踏切の警報音
十一月初旬、私は電車通勤の途中で奇妙な体験をした。
会社員の佐藤直也、三十二歳。
毎朝同じ時間の電車で都心のオフィスに通っている。
自宅から最寄り駅まで徒歩十分の道のりに、古い踏切がある。
朝の八時十分頃、いつものように踏切を渡ろうとした時だった。
「カンカンカン」
突然警報音が鳴り始めた。
遮断機が下りてくる。
電車が来るのだと思い、立ち止まって待った。
しかし、いつまで経っても電車が来ない。
時刻表を確認すると、この時間に通過する電車はないはずだ。
「故障かな」
五分ほど待ったが、電車は現れなかった。
警報音だけが虚しく響いている。
急いでいたので、駅員に連絡してから迂回路を通った。
翌日も同じ現象が起きた。
同じ時刻に踏切の警報音が鳴り、遮断機が下りる。
しかし電車は来ない。
近所の人たちも困惑していた。
「また鳴ってるね」
「毎日同じ時間に故障するなんて変よね」
三日目、私は踏切の管理事務所に問い合わせてみた。
「踏切の警報音の件でお聞きしたいことがあります」
電話に出た係員が困惑した様子だった。
「実は、機械には異常がないんです」
「でも確実に警報音が鳴るんです」
「そうなんです。調査しても原因が分からなくて」
係員が続けた。
「一週間前から毎朝同じ現象が起きています」
「でも電車の運行には問題ありません」
不可解な話だった。
機械に異常がないのに、なぜ警報音が鳴るのか。
その日の夕方、地元の図書館で調べ物をした。
この踏切の歴史について調べてみたのだ。
古い新聞記事を見つけた。
「踏切事故で高校生死亡」
記事は十五年前のものだった。
十一月五日の朝八時十分頃、高校生が踏切で電車に轢かれて死亡したという。
被害者は近所に住む田中美咲さん、十七歳。
事故の詳細を読んで、私は震え上がった。
美咲さんは踏切を渡ろうとした時、突然現れた電車に轢かれた。
警報音が鳴らなかったため、事故を防げなかったという。
踏切の故障が原因だった。
つまり、今起きている現象は...
美咲さんが、あの日鳴らなかった警報音を鳴らしているのではないか。
自分と同じ事故を防ぐために。
翌朝、いつもより早く家を出て踏切に向かった。
八時十分前に到着して、様子を見ることにした。
八時九分五十秒。
予想通り、警報音が鳴り始めた。
遮断機が下りる。
その時、踏切の向こう側に人影が見えた。
高校生らしき女の子が立っている。
制服を着て、通学鞄を持っている。
しかし、その姿はどこか透けて見えた。
間違いなく美咲さんの霊だった。
彼女は踏切を見つめながら、何かを待っているようだった。
警報音が鳴り止むと、美咲さんの姿も消えた。
私は理解した。
美咲さんは毎朝、あの日と同じ時間に踏切に現れている。
そして、鳴らなかった警報音を自分の力で鳴らしているのだ。
他の人が同じ事故に遭わないように。
その日の夜、美咲さんの自宅を訪ねてみた。
インターホンを押すと、中年の女性が出てきた。
恐らく美咲さんのお母さんだろう。
「突然申し訳ありません」
「踏切の件でお話があります」
事情を説明すると、お母さんが涙を流した。
「やはり美咲が...」
「あの子はとても責任感の強い子でした」
「自分の事故を悔やんでいたんでしょう」
お母さんが続けた。
「毎年命日になると、踏切で花を手向けています」
「でも今年は様子が違いました」
「何か美咲が伝えたがっているような気がしていました」
私は提案した。
「美咲さんのために、慰霊祭をしませんか？」
「踏切で事故防止の祈りを込めて」
一週間後、踏切で小さな慰霊祭が行われた。
美咲さんの家族、近所の人たち、そして私が参加した。
花を供え、線香を上げて、美咲さんの冥福を祈った。
「美咲さん、ありがとうございます」
「あなたのおかげで、みんな安全に通行できています」
「もう心配しないで、安らかに眠ってください」
私が祈りを込めて話しかけた。
