学芸会の録画テープ
十一月上旬、私は息子の通う小学校で学芸会のビデオ撮影を担当していた。
毎年恒例の行事で、保護者有志が交代で記録係を務めている。
私、佐々木恵美は専業主婦で、息子の太郎は小学三年生である。
群馬県前橋市の住宅街にある市立緑ヶ丘小学校は、創立五十年の歴史ある学校だった。
体育館での学芸会は午前と午後の二部構成で、各学年が演劇や合唱を披露する。
私は最新のデジタルカメラで撮影していたが、念のため古いVHSカメラも回していた。
「デジタルが故障した時の予備用に」
そう考えてのことだった。
午前の部は順調に進み、子供たちの元気な演技を撮影できた。
太郎のクラスは「桃太郎」を演じ、太郎は犬役で頑張っていた。
昼食休憩の後、午後の部が始まった。
高学年の演目は本格的で、六年生の「白雪姫」は特に見応えがあった。
撮影も順調に進んでいる。
しかし、五年生の合唱の最中、VHSカメラの画面に異変が生じた。
ステージ上の子供たちの後ろに、もう一人人影が見えたのだ。
小学生くらいの女の子で、白いブラウスに紺のスカートを着ている。
しかし、他の子供たちとは違って薄っすらと透けて見える。
「あれ?」
私は目を擦ってファインダーを覗き直したが、やはり女の子がいる。
デジタルカメラの画面を確認したが、そちらには映っていない。
VHSカメラだけに映る不思議な少女だった。
学芸会が終わった後、私はVHSテープを自宅で再生してみた。
午前の部は正常に録画されている。
しかし、午後の部になると、随所に例の女の子が映り込んでいた。
特に合唱シーンでは、子供たちと一緒に歌っているような仕草を見せている。
とても自然な様子で、まるで本当にその場にいるかのようだった。
翌日、学校に相談してみた。
教頭の田中先生が録画テープを確認してくれた。
「確かに、不思議な映像ですね」
田中先生も困惑していた。
「この子は、うちの生徒ではありません」
「制服も、今のものとは違いますね」
よく見ると、女の子の制服は古いデザインだった。
三十年ほど前の緑ヶ丘小学校の制服に似ている。
「昔の制服ですね」
田中先生が職員室の資料を調べてくれた。
「昭和六十年代の制服です」
私は背筋が寒くなった。
三十年前の制服を着た子供が、現在の学芸会に映り込んでいる。
「もしかして、昔この学校で何かあったのでしょうか?」
田中先生の表情が曇った。
「実は、平成元年に悲しい事故がありました」
「どのような?」
「四年生の女の子が、学校の階段で転落したんです」
田中先生が小声で話してくれた。
「学芸会の練習中の事故でした」
「名前は山田花音ちゃん、九歳でした」
私は息を呑んだ。
花音ちゃんが、テープに映っているのかもしれない。
「花音ちゃんは、演劇がとても好きな子でした」
田中先生が続けた。
「学芸会を楽しみにしていたのに、本番前に事故に遭ってしまって」
「とても気の毒な話です」
その夜、私は再びテープを詳しく見直した。
女の子の表情がよく分かる場面があった。
とても楽しそうに歌っている。
まるで、念願の学芸会に参加できて嬉しいかのように。
私は花音ちゃんの気持ちが痛いほど分かった。
彼女は学芸会に出たかったのだ。
それが叶わなかったから、今でもステージに立ち続けている。
翌日、私は花音ちゃんの墓を探した。
市内の霊園で見つけた時、胸が詰まった。
「山田花音 享年九歳」
小さな墓石に、可愛らしい写真が飾られていた。
テープに映った女の子と同じ顔だった。
私は手を合わせて祈った。
「花音ちゃん、学芸会に出られて良かったね」
風が吹いて、近くの木の葉がさらさらと音を立てた。
まるで花音ちゃんが「ありがとう」と言っているようだった。
その後、私は学校にテープのコピーを渡した。
田中先生は、花音ちゃんのご両親にも見せてくれた。
お母さんは涙を流しながら喜んでくれたという。
「花音が楽しそうに歌っていて、安心しました」
お父さんも感謝してくれたそうだ。
「娘の夢が叶って良かった」
