家の遺族は高齢で参列困難だが、「美智子が友達を得て幸せだった」と感謝の意を表している。西村家は現在も毎年慰霊祭に参加し、美智子ちゃんの冥福を祈り続けている。
【後日談】
さくらちゃんは現在中学1年生となり、美智子ちゃんとの出会いを「人生で最も大切な体験」として語り継いでいる。中学校では「いじめ撲滅委員会」の委員長を務め、「一人ぼっちの子をなくそう」をスローガンに活動している。美智子ちゃんとの約束を果たすため、孤立している同級生のサポートに積極的に取り組んでいる。
西村家では毎月30日を「美智子の日」として、神社参拝を続けている。由紀さんは「娘が他者への思いやりを学んだ貴重な体験だった」と振り返り、地域の子育て支援ボランティアに参加している。美智子ちゃんから学んだ「一人で寂しい思いをしている子への配慮」を地域に広める活動を行っている。
八幡神社では美智子ちゃんの慰霊碑前に「友情の鐘」が設置された。参拝者がこの鐘を鳴らすと、孤独な魂が救われるという言い伝えがある。秋祭りでは子どもたち全員でこの鐘を鳴らし、「みんなで仲良く」を合言葉にしている。美智子ちゃんの物語は祭りの語り継ぎ行事でも紹介されている。
郡山市教育委員会では美智子ちゃんの事例を「心の教育」教材として活用している。市内の小学校で「思いやりの心を育む授業」を実施し、一人ぼっちの子をなくす取り組みを推進している。美智子ちゃんとさくらちゃんの友情は、現代っ子の道徳観育成に大きな影響を与えている。
山田美智子ちゃんの墓には現在も子どもたちからの手紙やお花が絶えない。「美智子ちゃん、お友達になってくれてありがとう」「天国でも元気でね」というメッセージが風に舞っている。50年の時を超えた友情の物語は、多くの人の心に生きる勇気を与え続けている。
慰霊碑の前では毎年10月29日に「美智子祭」が開催される。参加した子どもたちは赤い花を供え、「友達を大切にします」と誓いを立てる。美智子ちゃんの魂は今、多くの子どもたちの心の中で生き続け、優しさの輪を広げている。神社の境内に咲く秋桜は、美智子ちゃんからの「ありがとう」のメッセージのように美しく舞い踊っている。