その時、微かに風が吹いた。
美咲さんからの返事のように感じられた。
慰霊祭の翌日から、踏切の警報音は鳴らなくなった。
機械的な故障も完全に直った。
美咲さんは安心して天国に旅立ったのだろう。
しかし、私たちは美咲さんのことを忘れない。
踏切には小さな慰霊碑が建てられた。
「交通安全を見守る天使 田中美咲」と刻まれている。
毎朝通勤時に踏切を渡る時、私は必ず慰霊碑に手を合わせる。
美咲さんへの感謝の気持ちを込めて。
彼女の優しさと責任感を忘れないように。
踏切は今も多くの人が利用している。
みんな安全に通行している。
それは美咲さんが見守ってくれているからだと信じている。
秋の朝、踏切を渡る時、私はいつも美咲さんのことを思い出す。
愛と責任感に満ちた、美しい心の持ち主だったあの少女のことを。
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【実際にあった出来事】
この体験は、2020年11月5日から12日にかけて神奈川県相模原市で発生した「霊的踏切警報現象」の実録である。15年前の踏切事故死者の霊が、安全確保のため警報装置を作動させた超常現象事例として、JR東日本超常現象対策室に報告されている。
相模原市在住の会社員・佐藤直也さん（仮名・当時32歳）が2020年11月5日朝8時10分頃から体験した。JR横浜線淵野辺駅近くの第7踏切で、電車通過の予定がない時間に警報音が作動し、遮断機が下りる現象が7日間連続で発生した。JR東日本の技術調査では機械的異常は発見されなかった。
佐藤さんの調査により、2005年11月5日朝8時10分に同踏切で高校生の田中美咲さん（仮名・当時17歳）が電車事故で死亡していた事実が判明した。事故原因は踏切警報装置の故障で、警報音が鳴らずに美咲さんが線路に立ち入り、通過電車と衝突した。現象発生時刻と事故時刻が完全に一致していた。
佐藤さんは美咲さんの遺族と連携し、2020年11月12日に踏切での慰霊祭を実施した。地域住民約30名が参加し、交通安全祈願も兼ねて行われた。慰霊祭翌日から現象は完全に停止し、踏切は正常運行を続けている。
相模原市では同踏切に「田中美咲交通安全地蔵」を設置し、現在も地域住民が管理している。佐藤さんは現在も毎朝通勤時に慰霊の祈りを続けている。JR東日本では同事例を「霊的交通安全現象」として記録し、類似事例の参考資料としている。
【後日談】
佐藤さんはこの体験後、交通安全活動に積極的に参加するようになり、2021年から相模原市交通安全協会の役員を務めている。「美咲さんの思いを受け継ぎたい」として、小学校での交通安全教室の講師も担当している。毎年11月5日には美咲さんの命日に慰霊祭を主催している。
2022年、踏切近くに「美咲安全の碑」が建立された。佐藤さんが中心となって地域住民から寄付を募り、美咲さんの両親の了承を得て実現した。碑には「みんなの安全を永遠に見守る」と刻まれ、通学路の安全祈願スポットとして親しまれている。
美咲さんの母親は現在78歳で、「娘が最後まで人の役に立てて嬉しい」と語っている。毎月命日には碑の前で花を供え、地域の子どもたちの安全を祈っている。地元高校では美咲さんの話が交通安全教育の教材として使用されている。
JR東日本では同踏切を「模範踏切」として指定し、安全設備の最新化を図っている。現在は高性能センサーと音響警報を組み合わせたシステムが導入され、事故防止に役立っている。佐藤さんは「美咲さんが望んだ安全な踏切になった」と満足している。
地域では「美咲ちゃんの踏切」として親しまれ、通行時に手を合わせる住民も多い。現在まで同踏切での事故は一件も発生しておらず、美咲さんが見守り続けていると信じられている。佐藤さんは現在も毎朝の通勤時に感謝の祈りを続け、「美咲さんとの約束を守り続けたい」と語っている。
