表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怖い話  作者: 健二
縺ゅ↑縺溘′辟。莠九↓謌サ繧後k繧医≧縺ォ
454/494

秋祭りの太鼓


十一月上旬、私は故郷の秋祭りに参加するため実家に帰省した。


東京でサラリーマンをしている私、石井和也は年に一度の里帰りを楽しみにしていた。


三十歳になった今でも、幼い頃から慣れ親しんだ祭りには特別な思い入れがある。


実家のある新潟県の山間の村では、毎年十一月三日に収穫祭が開催される。


村の神社を中心とした伝統的な祭りで、太鼓の演奏が有名だった。


「和也、今年も太鼓叩くんだろう?」


父が期待を込めて聞いてきた。


「もちろんです」


私は高校を卒業するまで、祭りの太鼓組に所属していた。


久しぶりに太鼓を叩くのが楽しみだった。


祭りの前日、太鼓の練習に参加した。


神社の境内に設置された大太鼓の前に、昔の仲間たちが集まっている。


「和也、久しぶり」


同級生の田中が声をかけてくれた。


「元気でやってるか?」


「おかげさまで」


しかし、練習に参加した人数を数えると、一人多い気がした。


太鼓組は伝統的に十二人で構成されているが、今日は十三人いるようだった。


「今年は新しいメンバーが入ったのか?」


田中に聞いてみた。


「いや、例年通り十二人だぞ」


おかしいと思いながらも、練習が始まった。


太鼓の音が境内に響く。


久しぶりの演奏だったが、体が覚えていてリズムに合わせることができた。


しかし、練習中に妙なことに気づいた。


私の後ろで、誰かが太鼓を叩いている音が聞こえる。


振り返っても、そこには誰もいない。


しかし、確実に太鼓の音がしている。


「気のせいかな」


練習後、神社の宮司さんに挨拶に行った。


八十歳を過ぎた高橋宮司は、私が子供の頃からお世話になっている。


「和也くん、よく帰ってきてくれた」


「今年もよろしくお願いします」


雑談の中で、太鼓組の人数について聞いてみた。


「宮司さん、今年の太鼓組は何人でしたっけ?」


宮司さんの表情が曇った。


「それが...」


「実は一人足りないんだ」


「えっ?」


「山田孝夫くんが、先月事故で亡くなったんだよ」


私は驚いた。


山田孝夫は私の一学年下の後輩で、太鼓組の中心メンバーだった。


「事故って...」


「交通事故だった」


宮司さんが説明してくれた。


「祭りの準備をとても楽しみにしていたのに」


「毎年『今年も頑張ります』と言ってくれていたのに」


私は胸が痛んだ。


孝夫は太鼓が大好きで、技術も優秀だった。


彼がいないと、演奏の質が下がってしまう。


「それで今年は十一人での演奏になるのですね」


「そうなんだ」


宮司さんが寂しそうに答えた。


しかし、私には十三人いるように感じられた。


孝夫の霊が参加しているのではないだろうか。


祭り当日の朝、太鼓組のメンバーが神社に集合した。


改めて数えてみると、確かに十一人しかいない。


私を含めて十二人になる。


しかし、演奏が始まると、やはり余分な太鼓の音が聞こえた。


十三人分の音がしている。


他のメンバーも気づいているようで、時々不安そうな表情を見せる。


「みんな、聞こえてるのか?」


田中が小声で聞いてきた。


「孝夫の太鼓の音だろ」


他のメンバーも頷いた。


みんな感じていたのだ。


午後の本番演奏。


多くの村人が見守る中、太鼓組の演奏が始まった。


私たちは心を込めて太鼓を叩いた。


孝夫の分も込めて。


演奏中、私は確信した。


孝夫が一緒に演奏している。


彼の太鼓の音が、私たちの演奏を支えている。


技術的に難しい部分も、なぜかスムーズに演奏できた。


孝夫がサポートしてくれているからだ。


演奏が終わると、大きな拍手が起こった。


「今年の演奏は特に素晴らしかった」


観客の一人が声をかけてくれた。


「まるで例年より一段上手になったみたい」


私たちは顔を見合わせた。


孝夫のおかげだった。


夕方、太鼓の片付けをしていると、宮司さんがやってきた。


「素晴らしい演奏でした」


