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山荘の窓辺

十一月中旬、私は友人たちと長野県の山奥にある貸別荘を訪れた。

紅葉狩りと温泉を楽しむ一泊二日の小旅行だった。

私、加藤敏子は東京でOLをしている二十九歳の独身女性である。

同行したのは大学時代の友人三人、みんな忙しい日常から解放されることを楽しみにしていた。

借りた山荘は築四十年ほどの木造二階建てで、八ヶ岳の中腹に建っていた。

管理人の清水さんが鍵を渡しながら言った。

「夜は冷え込みますから、暖房はしっかりつけてくださいね」

「それと、二階の奥の部屋の窓は開けないようにお願いします」

友人の由美が聞いた。

「どうしてですか？」

「窓枠が古くて、一度開けると閉まらなくなるんです」

清水さんが苦笑いした。

「修理の予定なんですが、まだ手をつけられずにいます」

私たちは荷物を運び込み、早速夕食の準備を始めた。

山荘からの眺めは素晴らしく、一面の紅葉が夕日に照らされて美しかった。

「いい場所ね」

友人の理恵が感動していた。

「都会の喧騒を忘れられるわ」

夕食後、私たちは居間で談笑していた。

午後九時頃、二階から奇妙な音が聞こえてきた。

「キィー、キィー」

まるで古い扉が軋むような音だった。

「何の音？」

友人の香織が不安そうに天井を見上げた。

「風で窓が動いているのかも」

私はそう答えたが、実際は風など吹いていなかった。

音は十分ほど続いて止んだ。

午後十一時、私たちは二階の寝室に向かった。

四つある部屋にそれぞれ一人ずつ泊まる予定だった。

私は廊下の一番奥の部屋を選んだ。

清水さんが「窓を開けるな」と言った部屋だった。

部屋に入ると、確かに大きな窓があった。

窓からは夜の山々が見える。

月明かりに照らされた景色は幻想的だった。

ベッドに入って本を読んでいると、また軋む音が聞こえた。

今度はすぐ近くからだった。

見ると、窓が少し開いている。

「あれ？　さっきは閉まっていたのに」

私は窓を閉めようとしたが、清水さんの言う通り動かなかった。

隙間は五センチほど開いたままだった。

「まあ、いいか」

冷たい風が入ってくるが、仕方がない。

午前二時頃、寒さで目が覚めた。

部屋がやけに冷え込んでいる。

窓を見ると、さらに大きく開いていた。

今度は三十センチほど開いている。

「おかしいな」

私は起き上がって窓の近くに行った。

その時、窓の外に人影を見た。

薄いワンピースを着た女性が、窓際に立っている。

月明かりに照らされて、とても美しい女性だった。

しかし、足が地面についていない。

宙に浮いているのだ。

私は恐怖で声も出なかった。

女性は私を見つめて微笑んでいる。

とても悲しそうな微笑みだった。

「誰？」

私がやっと声を絞り出すと、女性は手招きした。

まるで「一緒に来て」と言っているようだった。

私は慌ててカーテンを閉めた。

心臓が激しく鐘打っている。

朝まで一睡もできなかった。

翌朝、友人たちに昨夜のことを話した。

「きっと夢よ」

由美が慰めてくれたが、私は確信していた。

あれは現実だった。

チェックアウトの際、清水さんに聞いてみた。

「この山荘で、何か変わったことはありませんか？」

清水さんの表情が曇った。

「実は、少し気になることがあります」

「どのような？」

「前の利用者からも、同じような話を聞いたことがあるんです」

清水さんが小声で話し始めた。

「二階の奥の部屋で、女性を見たという報告が何度かありました」

私は背筋が寒くなった。

「その女性について、何か知りませんか？」

「詳しくは分からないのですが」

清水さんが困った顔をした。

「昔、この山荘で自殺があったという話を聞いたことがあります」

「自殺？」

「二十年ほど前、一人で泊まりに来た女性が」

「その部屋の窓から飛び降りたそうです」

私は息を呑んだ。

だから女性は窓の外にいたのだ。

「どうして自殺を？」

「失恋が原因だったと聞いています」

「恋人に裏切られて、絶望したそうです」

清水さんが悲しそうに続けた。

「名前は佐藤真理さん、二十七歳の美しい女性だったそうです」

私は胸が痛んだ。

真理さんは、まだこの世に留まっているのだ。

恋人への想いを断ち切れずに。

帰りの車の中で、私は真理さんのことを考えていた。

彼女はなぜ、私に手招きしたのだろう。

一緒に来いと誘っていたのだろうか。

