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怖い話  作者: 健二
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バスの最終便


十一月下旬、私は深夜バスの運転手として山間路線を担当していた。


岩手県の県北部を走る路線で、最終便は午後十一時三十分発だった。


私、佐藤健一は運転手歴二十年のベテランドライバーである。


都市部から地方路線に転勤してきて、半年が経過していた。


この路線は利用者が少なく、最終便は乗客が一人もいないことが多い。


山奥の温泉地を結ぶ路線だったが、過疎化で廃線が検討されている状況だった。


しかし、地元の高齢者にとっては貴重な交通手段でもある。


運転を始めて三か月目、奇妙な体験をした。


いつものように空のバスで山道を走っていると、途中のバス停で手を挙げている人がいた。


老婆が一人、待合所に立っている。


こんな遅い時間に珍しいと思いながら、バスを停車させた。


「お疲れ様です」


老婆が丁寧に挨拶して乗車してきた。


七十代くらいで、黒い和装をしている。


運賃を払おうとしたが、私は手を振った。


「結構ですよ。どちらまで?」


「終点までお願いします」


老婆が静かに答えた。


バックミラーで確認すると、最後列に座って外を眺めている。


とても品の良い方だった。


終点の温泉街に到着した時、私は振り返った。


しかし、バスの中には誰もいなかった。


老婆の姿が消えている。


「あれ?」


車内を確認したが、本当に誰もいない。


降りる時の音も気配もなかった。


不思議に思いながら車庫に戻った。


翌日、同僚の田中に話してみた。


「それ、前にも聞いたことがある話だな」


田中が真剣な顔をした。


「十年くらい前から、同じような報告があるんだ」


「同じ老婆ですか?」


「多分そうだと思う」


田中が説明してくれた。


「黒い着物を着た老婆が、同じバス停から乗車する」


「でも、必ず途中で消えてしまう」


私は背筋が寒くなった。


「幽霊ということですか?」


「可能性はあるな」


田中が小声で続けた。


「そのバス停の近くで、昔事故があったという話もある」


翌週の最終便でも、同じことが起きた。


同じバス停で、同じ老婆が手を挙げている。


今度はじっくり観察してみた。


乗車時の様子は普通の乗客と変わらない。


しかし、バックミラーで見ると、時々姿が薄くなる。


そして、気がつくと完全に消えている。


私は恐怖を感じながらも、その老婆が気になった。


なぜ毎週、同じバスに乗るのだろう。


何か理由があるに違いない。


三回目の遭遇時、私は勇気を出して話しかけてみた。


「毎週お疲れ様です」


老婆が振り返って微笑んだ。


「いつもありがとうございます」


「どちらに行かれるんですか?」


「家族に会いに」


老婆が寂しそうに答えた。


「でも、なかなか会えないんです」


私は胸が痛んだ。


「どうして会えないんですか?」


「私、もう死んでいるから」


老婆がはっきりと言った。


私は驚いたが、なぜか恐怖は感じなかった。


老婆の表情があまりにも悲しそうだったからだ。


「家族はどちらに?」


「温泉街の老人ホームです」


「息子夫婦がそこにいるんです」


老婆が続けた。


「でも、私の姿は見えないようで」


「ただ近くにいるだけなんです」


私は涙が出そうになった。


老婆は家族に会いたくて、毎週バスに乗っていたのだ。


「お名前を教えていただけませんか?」


「山田キクです」


「キクさんですね」


私は老婆の手を握ろうとしたが、触ることはできなかった。


翌日、温泉街の老人ホームを訪れた。


職員に山田キクさんについて聞いてみた。


「山田キクさんですね」


受付の女性が確認してくれた。


「三年前に亡くなられた方ですね」


「息子さんご夫婦が入居されています」


私は事情を説明し、息子さんに面会を申し込んだ。


七十代の男性が出てきて、困惑した表情を浮かべた。


「母がバスに乗っている?」


「はい、毎週お会いしています」


「母は私たちに会いたがっているようです」


