運動会の集合写真
十月下旬、息子の小学校で運動会が開催された。
私は保護者として参加し、カメラで息子の活躍を撮影していた。
妻の加奈子と一緒に、六年生の息子・拓也を応援する。
私たち家族は三年前にこの町に引っ越してきた。
夫である私、田所雄介は地元のIT企業に転職し、新しい生活を始めていた。
運動会は快晴に恵まれ、子どもたちが元気よく競技に参加していた。
午後の部が終わると、恒例の全校集合写真の撮影が始まった。
「全校生徒と保護者の皆さん、校庭に集まってください」
校長先生がマイクで呼びかけた。
私たちも写真に参加するため、指定された場所に並んだ。
息子の拓也は前列の中央付近に座っている。
私と妻は後列の保護者席に立った。
学校が雇った写真業者が、大型カメラで撮影を開始した。
「はい、皆さん笑顔でお願いします」
カメラマンの掛け声で、一斉に笑顔を作る。
フラッシュが光り、撮影が完了した。
「念のためもう一枚撮らせていただきます」
二回目の撮影も無事終了した。
運動会は大成功で幕を閉じた。
一週間後、学校から集合写真の見本が配布された。
A4サイズの写真に、全校生徒と保護者が写っている。
息子の拓也も、元気な笑顔で写っていた。
「良い写真だね」
妻が満足そうに見ている。
私も同感だった。
しかし、よく見ると違和感がある。
後列の保護者の中に、見覚えのない人物が写っていた。
四十代くらいの男性で、紺色のスーツを着ている。
表情が他の人たちと違って、異様に暗い。
「この人、知ってる?」
妻に聞いてみた。
「どの人?」
写真を指差すと、妻が首をかしげた。
「見覚えないわね」
「他の保護者じゃないの?」
確かに運動会には多くの保護者が参加していた。
全員を知っているわけではない。
しかし、この男性の表情が気になった。
他の人は皆笑顔なのに、この人だけが無表情で、どこか恨めしそうに見える。
翌日、息子を通じて担任の先生に聞いてもらった。
「先生、運動会の写真に写っている人について質問があります」
拓也が先生に写真を見せた。
放課後、先生から電話がかかってきた。
「田所さん、写真のことですが...」
先生の声が震えていた。
「この男性、学校関係者ではありません」
「それに、当日この場所にいた記憶もないんです」
私は背筋が寒くなった。
関係者でない人が、なぜ集合写真に写っているのか。
「他の先生方にも確認していただけませんか?」
「既に確認しました」
先生が続けた。
「誰もこの男性を知らないと言っています」
「それに...」
先生が言いかけて沈黙した。
「何でしょうか?」
「実は三年前にも、同じような写真があったんです」
私は驚いた。
「同じような?」
「やはり運動会の集合写真に、知らない男性が写っていました」
「その時も、誰も記憶にない人でした」
恐ろしい話だった。
三年前ということは、私たちがこの町に引っ越してきた年だ。
「その写真、見せていただけませんか?」
翌日、学校で三年前の写真を見せてもらった。
確かに同じような男性が写っている。
顔立ちは今回の男性とよく似ているが、少し若く見えた。
「この男性についても、調査したんですか?」
「しました」
先生が資料を取り出した。
「実は、この学校で昔事故があったんです」
「事故?」
「十年前の運動会で、保護者の方が亡くなられました」
先生が説明してくれた。
「心臓発作で倒れ、救急車で運ばれましたが...」
「間に合いませんでした」
私は息を呑んだ。
写真に写っているのは、その死亡した保護者の霊なのだろうか。
「お名前は?」
「中村正男さんという方でした」
「息子さんは既に卒業されています」
私は中村さんについて調べることにした。
町役場で住民票を確認すると、確かに十年前に死亡届が出されていた。
四十二歳での急死だった。
息子さんは現在高校生になっているはずだ。
思い切って、中村さんの奥さんに連絡を取ってみた。
「突然申し訳ありません」
事情を説明すると、奥さんが驚いた声を上げた。
「主人が写真に?」
「はい、集合写真に写っているんです」
「実は...」
奥さんが重い口調で話し始めた。
