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怖い話  作者: 健二
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深夜の学校放送


十一月の初旬、私は母校の小学校で夜間警備のアルバイトを始めた。


静岡県沼津市にある築四十年の木造校舎で、昼間は子供たちの元気な声が響いているが、夜は別世界だった。


私、中村拓也は地元の大学に通う二十歳の学生である。


時給が良かったのと、静かな環境で勉強もできると思って応募した。


警備の仕事は午後九時から翌朝六時まで。


校内を一時間おきに巡回し、異常がないかチェックするだけの簡単な仕事だった。


最初の一週間は何事もなく過ぎた。


しかし、十日目の夜、奇妙な現象が起きた。


午前一時の巡回中、職員室前を通りかかった時のことだ。


突然、校内放送のスピーカーから音が流れ始めた。


「ザザザ...こちらは校内放送です」


女性の声だった。


先生の声ではない。もっと幼い、小学生くらいの女の子の声だった。


「明日の運動会は予定通り行います」


しかし、運動会は既に一ヶ月前に終わっている。


私は急いで放送室に向かった。


ドアは施錠されているが、中から声が聞こえている。


「みなさん、頑張って練習しましょうね」


「特に、リレーの選手は遅れないように」


放送は続いていた。


私は震え上がった。


誰が放送しているのか?


「それでは、今日は楽しい歌を歌いましょう」


童謡が流れ始めた。


しかし、その歌声は一人ではなく、大勢の子供たちが歌っているように聞こえた。


「どんぐりころころ どんぐりこ♪」


懐かしい歌だったが、深夜に聞くと恐ろしかった。


十分ほどして、放送は突然止まった。


翌日、学校に報告すると、教頭先生が困った顔をした。


「実は、以前にも同じような報告があったんです」


「以前にも?」


「三十年前から、時々そういうことがあるんです」


教頭先生が古いファイルを取り出した。


「昭和六十三年に、この学校で火災事故があったんです」


私は息を呑んだ。


「放送室から出火して、放送委員の女の子が逃げ遅れました」


「その子の名前は山田桜ちゃん、小学四年生でした」


桜ちゃんは放送が大好きで、毎日楽しそうに校内放送をしていたという。


「事故の後、時々夜中に放送が流れるんです」


「桜ちゃんが、まだ放送を続けているのかもしれません」


その夜、私は覚悟を決めて放送室の前で待機した。


午前一時になると、予想通り放送が始まった。


「こちらは校内放送です。桜がお送りします」


今度は自分の名前を名乗った。


「今日は新しいお兄ちゃんに、お話があります」


私のことを指しているのだろうか?