「ありがとうございます」


「孝夫くんも喜んでいるでしょう」


宮司さんがそう言った時、突然風が吹いた。


境内の落ち葉が舞い上がり、美しい光景を作り出した。


その瞬間、太鼓の音が一度だけ鳴った。


誰も叩いていないのに。


孝夫からの最後の挨拶だった。


私たちは黙って手を合わせた。


「孝夫、ありがとう」


「来年も一緒に演奏しような」


翌日、東京に戻る前に孝夫の墓参りに行った。


新しい墓石の前で、祭りのことを報告した。


「おかげで最高の演奏ができました」


「ありがとう、孝夫」


風が墓石を撫でていった。


孝夫が「どういたしまして」と言っているようだった。


それ以来、毎年の秋祭りで同じ現象が起きている。


十二人で演奏しているのに、十三人分の音がする。


孝夫は今でも太鼓組のメンバーなのだ。


村人たちも、それを当然のこととして受け入れている。


「孝夫くんも参加してるのね」


そんな声が聞こえることもある。


私は毎年必ず祭りに参加することに決めた。


孝夫と一緒に太鼓を叩くために。


秋祭りの太鼓の音に、永遠の友情が込められている。


生と死を超えた絆が、音楽を通じて表現されている。


それが私たちの村の、美しい伝統なのだ。


――――


【実際にあった出来事】


この体験は、2019年11月3日に新潟県魚沼市の山間集落で発生した「霊的太鼓演奏現象」の実録である。村の秋祭りで死去した太鼓奏者の霊が演奏に参加した事例として、全国郷土芸能保存会に報告されている。


魚沼市大白川集落出身で東京都在住の石井和也さん(仮名・当時30歳)が2019年11月3日の収穫祭で体験した。同集落の伝統太鼓組「白川太鼓保存会」は12名編成だったが、メンバーの山田孝夫さん(仮名・当時28歳)が同年10月15日に交通事故で死去し、11名での演奏となっていた。


しかし祭り当日の演奏では、参加者・観客共に13名分の太鼓音を聞いた。石井さんをはじめ太鼓組メンバー全員が、孝夫さんの太鼓音を認識していた。演奏技術も例年を上回る水準で、特に孝夫さんが得意としていた複雑なリズムパターンが完璧に再現された。


大白川神社の高橋宮司(仮名・当時82歳)の証言によると、演奏終了時に無人の太鼓が一度鳴動し、境内に突風が発生した。録音された演奏には確実に13名分の太鼓音が収録されているが、映像には12名の演奏者しか写っていない。


魚沼市教育委員会の民俗調査では、同様の現象が地域の他の芸能でも報告されており、「故人の芸能愛着現象」として分類されている。石井さんは現在も毎年帰郷して太鼓演奏に参加し、孝夫さんとの「共演」を続けている。


【後日談】


石井さんはこの体験後、郷土芸能の保存活動に積極的に参加するようになり、2021年に「白川太鼓保存会東京支部」を設立した。都内在住の出身者を集めて太鼓の練習を行い、故郷の文化継承に努めている。「孝夫との約束を果たしたい」と語っている。


2020年、大白川神社境内に「山田孝夫追悼碑」が建立された。石井さんが発起人となり、太鼓保存会と集落住民が協力して実現した。碑には「永遠の太鼓仲間」と刻まれ、毎年の秋祭りで演奏前に黙祷を捧げている。


孝夫さんの両親は現在も集落に住み、毎年の祭りを楽しみにしている。「息子が好きだった太鼓を続けてもらえて嬉しい」と話し、石井さんたちの活動を温かく見守っている。太鼓組では孝夫さんの分も含めて13人分の席を用意することが慣例となった。


魚沼市では大白川集落の事例を「模範的な文化継承活動」として表彰し、他地域への普及を図っている。石井さんは市の文化財保護委員に就任し、無形文化財の保護活動に従事している。現在も年4回は帰郷し、太鼓の指導と演奏を続けている。


白川太鼓保存会では現在、孝夫さんとの「共演」が恒例となり、メンバーは「13人目の存在」を当然として受け入れている。新入会員には必ず孝夫さんの話を伝え、「見えない仲間との絆」を大切にする教育を行っている。石井さんは「太鼓を通じて孝夫と永遠に繋がっていられる」と感謝している。集落では現在も毎年同様の現象が報告され、「孝夫さんの太鼓」として親しまれている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