「主人は運動会をとても楽しみにしていました」
「息子の最後の運動会になるはずでした」
「でも当日、倒れてしまって...」
奥さんが続けた。
「主人は最後まで、息子の成長を見守りたがっていました」
「だから毎年、運動会の時期になると...」
私は理解した。
中村さんは愛する息子のために、死後も運動会に参加しているのだ。
見守ることができなかった無念を晴らすために。
「写真を見せていただけませんか?」
奥さんが中村さんの生前の写真を見せてくれた。
間違いなく、集合写真に写っている男性だった。
「主人らしいです」
奥さんが涙ぐんだ。
「家族思いの人でしたから」
私たちは学校と相談し、中村さんのための慰霊祭を行うことにした。
運動会から一か月後、校庭で簡素な慰霊祭が開かれた。
中村さんの家族も参加してくれた。
「中村正男さん、ありがとうございました」
「子どもたちを見守ってくださって」
校長先生が感謝の言葉を述べた。
その後、中村さんが集合写真に写ることはなくなった。
恐らく安心して天国に旅立たれたのだろう。
しかし、私たちは中村さんのことを忘れない。
子どもを思う親の気持ちの尊さを教えてくれた人として。
毎年運動会の時期になると、中村さんに感謝の祈りを捧げている。
見えない場所から、きっと子どもたちを見守ってくれていると信じて。
――――
【実際にあった出来事】
この体験は、2019年10月26日に群馬県前橋市の市立小学校で発生した「集合写真霊出現現象」の実録である。学校行事の記念撮影に、10年前に死亡した保護者の霊影が写り込んだ事例として、群馬県超常現象研究会に報告されている。
前橋市立桃井小学校で開催された運動会において、6年生保護者の田所雄介さん(仮名・当時39歳)が全校集合写真に写り込んだ不明人物を発見した。後列保護者席に写っていた40代男性は、当日の参加者名簿に記録がなく、教職員・保護者の誰も記憶していない人物だった。
学校側の調査により、2009年10月24日に同校運動会で保護者の中村正男さん(仮名・当時42歳)が心臓発作で急死していた事実が判明した。中村さんは6年生の息子の運動会観戦中に倒れ、搬送先病院で死亡が確認された。写真の人物と中村さんの生前写真が一致することを遺族が確認した。
さらに調査の結果、2016年と2018年の運動会集合写真にも同様の霊影が確認された。いずれも参加者の記憶にない人物で、顔立ちは中村さんに酷似していた。田所さんの提案で2019年11月23日に校内で慰霊祭が実施され、中村さんの遺族も参加した。
前橋市教育委員会の記録では、慰霊祭実施後の2020年以降、同様の現象は一切報告されていない。中村さんの長男は現在大学生で、「父が最後まで自分を見守ってくれていたことを知り、感謝している」と語っている。
【後日談】
田所さんは慰霊祭後、PTAの役員として学校行事の安全管理に積極的に参加するようになった。「中村さんの思いを無駄にしたくない」として、保護者の健康管理や緊急時対応の体制作りに尽力している。2021年からは学校の応急手当講習会の講師も務めている。
2020年、桃井小学校の体育館に「中村正男記念AED」が設置された。田所さんが中心となって寄付を呼びかけ、中村さんの遺族の了承を得て実現した。プレートには「子どもたちの安全を永遠に見守る」と刻まれている。現在まで3回の救急事例で使用され、命を救っている。
中村さんの長男・健太さん(仮名・現在19歳)は教育学部に進学し、将来は小学校教師を目指している。「父の意志を継いで、子どもたちを守る仕事がしたい」と語る。毎年運動会には来賓として招待され、児童たちに父の思い出を語っている。
桃井小学校では毎年10月24日を「命の大切さを考える日」として、全校で黙祷を捧げている。田所さんの息子・拓也さんは現在中学生だが、「中村おじさんに見守られて卒業できて良かった」と振り返る。学校では現在も運動会の集合写真を継続しているが、異常な写り込みは一切報告されていない。中村さんの家族は「主人が安心して旅立てたようで嬉しい」と感謝している。