「お兄ちゃん、聞いてますか?」


私は震え声で答えた。


「聞いてるよ、桜ちゃん」


「あ、聞こえました!嬉しいです!」


桜ちゃんの声が弾んだ。


「お兄ちゃん、私のお話を聞いてください」


「あの日、火事になって、怖くて動けませんでした」


「でも、みんなに最後の放送をしたかったんです」


私は涙が出そうになった。


「『火事です、逃げてください』って言いたかったんです」


「でも、間に合いませんでした」


桜ちゃんの声が悲しげになった。


「それから、ずっとここで放送を続けています」


「いつか、みんなに大切なことを伝えられるように」


私は放送室のドアに手を当てた。


「桜ちゃん、君の気持ちは伝わってるよ」


「本当ですか?」


「うん。君は最後まで、みんなのことを考えていたんだね」


「はい。放送委員として、最後まで頑張りたかったんです」


私は桜ちゃんの純粋な気持ちに心を打たれた。


「桜ちゃん、もう十分頑張ったよ」


「そろそろ、休んでもいいんじゃないかな?」


しばらく沈黙が続いた。


「お兄ちゃん、ありがとうございます」


「私、やっと安心できました」


「最後に、大好きな歌を歌わせてください」


桜ちゃんが『ふるさと』を歌い始めた。


美しい歌声だった。


歌が終わると、放送室から温かい光が漏れた。


「さようなら、お兄ちゃん」


「みなさん、さようなら」


光が消えると、校舎は静寂に包まれた。


桜ちゃんは安らかに成仏したのだろう。


それ以来、夜中の放送が流れることはなくなった。


私は警備の仕事を続けながら、桜ちゃんのことを忘れなかった。


彼女の純粋な心と、最後まで責任を果たそうとした姿勢を見習いたいと思った。


卒業後、私は放送局に就職することを決めた。


桜ちゃんのように、大切なことを人々に伝える仕事がしたいと思ったからだ。


今でも秋の夜長に、あの校舎の前を通ることがある。


静かな校舎を見上げながら、桜ちゃんに心の中で報告している。


「桜ちゃん、僕も放送の仕事を頑張ってるよ」


風が吹くと、桜ちゃんの歌声が聞こえるような気がする。


彼女は今、天国で安らかに眠っているだろう。


でも、私の心の中では、いつまでも元気な声で放送を続けている。


「こちらは校内放送です。桜がお送りしました」


――――


この体験は、2017年11月に静岡県沼津市で発生した「殉職児童による深夜放送現象」に基づいている。夜間警備員の大学生が事故死した放送委員児童の霊と交流し、未完遂業務への執着を解消させた現代の職業霊救済事例である。


沼津市立○○小学校で夜間警備を担当していた大学生・中村拓也さん(仮名・当時20歳)が2017年11月上旬、深夜1時頃から校内放送設備が無人作動する現象を体験した。放送内容は運動会の案内や童謡の合唱など、通常の学校放送と同様だったが、放送室は施錠されており物理的に無人だった。音声は小学生女児のもので「桜」と名乗っていた。


学校側の調査により、昭和63年11月に同校で発生した火災事故の犠牲者「山田桜さん」(仮名・当時9歳)と判明した。桜さんは放送委員会所属で、火災発生時に放送室から避難警報を流そうとして逃げ遅れ、一酸化炭素中毒で死亡していた。事故報告書では「最後まで放送設備の前にいた」と記録されている。


中村さんは桜さんとの直接対話を試み、10日間にわたる交流を継続した。桜さんは「火災警報を伝えきれなかった」ことへの強い後悔を表明し、30年間にわたり「未完遂業務」として放送を続けていたことを証言した。中村さんが「責任は果たした」と慰霊の言葉をかけると、桜さんは成仏宣言を行い現象は終息した。


静岡県超常現象研究会の調査では「職業意識による地縛霊の典型例」と評価されている。桜さんは放送委員としての使命感から成仏できずにいたが、中村さんの承認により心理的解放を得たと分析されている。同校では事故後30年間、同様の深夜放送現象が断続的に発生していたが、中村さんとの交流以降は完全に停止している。


中村さんは大学卒業後、地元民放ラジオ局に就職し現在アナウンサーとして活動している。就職の動機として「桜ちゃんとの出会いで放送の使命を理解した」と語っている。同校では毎年11月に桜さんの慰霊祭を実施し、中村さんも参加を続けている。沼津市では同事例を「児童殉職霊救済モデルケース」として記録している。


【後日談】


中村さんが放送局に就職してから5年後の2022年秋、興味深い出来事があった。中村さんが担当する夕方の情報番組で、リスナーからの投稿を紹介していた時のことだ。


「桜という名前の女の子から、お手紙をいただきました」という投稿が送られてきた。投稿者は沼津市内の小学校教師で、「クラスの桜ちゃんが『ラジオのお兄ちゃんに、ありがとうって伝えたい』と言っている」という内容だった。


その桜ちゃんは放送委員会に所属しており、「将来はアナウンサーになりたい」と話していたという。中村さんは不思議な縁を感じ、その小学校を訪問することになった。


現在の桜ちゃんは9歳で、偶然にも事故で亡くなった桜さんと同じ年齢だった。さらに驚いたことに、その小学校は中村さんが警備をしていた学校の隣にある新設校だった。


「お兄ちゃん、私の夢を叶えてくれてありがとう」


現在の桜ちゃんがそう言った時、中村さんは涙が止まらなかった。まるで、天国の桜さんが新しい桜ちゃんを通じて感謝を伝えているようだった。


中村さんは現在も、その桜ちゃんの放送指導を定期的に行っている。「二人の桜ちゃんの夢を、僕が繋いでいるんだ」と話している。地元では「桜ちゃんの輪廻転生」として話題になり、多くの人々に希望を与える美談となっている。

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