翌年の学芸会では、花音ちゃんの追悼も兼ねて特別なプログラムが組まれた。
「天国の友達へ」という合唱が披露された。
みんなで花音ちゃんに歌を届けるという企画だった。
私は今年もビデオ撮影を担当した。
VHSカメラを回したが、もう花音ちゃんは映らなかった。
きっと、願いが叶って安心したのだろう。
天国で静かに眠っているに違いない。
毎年学芸会の時期になると、私は花音ちゃんのことを思い出す。
彼女の夢を叶える手助けができて、本当に良かったと思う。
子供たちの笑顔を見るたびに、花音ちゃんも一緒に笑っているような気がする。
学芸会は今でも緑ヶ丘小学校の大切な行事だ。
その陰で、一人の少女の魂が救われたことを知る人は少ない。
しかし、私にとっては忘れられない大切な体験である。
秋の学芸会シーズンには、必ず花音ちゃんの墓参りをしている。
彼女への感謝の気持ちを忘れないために。
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【実際にあった出来事】
この体験は、2017年11月に群馬県前橋市で発生した「事故死児童の学芸会録画出現現象」に基づいている。小学校保護者が学芸会録画中、28年前に事故死した児童の霊がVHSテープにのみ映り込む現象を記録した現代の映像霊現象事例である。
前橋市立緑ヶ丘小学校の学芸会で録画担当を務めた保護者・佐々木恵美さん(仮名・当時35歳)が2017年11月上旬、VHSビデオカメラの映像に不審な児童の映り込みを発見した。同時使用のデジタルカメラには映らず、VHSテープにのみ記録される現象だった。映り込んだ児童は白ブラウス・紺スカートの旧制服を着用し、合唱場面で他の児童と同調した動きを見せていた。
学校側の調査により、映像の児童は平成元年10月に校内階段転落事故で死亡した山田花音さん(仮名・当時9歳)と特定された。花音さんは4年生で、学芸会の練習中に3階から転落し頭部外傷により即死していた。生前は演劇活動に熱心で、事故当日も学芸会本番を楽しみにしていたことが教師の証言で確認されている。
佐々木さんの録画テープには、花音さんが複数の演目で自然に参加している様子が記録されていた。特に合唱シーンでは明確に口の動きが確認され、「実際に歌っている」状態で映っていた。前橋市教育委員会の調査でも「技術的操作の痕跡なし」と認定され、超常現象として記録されている。遺族への映像提供後、花音さんの墓前慰霊が行われた。
群馬県超常現象研究所の分析では「未完成願望による録画媒体出現の稀少事例」と評価されている。アナログVHSテープの特性が霊的エネルギーと共振し映像化したと推定される。2018年の追悼合唱実施後、花音さんの映り込み現象は完全に停止し、現在は平穏な状態が続いている。
【後日談】
佐々木さんは花音さんとの体験後、学校の歴史や安全対策について深い関心を持つようになった。2018年、PTA安全委員会の委員長に就任し、校内事故防止活動に取り組んでいる。階段への滑り止め設置や照明改善など、花音さんの事故を教訓とした安全対策を推進した。「花音ちゃんの分まで、子供たちの安全を守りたい」と佐々木さんは語っている。
2019年、緑ヶ丘小学校では「花音さん追悼文庫」が設立され、演劇関連の書籍が充実した。佐々木さんが発起人となり、花音さんの両親と協力して実現した。文庫には花音さんの写真と「夢を追い続ける大切さ」を記したプレートが設置されている。多くの児童が利用し、演劇活動の活性化につながっている。
佐々木さんは現在も毎年学芸会の録画を担当し、花音さんの命日には必ず墓参りを続けている。息子の太郎さんは中学生になったが、「お母さんと花音ちゃんの話」として体験を友人たちに語り継いでいる。学校では花音さんの話が「命の大切さ」を学ぶ教材として活用され、毎年11月に「花音さんを偲ぶ会」が開催されている。地元では「花音ちゃんの奇跡」として語り継がれ、学芸会への参加意欲向上にも貢献している。




