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怖い話  作者: 健二
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配食サービスの最後の客


十一月中旬、私は高齢者向けの配食サービスで働いていた。


介護福祉士の資格を持つ私、木村美奈子は、一人暮らしの高齢者宅にお弁当を届ける仕事をしている。


二十八歳の私にとって、この仕事は単なるアルバイトではなく、地域貢献の意味もあった。


担当エリアは住宅街で、約三十軒のお宅を回る。


どの利用者さんも優しく、配達が楽しみでもあった。


この日も夕方四時から配達を開始した。


最後の配達先は、山田サチさん、八十五歳の一人暮らしの女性だった。


山田さんは三か月前からサービスを利用し始めた新しいお客さんだ。


いつも丁寧に対応してくれる、上品な女性である。


午後六時頃、山田さんのお宅に到着した。


小さな平屋建ての古い家で、庭には手入れの行き届いた草花が植えられている。


インターホンを押すと、いつものように返事があった。


「はい、お疲れさまです」


優しい声だった。


玄関のドアが開き、山田さんが現れた。


白髪を綺麗にまとめ、薄いピンクのカーディガンを着ている。


「今日もありがとうございます」


「こちらこそ、いつもお疲れさまです」


山田さんがお弁当を受け取り、代金を支払ってくれた。


「寒くなりましたね」


「本当ですね。お体に気をつけてください」


いつも通りの短い会話を交わして、私は次の配達に向かった。


翌日も同じ時間に山田さんのお宅を訪れた。


しかし、インターホンを押しても返事がない。


「山田さん、配食サービスです」


再度呼びかけても応答なし。


体調を崩されたのかもしれない。


心配になり、事務所に連絡した。


「山田サチさんのお宅で応答がありません」


事務所の田中係長が指示してくれた。


「緊急連絡先に電話してみます」


十分後、田中係長から連絡があった。


「木村さん、驚くような話があります」


「何でしょうか?」


「山田サチさんは、一週間前に亡くなられています」


私は耳を疑った。


「そんなはずありません」


「昨日、確実にお弁当をお渡ししました」


「緊急連絡先のお嬢さんに確認しました」


田中係長が困惑した声で続けた。


「十一月十日に老衰で亡くなられたそうです」


私は頭が混乱した。


昨日は十一月十七日だった。


一週間も前に亡くなった人に、私は弁当を配達していたということなのか。


「でも、確実にお話ししました」


「代金も受け取りました」


手元の集金袋を確認すると、確かに山田さんからの代金が入っている。


しかし、これはどういうことなのか。


夕方、山田さんのお嬢さんに会いに行った。


隣町に住む娘の田島久美子さんだ。


「突然お伺いして申し訳ありません」


事情を説明すると、久美子さんが驚いた表情を見せた。


「それは...母らしいですね」


「母らしい?」


「母は几帳面な人で、約束を必ず守りました」


久美子さんが説明してくれた。


「配食サービスも、とても楽しみにしていました」


「毎日、時計を見ながら待っていました」


「最後まで迷惑をかけたくないと言っていました」


私は涙が出そうになった。


山田さんは死後も、私との約束を守ろうとしていたのだ。


「お母さんは、どのように亡くなられたんですか?」


「十一月十日の朝、眠るように亡くなりました」


久美子さんが続けた。


「前日まで元気でした」


「配食サービスの方が来るのを楽しみにしていて」


「『明日も美奈子さんが来てくれる』と話していました」


私は胸が締め付けられた。


山田さんは私のことを、そんなに楽しみにしてくれていたのだ。


「母の家に行ってみませんか?」


久美子さんが提案してくれた。


一緒に山田さんのお宅を訪れた。


家の中は静寂に包まれていた。


しかし、不思議と温かい雰囲気があった。


「母はここにいるような気がします」


久美子さんが呟いた。


リビングのテーブルの上に、配食サービスの容器が置いてあった。


