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怖い話  作者: 健二
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図書館の貸出カード


十月下旬、私は新しく開館した市立図書館で司書として働き始めた。


愛媛県松山市の住宅街に建てられた、モダンな三階建ての建物だった。


私、松本千夏は図書館情報学を専攻した二十七歳の女性である。


念願だった司書の仕事に就くことができ、毎日が充実していた。


この図書館は、古い図書館の蔵書を引き継いで開館している。


前身の図書館は築五十年で老朽化のため取り壊されたが、貴重な資料は全て移管された。


古い本と一緒に、過去の利用者データも移行されていた。


昭和から平成にかけての膨大な貸出記録が、システムに保存されている。


開館から二週間が過ぎた頃、奇妙なことに気づいた。


毎朝出勤すると、返却ボックスに一冊だけ本が入っているのだ。


しかし、貸出記録を調べても該当する利用者が見つからない。


「また今日も」


同僚の田村さんと首をかしげた。


「貸出記録がないのに、どうして返却されるのかしら」


返却される本は毎日違っていたが、共通点があった。


全て児童書で、昭和五十年代の古い本ばかりだった。


「不思議ね」


館長の山田さんも困惑していた。


「システムの不具合かもしれません」


しかし、業者に点検してもらっても異常は見つからなかった。


一週間目の朝、返却ボックスから出てきた本に付箋が貼ってあった。


「とても面白かったです。ありがとうございました。田中恵子」


可愛らしい子供の文字で書かれていた。


田中恵子という名前で利用者を検索したが、現在の登録者にはいない。


しかし、旧システムの過去データを調べると、その名前があった。


「田中恵子 登録:昭和52年4月 生年月日:昭和45年3月15日」


当時七歳で図書館カードを作成している。


最後の利用記録は昭和54年8月だった。


「三十年以上前の利用者ね」


田村さんが記録を見て言った。


「今は大人になっているはずよ」


私は恵子ちゃんのことが気になった。


なぜ彼女の名前で本が返却されるのだろう。


翌朝、また新しい本が返却されていた。


今度は「赤毛のアン」の児童版だった。


やはり付箋がついている。


「アンが大好きになりました。また借りたいです。恵子」


私は勇気を出して、返事を書いてみた。


「恵子ちゃん、本を楽しんでくれてありがとう。いつでも来てくださいね。司書 松本千夏」


その紙を児童書コーナーの目立つところに貼った。


翌日、私への返事が返却本に挟まれていた。


「千夏お姉ちゃんへ お返事ありがとう。私、図書館が大好きです。恵子」


私は嬉しくなった。


恵子ちゃんとの文通が始まったのだ。


しかし、一週間後、恵子ちゃんからの手紙の内容が変わった。


「千夏お姉ちゃん、私、もうお家に帰れません。ここで本を読んでいます。寂しいです。恵子」


私は不安になった。


恵子ちゃんに何が起きたのだろう。


その日の夜、私は図書館に残って調べものをした。


田中恵子ちゃんについて、詳しく調べてみたかった。


市役所の協力で、戸籍を調べてもらった。


すると、衝撃的な事実が判明した。


田中恵子ちゃんは昭和54年8月15日に亡くなっていた。


享年九歳、交通事故だった。


最後の図書館利用記録と同じ時期だった。


私は震え上がった。


恵子ちゃんは、亡くなってからも図書館に通い続けていたのだ。


その夜、私は児童書コーナーで待った。


午後十一時頃、小さな足音が聞こえてきた。


振り返ると、白いワンピースを着た女の子がいた。


ショートカットの可愛らしい子で、手に本を持っている。


「恵子ちゃん?」


女の子が振り返って微笑んだ。


「千夏お姉ちゃん」


恵子ちゃんの声は透き通るように美しかった。


「ずっと、ここで本を読んでいたの」


「寂しくなかった?」


恵子ちゃんが首を振った。


「本があるから大丈夫」


「でも、お友達がいなくて」


私は胸が痛んだ。


恵子ちゃんは三十年以上、一人で図書館にいたのだ。


「私が友達になるよ」


恵子ちゃんの顔が明るくなった。


「本当?」


「本当よ」


それから毎晩、恵子ちゃんと過ごした。