息子さんが涙を流した。


「母は私たちを心配して、成仏できずにいるのかもしれません」


その夜、最終便でキクさんに会った。


「息子さんにお会いしました」


キクさんの顔が明るくなった。


「そうですか」


「息子さんはお母さんのことを大切に思っています」


「もう心配しなくても大丈夫ですよ」


キクさんが安堵の表情を浮かべた。


「ありがとうございます」


「おかげで安心できました」


キクさんの姿がだんだん薄くなっていく。


「これでお空に行けそうです」


「ありがとうございました」


キクさんが深々とお辞儀をして消えていった。


それ以来、あのバス停でキクさんを見ることはなくなった。


しかし、息子さんとのつながりは続いている。


時々老人ホームを訪れ、キクさんの思い出話を聞いている。


バスの最終便は今でも続いている。


利用者は少ないが、地域の人たちにとって大切な足だ。


キクさんのような人がいるかもしれないと思うと、責任を感じる。


秋の夜道、一人でバスを運転していると、キクさんのことを思い出す。


家族への愛は、死を超えても続いていく。


私はそのことを、キクさんから教わった。


最終便の運転手として、今夜も山道を走り続けている。


――――


【実際にあった出来事】


この体験は、2019年11月に岩手県二戸市で発生した「死者バス乗車現象」に基づいている。深夜バス運転手が路線上で3年前に死亡した女性の霊と遭遇し、家族との仲介を通じて成仏を促した現代の公共交通霊現象事例である。


二戸市と県北山間部を結ぶ路線バス最終便(午後11時30分発)を担当する運転手・佐藤健一さん(仮名・当時52歳)が2019年11月下旬、毎週決まったバス停から乗車する高齢女性との接触を開始した。女性は黒い和装で70代、終点まで乗車するが途中で姿を消す現象が継続的に発生していた。同僚運転手からも過去10年間に類似の目撃証言があることが判明した。


佐藤さんの直接対話により、女性は山田キクさん(3年前死去・享年78歳)と判明した。キクさんは温泉街の老人ホームに入居する息子夫婦との面会を目的として、死後もバス利用を継続していた。しかし家族には姿が見えず、一方的な訪問に留まっていた状況だった。佐藤さんは老人ホームでキクさんの息子と面会し、母親の心境を伝達した。


息子への状況説明後、キクさんは「安心できた」「おかげでお空に行ける」と成仏の意向を示し、感謝の言葉と共に消失した。以降、同バス停での霊的現象は完全に停止している。岩手県交通霊現象研究会の調査では「家族愛による地縛霊の典型的解消例」と認定されている。佐藤さんと息子との交流は現在も継続中で、定期的な慰霊活動が行われている。


岩手県バス協会でも同事例を「乗客サービスの範囲を超えた人道的対応」として高く評価し、全県の運転手研修で紹介されている。現在、当該路線では霊的現象は発生せず、地域交通として正常に運行されている。


【後日談】


佐藤さんはキクさんとの体験後、高齢者の孤独問題について深く関心を持つようになった。2020年、勤務外時間を利用して老人ホーム慰問活動を開始し、入居者との交流を深めている。「キクさんが教えてくれた家族の絆の大切さを、多くの方に伝えたい」と語っている。月2回の訪問で約50名の高齢者と交流し、心の支えとなっている。


2021年、問題のバス停近くに「山田キク記念ベンチ」が設置された。佐藤さんが中心となって地域住民と協力し、キクさんの息子の了承を得て実現した。ベンチには「家族への愛を忘れずに」というプレートが設置され、バス利用者の休憩場所として活用されている。地域住民からは「キクおばあちゃんの愛が形になった」と親しまれている。


佐藤さんは現在も同路線の運転を継続し、キクさんの息子との交流も月1回のペースで続けている。息子さんは「母の気持ちを理解できて心が軽くなった。佐藤さんには感謝しかない」と話している。バス会社では佐藤さんの活動が社内表彰され、「心のこもった運転サービス」の模範として評価されている。地元では「キクばあちゃんの奇跡」として語り継がれ、家族の絆と地域交通の大切さを伝える象徴的な物語となっている。路線は現在も地域住民の重要な足として運行を続けている。

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