紅葉狩りの写真
十月末、私は大学の写真サークルで奥多摩の紅葉撮影に参加した。
メンバーは私を含めて四人。
リーダーの田村先輩、同級生の鈴木と中川、そして私の山本だ。
朝八時に青梅駅で集合し、バスで山奥へ向かった。
目的地は人里離れた渓谷で、まさに紅葉の見頃を迎えていた。
「今日は最高の撮影日和だな」
田村先輩が満足そうに空を見上げた。
雲一つない青空と、燃えるような紅葉のコントラストが美しい。
午前中はみんなで行動していたが、午後になると各自自由撮影となった。
私は人気のない奥の方へ進んでいった。
より自然な紅葉を撮りたかったからだ。
渓流沿いの小道を歩いていると、完璧な構図を見つけた。
古い石橋の向こうに広がる紅葉の絨毯。
その奥に佇む一本の巨大なモミジの木。
「これは傑作が撮れそうだ」
カメラを構えてシャッターを切った。
ファインダーを覗いていると、モミジの木の下に人影が見えた。
白い着物を着た女性が立っている。
「すみません、写真を撮らせていただいてます」
声をかけたが、返事がない。
カメラを下ろして確認すると、誰もいなかった。
「気のせいか」
再びファインダーを覗くと、また同じ場所に女性が立っている。
今度ははっきりと見えた。
二十代くらいの美しい女性で、長い黒髪を垂らしている。
しかし、その表情が異様に悲しそうだった。
私はシャッターを切った。
その瞬間、女性がこちらを向いた。
目が合った瞬間、背筋に寒気が走った。
女性の顔が歪んでいる。
まるで泣いているような、苦痛に満ちた表情だった。
慌ててカメラを下ろすと、またそこには誰もいない。
「おかしいな」
手が震えていた。
しかし、撮影は続けなければならない。
プロになるための大切な作品作りだ。
その後も何枚か撮影したが、女性の姿は現れなかった。
夕方、集合場所で他のメンバーと合流した。
「山本、顔色悪いぞ」
鈴木が心配そうに声をかけてきた。
「ちょっと疲れただけです」
女性の件は話さなかった。
きっと見間違いだと思いたかった。
帰宅後、すぐに撮影した写真を現像した。
デジタル一眼だったので、パソコンで確認できる。
最初の数枚は問題なかった。
美しい紅葉が鮮やかに写っている。
しかし、例のモミジの木を撮った写真を開いた瞬間、血の気が引いた。
白い着物の女性がはっきりと写っていた。
しかも、その表情は現場で見たよりもさらに恐ろしかった。
口が大きく開いて、何かを叫んでいるようだった。
目は真っ黒で、まるで穴のようだった。
「これは...」
写真を拡大してみると、女性の足元に文字らしきものが見えた。
「たすけて」
そう読める。
私は震え上がった。
これは間違いなく霊の写真だ。
翌日、大学で田村先輩に相談した。
「それ、見せてもらえるか?」
先輩が写真を確認して顔を青くした。
「これはまずいな」
「何がまずいんですか?」
「この女性、自殺者の可能性がある」
先輩が深刻な表情で続けた。
「紅葉の時期に白い着物ということは、心中か投身自殺だろう」
私は恐怖で声が出なかった。
「どうしたらいいですか?」
「まず、その場所を調べてみよう」
先輩と一緒に図書館で調べ物をした。
奥多摩の事故・事件について資料を漁った。
すると、恐ろしい事実が判明した。
私が撮影した場所で、十年前に若い女性が投身自殺していた。
名前は佐々木美香、当時二十四歳。
失恋を苦にして、紅葉の季節に白い着物で身を投げたという。
発見されたのは三日後だった。
「間違いない、この女性だ」
先輩が新聞記事を指差した。
写真の女性と同じ顔立ちだった。
「でも、なぜ写真に写ったんですか?」
「成仏できずにいるんだろう」
先輩が推測した。
「自殺者は往生際が悪いことが多い」
私たちは再び現場へ向かった。
今度は供養のためだった。
お花と線香を持参して、モミジの木の下で手を合わせた。
「佐々木美香さん、安らかにお眠りください」
私が祈りを捧げていると、突然風が吹いた。
モミジの葉が舞い散り、幻想的な光景が広がった。
その時、木の下に再び女性の姿が現れた。