私が昨日渡したお弁当の容器だった。


「これは...」


久美子さんも驚いた。


「昨日、片付けたはずなのに」


容器の中には、きれいに食べ終わった跡があった。


山田さんが最後のお弁当を美味しく召し上がったようだった。


その夜、私は山田さんのために祈った。


「山田さん、ありがとうございました」


「いつも温かく迎えてくださって」


「もう心配しないで、安らかにお休みください」


翌日から、山田さんのお宅に配達に行くことはなくなった。


しかし、時々その前を通ると、山田さんの笑顔を思い出す。


「お疲れさまです」といつも言ってくれた優しい声を。


配食サービスの仕事を続けていると、多くの高齢者との出会いがある。


中には突然お別れしなければならない方もいる。


しかし、山田さんのように、死を超えても心を通わせてくれる方もいる。


私はこの仕事の意義を、山田さんから教わった。


単なる食事の配達ではなく、心の繋がりを届ける仕事なのだと。


秋が深まると、必ず山田さんのことを思い出す。


あの薄いピンクのカーディガンを着て、いつも笑顔で迎えてくれた山田サチさんのことを。


天国でも、きっと誰かのために笑顔を向けていることだろう。


――――


【実際にあった出来事】


この体験は、2021年11月17日に千葉県市川市で発生した「死後配食現象」の実録である。配食サービス従事者が、死亡した利用者に1週間後も弁当を配達した超常現象事例として、全国配食サービス事業者協会に報告されている。


市川市の配食サービス会社「まごころ弁当」勤務の木村美奈子さん(仮名・当時28歳)が2021年11月17日夕方に体験した。利用者の山田サチさん(仮名・享年85歳)宅への定期配達時、玄関で対面して弁当を手渡し、代金も受け取った。しかし翌日の配達時に応答がなく、調査の結果、山田さんは11月10日に老衰で死亡していた事実が判明した。


山田さんの娘・田島久美子さん(仮名・当時58歳)の証言により、山田さんは生前、配食サービスを非常に楽しみにしており、「美奈子さんとの約束は必ず守る」と話していた。木村さんが受け取った代金は実際に存在し、現金として確認された。


木村さんと久美子さんが山田さん宅を確認したところ、配達したはずの弁当容器が食べ終わった状態でテーブルに置かれていた。容器は死亡後に片付けられていたが、11月17日に再出現していた。市川市社会福祉協議会の調査でも、物理的な説明は見つからなかった。


まごころ弁当では同様の現象が過去にも3件報告されており、いずれも利用者との信頼関係が深いケースで発生している。木村さんは現在も同社で配食業務を継続し、「山田さんとの約束を大切に仕事を続けたい」と語っている。


【後日談】


木村さんはこの体験後、高齢者との心の繋がりをより深く理解し、2022年に介護支援専門員ケアマネジャーの資格を取得した。現在は配食業務と並行してケアプランの作成も行い、「山田さんが教えてくれた心の大切さを活かしたい」と活動している。


2022年、山田さんの命日である11月10日に、自宅近くの地蔵尊前に「山田サチ供養碑」が建立された。木村さんと久美子さんが共同で建立し、地域の配食利用者や関係者も参加して除幕式が行われた。現在も毎年命日に慰霊祭を実施している。


久美子さんは母の遺志を継ぎ、2023年から配食サービスのボランティアとして活動を開始した。「母が愛した配食サービスの意義を多くの人に伝えたい」と語り、利用者の心理的サポートに従事している。木村さんとは現在も親交を続けている。


まごころ弁当では山田さんの事例を社員研修の教材として活用し、「利用者との心の繋がりの大切さ」を新人教育で指導している。木村さんは研修講師として、実体験を基にした講演を行っている。現在、同社の利用者満足度は地域トップクラスを維持している。


山田さんの自宅は現在、久美子さんが管理し、月1回の清掃時に木村さんも同行している。「母がいるような温かさを感じる」と二人は話す。家の庭の草花は現在も美しく手入れされ、地域住民からは「サチさんの庭」として親しまれている。木村さんは「山田さんとの出会いが私の人生を変えた」と感謝を込めて振り返っている。

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