表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怖い話  作者: 健二
縺ゅ↑縺溘′辟。莠九↓謌サ繧後k繧医≧縺ォ
446/494

紅葉祭りの着物


十一月初旬、私は母の故郷である石川県の能登半島を訪れていた。


毎年恒例の紅葉祭りに参加するためだった。


私、野村真由美は金沢市で呉服店を営む三十四歳の女性である。


母の実家は代々続く老舗の呉服屋で、祭りでは着物の着付けボランティアを行っている。


今年も観光客や地元の女性たちに着物を貸し出し、着付けをする予定だった。


祭り会場となる山間の神社は、見事な紅葉で彩られていた。


真っ赤なもみじと黄金色の銀杏が織りなす景色は息をのむ美しさだった。


「今年も良い天気で良かったね」


母の妹である叔母の恵子さんが言った。


「そうですね。きっとたくさんの人が来ますよ」


私たちは神社の境内に着付けブースを設営した。


母の実家から持参した着物は三十着ほど。


大正から昭和初期の古典柄が多く、どれも美しい逸品だった。


午前十時、祭りが開始された。


予想通り多くの観光客が訪れ、着付けブースは大盛況となった。


「この着物、素敵ですね」


二十代の女性が一着の着物に目を留めた。


深い紅色の地に金糸で菊の花が刺繍された振袖だった。


「それは大正時代の着物です」


私が説明した。


「とても良い品ですが、少し古いので」


「ぜひ、これを着てみたいです」


女性は目を輝かせていた。


私は着付けを始めたが、奇妙なことに気づいた。


その着物だけ、妙に冷たいのだ。


まるで冷蔵庫の中にあったかのように冷えている。


「おかしいな」


着付けを終えると、女性は鏡の前で嬉しそうに微笑んだ。


「とても似合いますよ」


私はそう声をかけたが、鏡に映った女性を見て凍りついた。


鏡の中で、女性の後ろにもう一人の女性が立っていた。


同じ着物を着た、青白い顔の女性だった。


私は目を擦って再び鏡を見たが、もう誰もいなかった。


「気のせいかしら」


しかし、不安な気持ちは消えなかった。


昼過ぎ、その着物を着た女性が戻ってきた。


顔色が青白く、とても具合が悪そうだった。


「すみません、気分が悪くて」


「もう着物を返したいです」


私は慌てて着付けを解き、元の洋服に着替えさせた。


女性は服を変えると、すぐに元気を取り戻した。


「不思議ですね。着物を脱いだら楽になりました」


女性はそう言って帰っていった。


午後、別の女性がその着物を選んだ。


三十代の主婦らしい女性だった。


着付けをしている最中、私は再び異様な冷気を感じた。


着物が氷のように冷たい。


「寒くありませんか?」


私が聞くと、女性は首を振った。


「大丈夫です。とても気に入りました」


しかし、一時間後、この女性も顔を青くして戻ってきた。


「気分が悪くて、頭痛もします」


「この着物、何か変ではありませんか?」


私は恵子叔母に相談した。


「この紅色の振袖、何か知ってる?」


恵子叔母の表情が曇った。


「ああ、その着物ね」


「実は、曰く付きなのよ」


私は背筋が寒くなった。


「どういう意味ですか?」


「昭和初期、その着物を着た女性が亡くなったの」


恵子叔母が小声で話し始めた。


「名前は田中静江さん、二十歳の美しい女性だった」


「この紅葉祭りの日に、婚約者と心中したのよ」


私は息を呑んだ。


「心中?」


「静江さんの結婚に、両家が反対したの」


「それで、この神社の裏山で一緒に命を絶ったのよ」


「その時着ていたのが、その振袖」


私は震え上がった。


だから着物が冷たく、着た人が具合悪くなるのだ。


「どうして、そんな着物を持ってるんですか?」


「静江さんの家族が、うちに預けたのよ」


「『供養してほしい』って言われて」


「でも、どう供養していいか分からずに」


私は考えた。


静江さんの魂が、着物に宿っているのかもしれない。


「今夜、その着物を持って神社に行きましょう」


「きちんと供養しないと」


夜八時、私と恵子叔母は神社を訪れた。


宮司の山田さんにお願いして、お祓いをしてもらうことにした。


