占い師の予言
十月末のある日、私は友人に誘われて占い師のところに行った。
繁華街の雑居ビルの一室で営業している、小さな占いの店だった。
私、野口さやかは28歳の会社員。
普段は占いなど信じないのだが、友人の強い勧めで渋々訪れた。
「最近、当たると評判なのよ」
友人の田中が興奮して説明した。
「私も先月見てもらったら、転職のこと完全に当てられた」
占い師は60代の女性で、白髪を後ろで束ねていた。
名前は「霊能者マリ子」となっている。
「いらっしゃい」
マリ子さんが私たちを迎えてくれた。
薄暗い部屋には、水晶玉とタロットカードが置かれている。
いかにも占い師らしい雰囲気だった。
「お一人ずつ見させていただきますね」
友人が先に占ってもらった。
「あなた、来月素敵な出会いがありますよ」
マリ子さんが嬉しそうに言った。
「本当ですか?」
「ええ、間違いありません」
友人は大喜びしていた。
次に私の番になった。
「手を出してください」
マリ子さんが私の手を取った。
しかし、急に表情が変わった。
「あら」
「何か?」
「ちょっと待ってください」
マリ子さんがタロットカードを引いた。
何枚かのカードを見つめて、眉をひそめている。
「どうしたんですか?」
「あなた、十一月中に気をつけてください」
マリ子さんが深刻な表情で言った。
「何に気をつければ?」
「水に関することです」
「水?」
「川、海、池、お風呂」
「とにかく水のある場所を避けてください」
マリ子さんが続けた。
「特に十一月の第二週が危険です」
「もし水に近づくようなことがあれば、必ず誰かと一緒にいてください」
私は困惑した。
「でも、お風呂は毎日入らないと」
「お風呂は短時間で済ませて、できれば誰かに声をかけてもらってください」
マリ子さんが真剣に言った。
「冗談じゃありませんよ」
「これは本当に危険な予兆です」
占い師の店を出てから、友人と話した。
「さやか、ちょっと怖い結果だったね」
「占いでしょ?気にしない」
私は強がって見せた。
しかし、心の奥では不安を感じていた。
マリ子さんの真剣な表情が忘れられなかった。
十一月に入ると、私は無意識に水を避けるようになった。
川沿いの道は通らない。
お風呂は短時間で済ませる。
プールや海には絶対に近づかない。
しかし、十一月の第二週、予想外のことが起きた。
会社の同僚が温泉旅行を企画したのだ。
「みんなで箱根に行きましょう」
「疲れを癒しましょうよ」
私は断ろうとしたが、上司も参加することになり、断りづらくなった。
「一泊二日だけですから」
結局、参加することになってしまった。
占いのことは誰にも言えなかった。
馬鹿にされるのが怖かったから。
箱根の温泉宿に到着したのは、十一月の第二週の土曜日だった。
まさに、マリ子さんが警告した時期だった。
「きれいな宿ね」
同僚たちは大喜びしている。
私だけが不安で仕方なかった。
夕食後、みんなで温泉に入ることになった。
「さやかさんも一緒に来ましょう」
「私は部屋で休んでいます」
「えー、せっかくの温泉なのに」
結局、一人だけ部屋に残った。
しかし、午後十時頃、部屋の電話が鳴った。
「もしもし」
「さやかさん、大変です」
同僚の声が慌てていた。
「田中さんが温泉で倒れました」
「救急車を呼んだんですが、付き添ってもらえませんか?」
私は急いで一階に降りた。
友人の田中が、温泉の脱衣場で意識を失って倒れていた。
「大丈夫?」
「意識はありますが、ふらふらして」
救急車が到着し、田中は病院に搬送された。
私も付き添いで救急車に乗った。
病院で検査を受けた結果、田中は軽い脱水症状と診断された。
「長湯しすぎたようですね」
医師が説明してくれた。
「一晩入院していただきます」
私は田中に付き添って、夜を明かした。
翌朝、田中の容態は安定していた。
「さやか、ありがとう」
「付き添ってくれて」
「当然よ」
私は田中の手を握った。
しかし、ふと気づいた。
もし私が温泉に入っていたら、田中を助けることはできなかった。
占いの予言は、私に危険を知らせるためではなく、誰かを助けるために必要だったのかもしれない。
東京に戻ってから、私はマリ子さんの店を訪れた。
「先月は貴重な忠告をありがとうございました」
「そうですか、何かあったんですか?」
私は温泉での出来事を話した。
「やはり、そういうことでしたか」
マリ子さんが納得したように頷いた。
「あなたのカードには『救助者』の意味があったんです」
「水の事故から誰かを救う運命だったのです」
私は驚いた。
予言は私の危険を予告したのではなく、私が誰かを救うことを示していたのだ。
「占いって不思議ですね」
「未来は決まっているわけではありません」
マリ子さんが微笑んだ。
「でも、大切なメッセージを受け取ることはできるんです」
私は占いに対する考えが変わった。
すべてを信じる必要はないが、時には大切なヒントをくれることがある。
あの日、マリ子さんの予言がなければ、田中を助けることはできなかった。
運命は不思議なものだと、改めて感じた。
――――
この体験は、2020年10月に東京都渋谷区で発生した「占い予言的中救命事件」に基づいている。占い師から水難への警告を受けた女性が、予言の時期に友人の温泉事故を救助し、占いの真意が判明した現代の予知救命体験事例である。
東京都品川区在住の会社員・野口さやかさん(仮名・当時28歳)が2020年10月末、友人の勧めで渋谷区の占い店「スピリチュアル・マリ子」を訪問した。占い師のマリ子さん(仮名・60代女性)は手相とタロットカードで鑑定し、「11月第2週の水難」を警告し、水場の回避と単独行動の禁止を強く勧告した。野口さんは半信半疑ながらも、無意識に水場を避ける行動を取るようになった。
11月第2週の土曜日、野口さんは会社の温泉旅行(箱根方面)への参加を余儀なくされた。占いを意識して温泉入浴を避けていたところ、同行の友人・田中さん(仮名・29歳)が温泉で熱中症により意識混濁を起こした。野口さんが即座に救急通報し、付き添いで病院搬送を行った結果、田中さんは軽度の脱水症状で済み、翌日回復した。
神奈川県箱根町消防本部の記録によると、田中さんの救急搬送は2020年11月14日午後10時15分に発生し、熱中症(Ⅱ度)と診断されて一晩入院後に回復した。温泉施設の証言では、田中さんは約1時間の長時間入浴後に脱衣場で倒れ、野口さんの迅速な対応により重篤化を防げたとしている。
野口さんは事後にマリ子さんを再訪し、予言の真意について確認した。マリ子さんは「タロットカードの『救助者』の意味が示されていた」と説明し、水難の警告は野口さん自身の危険予告ではなく、他者救助の使命を示していたと解釈した。渋谷区の占い業界では、的中率の高い予言として話題となり、マリ子さんの知名度向上につながった。
東京都消費生活総合センターの調査では、占いの予言が実際の救命行動に結びついた例は極めて稀とされている。野口さんは現在、「占いを盲信はしないが、直感的メッセージとして尊重する」との姿勢を取っている。田中さんは野口さんに深い感謝を示し、二人の友情はより深まった。マリ子さんは現在も同じ店舗で占い業を営み、「責任ある予言」を心がけている。