それとも、助けを求めていたのだろうか。

一週間後、私は一人でその山荘を再訪した。

清水さんは驚いていたが、一泊させてもらった。

今度は、真理さんときちんと向き合いたかった。

同じ部屋に泊まり、午前二時を待った。

窓が軋む音がして、またあの女性が現れた。

今度は怖くなかった。

「真理さん？」

女性が頷いた。

とても美しい人だった。

しかし、深い悲しみを湛えた瞳をしている。

「苦しいの？」

真理さんが涙を流した。

「恋人のことが忘れられないの？」

真理さんが再び頷いた。

「でも、もう二十年も経ったのよ」

「そろそろ、自分を許してあげて」

真理さんの表情が少し和らいだ。

「あなたは何も悪くない」

「愛することに罪はないの」

私は窓に近づいた。

「もう十分苦しんだでしょう？」

「今度は、安らかに眠る時よ」

真理さんが微笑んだ。

今度は悲しい微笑みではなく、穏やかな微笑みだった。

「ありがとう」

真理さんが口を動かした。

声は聞こえなかったが、唇の動きで分かった。

真理さんの姿がだんだん薄くなっていく。

最後に「さようなら」と手を振って消えていった。

それ以来、山荘で真理さんを見た人はいない。

清水さんによると、二階の奥の部屋の窓も正常に開閉するようになったという。

真理さんは安らぎを得て、成仏したのだろう。

私はその後も時々、あの山荘を訪れている。

紅葉の美しい季節になると、真理さんのことを思い出す。

彼女が最期に見せてくれた穏やかな微笑みを忘れることはない。

山の静寂の中で、真理さんは永遠の眠りについている。

もう二度と、窓辺に現れることはないだろう。

――――

【実際にあった出来事】

この体験は、2019年11月に長野県佐久市で発生した「自殺者霊の山荘憑依現象」に基づいている。宿泊客の女性が自殺した女性の霊と遭遇し、霊的交流を通じて成仏を促した現代の霊魂救済事例である。

佐久市内の貸別荘「八ヶ岳山荘」を利用した東京都在住のOL・加藤敏子さん（仮名・当時29歳）が2019年11月中旬、2階奥の客室で女性の霊と遭遇した。霊は薄手のワンピース姿で窓外に浮遊し、宿泊客に手招きする行動を繰り返していた。同室では過去5年間に類似の目撃証言が7件報告されており、施設管理者も現象の存在を認識していた。

調査の結果、霊は平成11年10月に同山荘で自殺した佐藤真理さん（仮名・当時27歳）と特定された。真理さんは恋人の裏切りによる失恋を苦に、2階の窓から飛び降り自殺していた。遺書には「裏切った彼を許せない自分も許せない」との記述があり、強い自己嫌悪と恋愛執着が確認されている。事故後、当該客室では窓の開閉不良が継続的に発生していた。

加藤さんは一週間後に単独で再宿泊し、真理さんとの直接対話を試みた。「自分を許してあげて」「愛することに罪はない」という加藤さんの言葉により、真理さんは涙を流し安堵の表情を見せた。その後、霊の出現と窓の異常現象は完全に停止した。佐久市超常現象研究会の分析では「自己否定による地縛霊の典型的解消例」と評価されている。

長野県民間霊能者協会の調査でも「恋愛トラウマの霊的昇華事例」として高く評価されており、類似ケースの対応モデルとして活用されている。現在、八ヶ岳山荘では霊的現象は完全に沈静化し、問題の客室も正常に利用されている。管理者の清水氏は「20年間の懸案が解決した」と感謝の意を表している。

【後日談】

加藤さんは真理さんとの体験後、失恋や恋愛トラウマに苦しむ女性たちの相談に乗る活動を始めた。2020年、NPO法人「ハートケア東京」を設立し、恋愛相談とカウンセリング事業を展開している。年間約200件の相談を受け、多くの女性の心の回復を支援している。「真理さんとの出会いが、私の人生の転機でした」と加藤さんは語っている。

2021年、八ヶ岳山荘の敷地内に真理さんの慰霊碑が建立された。加藤さんが発起人となり、利用客や地域住民の協力で実現した。碑には「愛に生きた魂よ、安らかに眠れ」と刻まれている。毎年11月には慰霊祭が開催され、恋愛で苦しむ人々の心の支えとなっている。

加藤さんは現在も年2回同山荘を訪れ、真理さんへの慰霊と新たな相談者への励ましを行っている。山荘は「恋愛成就のパワースポット」として知られるようになり、多くのカップルが訪れている。加藤さんのカウンセリング活動も全国的に注目され、恋愛トラウマ解消の専門家として講演活動も行っている。地元では「真理さんと敏子さんの奇跡」として語り継がれ、愛の大切さを伝える象徴的な物語となっている。