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怖い話  作者: 健二
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古いラジオの声


十一月初旬、私は中古品店で古いラジオを購入した。


昭和四十年代製のAM/FMラジオで、木製のケースが美しい。


私、吉田健太郎は大学生で、レトロな物に興味があった。


値段も三千円と手頃だったので、迷わず買った。


アパートに持ち帰って電源を入れると、綺麗に音が出た。


「良い買い物をした」


私は満足していた。


最初の数日は、普通にラジオ番組を聞いていた。


音楽番組やニュースが、クリアに受信できる。


しかし、一週間後の夜、奇妙なことが起きた。


午前零時を過ぎた頃、突然ラジオの電源が入った。


私は既に寝ていたのに、勝手に音が鳴り始めた。


「おかしいな」


起きて確認すると、確かにラジオが動いている。


しかし、普通の放送ではなかった。


「こちらは、昭和五十二年十月十五日の放送です」


男性のアナウンサーの声が流れている。


昭和五十二年?


それは四十年以上前の放送だった。


「今日の天気は雨です」


「皆様、お気をつけてお出かけください」


古い放送内容が続いている。


音楽も、その時代の歌謡曲だった。


「録音された放送が流れてるのかな?」


私はチューニングを変えてみた。


しかし、どの周波数でも同じ放送が聞こえる。


十分ほど聞いた後、放送は突然終わった。


ラジオの電源も勝手に切れた。


翌夜も、同じ時間に同じことが起きた。


今度は昭和五十二年十月十六日の放送だった。


「今日は大変な事件がありました」


アナウンサーが深刻な声で話している。


「市内で火事が発生し、一家四人が犠牲になりました」


「田中一家の皆様のご冥福をお祈りいたします」


私は背筋が寒くなった。


四十年前の火事のニュースが流れている。


「田中家の長男、健一君は十五歳でした」


「将来有望な青年だったそうです」


私と同じ名前だった。


しかも、私も十五歳の時にこのアパートの近所に住んでいた。


偶然だろうか?


三日目の夜、私は録音の準備をしてラジオの前で待った。


午前零時きっかりに、ラジオが動き出した。


今度は昭和五十二年十月十七日の放送だった。


「田中家の火事について、続報です」


「原因は不明ですが、長男の健一君が最後まで家族を助けようとしていたことが分かりました」


私は涙が出そうになった。


田中健一君は、家族を守ろうとして亡くなったのだ。


「健一君の同級生からは、『優しくて責任感の強い子だった』という証言が寄せられています」


私は急に、自分の記憶を辿った。


十五歳の時、確かに火事があった。


同級生が亡くなったような気がする。


でも、詳しいことは覚えていない。


「健一君は将来、ラジオの仕事に就きたいと話していたそうです」


私は驚いた。


私も子供の頃、ラジオ局で働きたいと思っていた。


まさか、偶然だろうか?


四日目の夜、放送の内容が変わった。


「健一です」


若い男性の声が聞こえた。


アナウンサーではない、普通の青年の声だった。


「僕の声が聞こえますか?」


私は震え上がった。


田中健一君が直接話しかけている?


「同じ名前の人に、伝えたいことがあります」


「僕は、家族を救えませんでした」


「とても後悔しています」


私は答えたくなったが、声が出なかった。


「でも、あなたには家族を大切にしてほしい」


「僕ができなかったことを、あなたがやってください」


健一君の声は優しかった。


恨みや怒りはなく、ただ純粋な願いを込めていた。


「ラジオは、人の心を伝える道具です」


「僕も、この声であなたに気持ちを伝えています」


「だから、あなたも大切な人に気持ちを伝えてください」


私は涙を流していた。


健一君の純粋な想いが、心に響いた。


「時間がありません」


「最後に、ありがとうと言わせてください」


「僕の声を聞いてくれて、ありがとう」


健一君の声がだんだん小さくなっていく。


「さようなら」


放送が終わり、ラジオの電源が切れた。


翌日、私は地元の図書館で昭和五十二年の新聞を調べた。


十月十五日の朝刊に、火事の記事があった。


「田中一家四人死亡 長男は家族救助を試みる」


記事の内容は、ラジオで聞いた通りだった。


田中健一君は確かに存在していた。


そして、家族を救おうとして命を失った。


私は健一君の墓を探した。


市内の霊園で見つけた時、胸が熱くなった。


「田中健一 享年十五歳」


墓石に刻まれた名前を見つめながら、私は誓った。


健一君の想いを受け継いで、家族を大切にすること。


そして、いつかラジオの仕事に就いて、人の心を伝えること。


それ以来、古いラジオから謎の放送が流れることはなくなった。


健一君は、私に伝えたいことを伝えて、安らかに眠りについたのだろう。


私は今でも、そのラジオを大切に使っている。


健一君との約束を忘れないために。


そして、いつか本当にラジオ局で働いて、多くの人に想いを伝えたいと思っている。


健一君のように、純粋で強い気持ちを持った青年になりたい。


――――


この体験は、2021年11月に兵庫県神戸市で発生した「古典ラジオ過去放送受信事件」に基づいている。大学生が購入した中古ラジオから40年前の実在事件の放送と犠牲者からの直接交信を受信し、過去の同名少年との霊的交流を体験した現代の電波霊現象事例である。


兵庫県神戸市在住の大学生・吉田健太郎さん(仮名・当時20歳)が2021年11月上旬、中古品店で昭和40年代製の木製ラジオを購入した。一週間後の深夜0時頃から、ラジオが自動的に作動し「昭和52年10月の放送」を受信する現象が開始した。放送内容は当時の実在火災事故のニュースで、田中健一君(仮名・当時15歳)を含む一家4人の死亡事故を詳細に伝えていた。


4日目の深夜、放送内容が変化し田中健一君本人を名乗る声が出現した。「同じ名前の人に家族を大切にしてほしい」「ラジオの仕事を通じて人の心を伝えてほしい」というメッセージを吉田さんに直接伝達した。吉田さんは幼少期からラジオ業界への憧れを持っており、田中君との共通点に驚愕した。翌日の図書館調査で昭和52年10月15日の火災事故が実在することを確認した。


神戸市消防局の記録によると、昭和52年10月15日午前2時頃、市内住宅で火災が発生し田中一家4人が死亡した。長男の健一君は家族の救助を試み最後まで避難せず、一家全員が一酸化炭素中毒で死亡していた。当時の新聞記事では健一君の「将来はラジオ関係の仕事に就きたい」との夢も報じられていた。


吉田さんは田中健一君の墓所を特定して参拝し、「健一君の想いを受け継ぐ」と誓った。その後、ラジオからの異常放送は完全に停止した。兵庫県超常現象研究会の調査では「電子機器を通じた霊的交信の典型例」と評価されている。吉田さんは現在、放送業界への就職を目指して活動を続けている。


吉田さんは卒業後、実際に地元ラジオ局への就職を果たし、現在は深夜番組のパーソナリティとして活動している。番組では田中健一君との出会いについて語り、「リスナーの心に寄り添う放送」を心がけている。問題のラジオは現在も吉田さんが大切に保管し、放送前には必ず電源を入れて「健一君への報告」を行っている。神戸市では同事例を「霊的交流による職業選択事例」として記録し、超常現象と現実生活の関連性研究に活用している。

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