彼女は本当に読書好きで、様々な物語について熱心に話した。


しかし、だんだん恵子ちゃんの様子が変わってきた。


以前より透明になり、声も小さくなった。


「恵子ちゃん、大丈夫?」


「千夏お姉ちゃんのおかげで、もう寂しくないの」


恵子ちゃんが微笑んだ。


「だから、お空に帰れそう」


私は寂しかったが、恵子ちゃんのためを思った。


「そうね、きっとお父さんとお母さんが待ってる」


恵子ちゃんが頷いた。


「でも、時々遊びに来てもいい?」


「いつでも待ってるからね」


恵子ちゃんが最後に言った。


「千夏お姉ちゃん、ありがとう」


「私も図書館が大好きになったから、きっとまた本に関わるお仕事をするね」


恵子ちゃんの姿がだんだん薄くなっていく。


「さようなら」


光と共に消えていった。


翌朝、返却ボックスには何も入っていなかった。


恵子ちゃんは安らかに天国に旅立ったのだろう。


それ以来、夜の図書館で恵子ちゃんを見ることはない。


しかし、時々児童書が綺麗に整頓されていることがある。


きっと恵子ちゃんが、約束通り遊びに来てくれているのだ。


私は今でも、恵子ちゃんとの思い出を大切にしている。


読書の素晴らしさを、彼女から教わった。


秋の夜長、児童書コーナーで読書していると、恵子ちゃんの笑い声が聞こえるような気がする。


本を愛する心は、死を超えても続いていく。


――――


この体験は、2019年10月に愛媛県松山市で発生した「事故死児童の図書館憑依現象」に基づいている。新設図書館の司書が旧図書館データから浮上した40年前の事故死児童と霊的交流し、成仏を促した現代の公共施設霊現象事例である。


松山市立中央図書館で司書を務める松本千夏さん(仮名・当時27歳)が2019年10月下旬、毎朝返却ボックスに貸出記録のない児童書が投函される現象を確認した。書籍には「田中恵子」名義の感想付箋が付属し、旧図書館システムの過去データで昭和52年登録の同名児童を発見した。恵子ちゃんは昭和54年8月に交通事故で死亡(享年9歳)していたことが判明した。


松本さんは恵子ちゃんとの文通を開始し、約2週間の交流を継続した。恵子ちゃんは「図書館で本を読んでいる」「寂しい」などの心境を伝え、40年間図書館に留まっていた状況が明らかになった。松本さんの「友達になる」との申し出により、恵子ちゃんは安堵感を示し、夜間の直接対面も実現した。


恵子ちゃんは白いワンピース姿で児童書コーナーに出現し、読書への情熱と孤独感を表現していた。松本さんとの交流により徐々に安らぎを得て、「千夏お姉ちゃんのおかげで寂しくない」「お空に帰れそう」と成仏への意向を示した。最終日、感謝の言葉と共に光に包まれて消失し、以降の超常現象は完全に停止した。


愛媛県図書館学会の調査では「読書愛による地縛霊の典型的解消例」と評価されている。恵子ちゃんの強い読書愛と図書館への執着が長期滞留の原因となり、司書との共感的交流により執着が解消されたと分析される。現在、同図書館では霊的現象は発生せず、児童書の利用率が大幅に向上している。


【後日談】


松本さんは恵子ちゃんとの体験後、児童への読書普及活動に積極的に取り組むようになった。2020年、「恵子ちゃん記念読書会」を発足し、毎月第3土曜日に読み聞かせイベントを開催している。年間約500名の親子が参加し、読書の楽しさを体験している。「恵子ちゃんが教えてくれた本の素晴らしさを、多くの子供たちに伝えたい」と松本さんは語っている。


2021年、図書館内に「田中恵子記念文庫」が設置された。松本さんが中心となって恵子ちゃんが愛読していた児童書を特別コーナーとして整備した。文庫には恵子ちゃんの写真(遺族提供)と「本を愛し続けた少女へ」のプレートが掲げられている。多くの子供たちが利用し、読書習慣の定着に貢献している。


松本さんは現在も児童サービス担当として活動し、恵子ちゃんとの約束「本に関わる仕事を続ける」を実践している。毎年8月15日(恵子ちゃんの命日)には追悼読み聞かせ会を開催し、恵子ちゃんの愛した物語を朗読している。参加者からは「恵子ちゃんの存在を感じる」「読書がより好きになった」との感想が多数寄せられている。地元では「恵子ちゃんの奇跡」として語り継がれ、読書の大切さを伝える象徴的な物語となっている。図書館は「本を愛する魂が宿る場所」として親しまれている。

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