「この着物には、強い念が宿っています」


山田宮司が着物を見て言った。


「恨みではなく、深い悲しみです」


お祓いが始まった。


太鼓の音が響き、宮司が祝詞を唱える。


その時、着物から薄い光が立ち上った。


光の中に、美しい女性の姿が浮かんだ。


紅色の振袖を着た、静江さんに違いない。


静江さんは悲しそうな表情で私たちを見つめていた。


「静江さん」


私は思わず声をかけた。


「もう苦しまなくていいのよ」


静江さんの表情が少し和らいだ。


「あなたの想いは伝わったから」


「今度は、安らかに眠って」


静江さんが微笑んで頷いた。


そして、光と共に消えていった。


お祓いが終わると、着物の冷たさは完全に消えていた。


「これで大丈夫でしょう」


山田宮司がほっとした表情を浮かべた。


翌年の紅葉祭りでも、その着物を持参した。


今度は何の問題もなく、多くの女性に喜んで着てもらった。


静江さんの魂は安らぎを得て、着物も本来の美しさを取り戻したのだ。


私は毎年この祭りに参加し、着物の着付けを続けている。


そして、静江さんのことを忘れないようにしている。


彼女の悲しい恋の物語を、多くの人に伝えていきたい。


秋の紅葉祭りは、今では地域の大きなイベントとなっている。


その陰で、一人の女性の魂が救われたことを知る人は少ない。


しかし、私にとっては最も大切な思い出の一つである。


――――


【実際にあった出来事】


この体験は、2015年11月に石川県鳳珠郡で発生した「心中者憑依着物現象」に基づいている。紅葉祭りでの着物レンタル事業中、心中した女性の霊が着物に憑依し、着用者に体調不良をもたらした現代の物品憑依事例である。


鳳珠郡能登町の山間神社で開催された紅葉祭りにて、金沢市の呉服店経営者・野村真由美さん(仮名・当時34歳)が着物レンタル業務中、特定の振袖着用者に連続的な体調不良が発生する現象を確認した。問題の着物は大正15年製の紅色振袖で、着用者全員が「異常な冷感」「頭痛」「吐き気」を訴えていた。着物の材質検査では化学的異常は検出されなかった。


地元の調査により、当該着物は昭和2年11月に同神社裏山で心中した田中静江さん(仮名・当時20歳)の着用品と判明した。静江さんは家同士の反対により婚約者との結婚を阻まれ、紅葉祭り当日に恋人と共に服毒自殺していた。着物は遺族により野村家の先代に「供養」目的で託されていたが、70年間適切な処置が行われていなかった。


2015年11月7日夜、野村さんと親族が同神社にて山田宮司による除霊祭を実施した。祭壇での読経中、複数の目撃者が「着物から立ち上る光柱」と「女性の人影」を確認している。山田宮司の証言では「強い悲哀の念が感じられたが、恨みではなく成仏への願望だった」という。除霊後、着物の異常な冷感と憑依現象は完全に消失した。


石川県民俗学会の分析では「未成仏者の物品憑依による救済要請の典型例」と評価されている。静江さんの心中は地域の悲話として語り継がれており、長期間の未成仏状態が着物への霊的執着を生んでいたと推定される。現在、同着物は正常に使用され、祭りでの人気商品となっている。


【後日談】


野村さんは静江さんとの体験後、着物に宿る「想い」の重要性を深く認識するようになった。2016年、呉服店に「着物供養相談室」を開設し、曰く付きの着物や故人の遺品着物の適切な供養を行っている。年間約50件の相談があり、これまでに類似の憑依事例を3件解決している。


2017年、静江さんと恋人の慰霊碑が神社境内に建立された。野村さんが中心となって募金活動を行い、地域住民の協力で実現した。碑文には「永遠の愛に生きた二人」と刻まれている。毎年の紅葉祭りでは慰霊祭も併催され、静江さんの物語が「愛の尊さ」を伝える教材として活用されている。


野村さんは現在も毎年紅葉祭りで着付けボランティアを継続している。問題の振袖は「静江の振袖」として特別扱いされ、着用者には事前に物語を説明している。着用者の多くが「深い感動」「生命の大切さを実感」と感想を述べており、静江さんの体験が現代人の心を打つ内容となっている。地元では「静江さんの奇跡」として語り継がれ、恋愛成就のパワースポットとしても注目を集めている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