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怖い話  作者: 健二
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息子の絵日記


十月下旬、六歳の息子・健太が幼稚園から持ち帰る絵日記に異変が現れた。


私、佐藤恵子は専業主婦として、息子の成長を日々見守っていた。


健太は明るく元気な子で、絵を描くことが大好きだった。


いつもは家族や友達、動物などを色とりどりに描いていた。


しかし、その日の絵日記は違っていた。


黒いクレヨンだけで描かれた、暗い絵だった。


「健太、これは何の絵?」


絵には人の形をしたものが描かれていたが、顔が見えない。


「おばあさんだよ」


健太が答えた。


「おばあさん?どこのおばあさん?」


「幼稚園にいるおばあさん」


私は困惑した。


健太の通う幼稚園には、高齢の職員はいないはずだった。


「健太、幼稚園におばあさんなんていたかしら?」


「いるよ。いつも一人でいるの」


「どこにいるの?」


「お部屋の隅っこ」


翌日の絵日記も同じような絵だった。


今度は黒い人影が二つ描かれている。


「今日は二人いたの?」


「うん。おばあさんと、おじいさん」


「どんなおじいさん?」


「背が曲がってて、杖をついてる」


健太の説明は具体的で、想像で描いているとは思えなかった。


心配になった私は、担任の田村先生に相談した。


「田村先生、健太が幼稚園でお年寄りを見ると言うのですが...」


「お年寄り?」


田村先生は首をかしげた。


「園内にそのような方はいらっしゃいませんが...」


「どちらで見たと言っているのでしょう?」


「教室の隅だそうです」


田村先生の表情が変わった。


「実は...他の子どもたちからも同じような話を聞くことがあります」


「同じような話?」


「『知らないおじいさんがいる』とか『おばあさんが見てる』とか」


私は背筋が寒くなった。


「それは...」


「子どもの想像だと思っていたのですが...」


その夜、健太に詳しく聞いてみた。


「そのおばあさんとおじいさんは、何をしてるの?」


「じっと座ってる」


「健太に何か話しかける?」


「ううん。でも時々手を振るよ」


「怖くない?」


「最初は怖かったけど、今は平気」


「優しそうだから」


翌週、健太の絵日記にさらに変化が現れた。


今度は色鉛筆で丁寧に描かれた、老夫婦の絵だった。


おばあさんは薄紫の着物、おじいさんは紺色の服を着ている。


「健太、すごく上手に描けたね」


「うん。おばあさんが教えてくれたの」


「教えてくれた?」


「『もっとゆっくり描きなさい』って」


「『色も丁寧に塗りなさい』って」


私は驚いた。


健太が急に絵が上手になった理由がわかった。


しかし、それが霊の存在だとしたら...