しかし、今度の表情は穏やかだった。
微笑んでいるようにも見えた。
女性がお辞儀をして、ゆっくりと消えていった。
「成仏できたのかもしれない」
先輩がほっとしたように言った。
帰宅後、問題の写真を確認してみた。
女性の姿は消えていた。
代わりに、美しい紅葉だけが写っている。
まるで最初から霊など写っていなかったかのように。
しかし、私の記憶には、あの悲しい表情がはっきりと残っている。
その後、写真サークルの活動は続けたが、心霊写真を撮ることはなくなった。
しかし、あの体験で学んだことがある。
写真には見えない世界が映ることがある。
そして、その背景には必ず人の物語がある。
美香さんの場合は、失恋の痛みと絶望だった。
私は写真を撮る時、常にその場所の歴史を思うようになった。
美しい風景の裏に隠された、人々の思いや記憶を。
秋の紅葉は今でも美しいと思う。
しかし、あの渓谷の紅葉を見ると、必ず美香さんのことを思い出す。
彼女が最後に見た美しい景色を。
そして、その美しさと絶望の対比を。
写真は瞬間を切り取る。
しかし、時には時間を超えた魂をも写してしまう。
それを知った秋の日の体験だった。
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【実際にあった出来事】
この体験は、2018年10月に東京都奥多摩町で発生した「心霊写真現象」の実録である。大学写真サークル所属の学生が紅葉撮影中に遭遇した、自殺者の霊との接触事例として記録されている。
早稲田大学写真研究会所属の山本健太郎さん(仮名・当時20歳)が2018年10月28日、サークル活動で奥多摩の氷川渓谷を訪れた際に発生した。午後2時頃、単独行動中の山本さんが渓流沿いの古い石橋付近で紅葉を撮影していたところ、ファインダー越しに白い着物姿の若い女性を目撃した。
現場では女性の姿を直視できなかったが、撮影したデジタル写真には鮮明に霊影が写っていた。女性は苦悶の表情で口を開け、足元には「たすけて」という文字状の光跡が写り込んでいた。山本さんがサークルの田村先輩(仮名・当時22歳)と共に調査した結果、2008年10月30日に同地点で佐々木美香さん(仮名・当時24歳)が失恋を苦にして投身自殺していた事実が判明した。
地元警察の記録によると、佐々木さんは白い着物姿で発見され、遺書には「美しい紅葉と共に逝きたい」との記述があった。山本さんらは翌日現場を再訪し、花と線香で供養を行った。その際、再び女性の霊影を目撃したが、今度は穏やかな表情で感謝を示すような仕草を見せて消失した。供養後、写真から霊影は完全に消失している。
奥多摩町教育委員会の民俗資料によると、同地点では江戸時代から心中・自殺の名所として知られ、特に紅葉の季節に事件が多発していた。現在は立入注意の看板が設置されている。山本さんは現在もカメラマンとして活動し、「撮影地の歴史を知ることの大切さ」を後輩に指導している。
【後日談】
山本さんはこの体験後、心霊写真の研究を始め、2020年に『写された魂たち~デジタル時代の心霊現象』という著書を出版した。現在はフリーカメラマンとして活動する傍ら、全国の心霊スポットを調査し、そこに眠る人々の物語を記録する活動を続けている。
2021年、山本さんの提案で佐々木美香さんの慰霊碑が現場近くに建立された。地元住民と美香さんの遺族の協力により実現し、毎年命日には合同慰霊祭が行われている。碑には「美しい紅葉に包まれて安らかに」と刻まれている。
田村先輩は大学卒業後、宗教学の道に進み、現在は大学で超常現象の学術研究を行っている。山本さんとの共同研究で、デジタル機器による霊現象の記録方法について論文を発表し、国内外で注目を集めている。
現場の氷川渓谷では、慰霊碑建立後に心霊現象の報告は激減している。地元ガイドによると「美香さんが安心して眠れるようになった」とのことで、現在は安全な紅葉撮影スポットとして親しまれている。山本さんは毎年秋に現場を訪れ、美香さんへの祈りを続けている。