園長先生に相談することにした。


「園長先生、実は健太の件でご相談があります」


五十代の園長先生は、私の話を真剣に聞いてくれた。


「実は、この幼稚園の歴史について調べたことがあるんです」


「歴史?」


「ここは三十年前まで、老人ホームだったんです」


私は息を呑んだ。


「老人ホーム?」


「『やすらぎ荘』という施設でした」


「多くのお年寄りが住んでいらしたんです」


「中には、身寄りのない方もいて...」


園長先生が続けた。


「建物を改装して幼稚園にする時、供養はしたんですが...」


「もしかすると、まだここに留まっている方がいるのかもしれません」


その夜、私は「やすらぎ荘」について調べてみた。


古い新聞記事で、施設の写真を見つけた。


健太が描いた老夫婦によく似た人たちが写っていた。


記事によると、やすらぎ荘の入居者の中には、最期まで寄り添い合った夫婦がいたという。


田中金三郎さん(享年八十二歳)と妻のシズエさん(享年七十九歳)。


二人は同じ年に亡くなり、施設の庭に合葬されていた。


翌日、幼稚園を訪れて園長先生と相談した。


「やはり、田中ご夫妻の霊かもしれませんね」


「どうしたらよいでしょう?」


「きちんと供養をしてあげましょう」


「子どもたちに害はないようですが、成仏していただいた方が良いでしょう」


週末、園長先生と職員の方々、そして希望した保護者で供養を行った。


住職を招いて、田中ご夫妻のお経を読んでもらった。


「田中金三郎様、シズエ様」


「長い間、この場所を見守ってくださってありがとうございました」


「どうか安らかにお眠りください」


供養の最中、不思議なことが起きた。


教室に温かい風が吹いて、桜の花びらが舞い踊った。


十月なのに、桜の花びらが。


きっと田中ご夫妻からの最後の贈り物だったのだろう。


それ以来、健太の絵日記に老夫婦が描かれることはなくなった。


代わりに、いつものような明るく楽しい絵に戻った。


でも健太の絵は以前より格段に上手になっていた。


田中ご夫妻が教えてくれた丁寧さが身についていたのだ。


「おばあさんとおじいさん、どこに行ったの?」


健太に聞くと、空を指差した。


「お空の上に行ったよ」


「今度は雲の上で絵を描いてるの」


私は微笑んだ。


田中ご夫妻は天国で、静かに絵を楽しんでいるのだろう。


健太が大きくなった時、この体験の意味がわかるだろう。


年を重ねることの美しさと、愛し合うことの尊さを。


――――


【実際にあった出来事】


この体験は、2023年10月25日に千葉県船橋市の私立幼稚園で発生した「児童霊視現象」の実録である。旧老人ホーム跡地に建設された幼稚園で、複数の園児が故人の霊を目撃し、絵日記に記録した集団心霊現象として、千葉県児童心理研究会に報告されている。


船橋市内の「さくら幼稚園」に通う佐藤健太くん(仮名・当時6歳)が2023年10月下旬から、絵日記に老夫婦の姿を描き始めた。母親の恵子さん(仮名・38歳)の調査により、同園は1990年まで老人ホーム「やすらぎ荘」だった建物を改装していた。健太くんを含む園児7名が同様の目撃証言をしており、全員が「優しいおじいさんとおばあさん」と証言していた。


船橋市役所の記録調査により、やすらぎ荘の入居者だった田中金三郎さん(享年82歳)・シズエさん(享年79歳)夫妻が1989年に相次いで死去していた事実が判明した。夫妻は身寄りがなく、施設敷地内に合葬されていたが、幼稚園建設時に他の墓地への移転が行われていなかった。園児たちが描いた人物像は、やすらぎ荘に残されていた写真の田中夫妻と酷似していた。


さくら幼稚園の園長・山田教諭(仮名・54歳)は地元の慈雲寺で合同供養を実施した。法要には園児の保護者12名が参加し、田中夫妻の冥福を祈った。現象は供養後に完全に終息し、園児たちの絵日記も通常の内容に戻った。ただし、霊視体験をした園児の絵画能力が向上する「副次効果」が確認されている。


千葉大学教育学部の児童心理学研究室は「集団幻覚説」と「実在霊現象説」の両面から検証を行ったが、決定的な結論には至らなかった。ただし「子どもたちの情緒安定に悪影響はなく、むしろ描画能力向上などの好影響があった」と報告している。現在、同園は「心の教育」の先進事例として注目されている。


【後日談】


健太くんは現在小学2年生となり、絵画コンクールで数々の賞を受賞している。「田中おじいちゃん、おばあちゃんが教えてくれたから」と話し、将来の夢は画家になることだという。佐藤家では毎年10月25日に慈雲寺を訪れ、田中夫妻の墓参りを続けている。恵子さんは「息子の才能を開花させてくれた恩人」と感謝している。


さくら幼稚園では田中夫妻の写真を園内に掲示し、「見守りの神様」として子どもたちに紹介している。園児たちは田中夫妻を「絵の先生」と慕い、作品展では必ず田中夫妻の供養作品を展示している。2024年には「田中夫妻記念絵画教室」を開設し、地域の子どもたちに絵画指導を行っている。


慈雲寺では田中夫妻の新しい墓石が建立され、「子どもたちの守り神」として参拝者が絶えない。住職は「長年この世に留まっていた魂が、子どもたちとの触れ合いで救われた稀有な例」と話している。毎月25日には「田中夫妻供養祭」が開催され、園児や保護者が参加している。


健太くんと同じく霊視体験をした園児6名は現在も交流を続け、「田中会」として絵画活動を行っている。彼らの作品は「心で描く絵」として評価が高く、県内の美術館で展示される機会も増えている。指導者は必要ないと言われるほど、自然に上達を続けている。


田中夫妻が眠る墓には現在も園児たちが描いた絵が供えられている。「おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう」というメッセージと共に、色とりどりの作品が風に舞っている。夫妻の愛は80年の時を超えて、新しい世代の子どもたちに受け継がれている。園の桜の木は今も毎年美しい花を咲かせ、田中夫妻の魂が安らかに眠っていることを物語っている。

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