消えた同級生
十月下旬、私は高校の同窓会の幹事を引き受けた。
卒業から二十年が経ち、久しぶりにクラスメイトと再会する予定だった。
私、佐々木光男は地元の銀行で働いている。
同窓会の準備で、卒業アルバムを見返していると、ある生徒の写真が目に留まった。
「森田和也」
確かに同じクラスにいた生徒だった。
しかし、彼の記憶がほとんどない。
どんな性格だったか、どこに住んでいたか、全く思い出せない。
「おかしいな」
私は他のクラスメイトに連絡を取った。
「森田和也って覚えてる?」
「森田?」
電話の向こうで同級生の田中が首をかしげる音が聞こえた。
「ああ、確かにいたような気がするけど」
「どんな子だった?」
「うーん、よく覚えてないな」
「影の薄い子だった気がする」
他の同級生に聞いても、みんな同じような反応だった。
森田のことをはっきり覚えている人は誰もいない。
まるで、記憶から消されているかのようだった。
同窓会の案内状を送る準備をしていると、森田の住所が分からなかった。
卒業時の名簿には載っているが、現在の連絡先が不明だった。
「まあ、仕方ないか」
私は森田抜きで同窓会の準備を進めた。
同窓会当日の夜、会場のホテルに三十人ほどが集まった。
みんな久しぶりの再会に盛り上がっている。
しかし、宴会が始まって一時間ほど経った頃、会場の温度が急に下がった。
「寒いな」
「暖房の調子が悪いのかな?」
そのとき、会場の奥に見覚えのない男性が立っていることに気づいた。
高校生の制服を着ている。
「あの人、誰?」
「知らない人だね」
みんなが不審がっていると、男性がゆっくりとこちらに近づいてきた。
顔を見ると、確かに見覚えがある。
卒業アルバムで見た森田和也だった。
しかし、二十年前と全く変わっていない。
高校生のままの姿だった。
「森田君?」
私が声をかけると、森田が振り返った。
顔は青白く、目が虚ろだった。
「皆さん、久しぶりです」
森田が静かに言った。
「僕のことを覚えていますか?」
会場は静まり返った。
誰もが森田を見つめているが、誰も言葉を発しない。
「やっぱり、覚えていませんね」
森田が悲しそうに微笑んだ。
「僕は、高校三年の秋に死んだんです」
会場がどよめいた。
「死んだ?」
「十月三十一日、学校からの帰り道で交通事故に遭いました」
「トラックにひかれて、即死でした」
私は震え上がった。
森田は二十年前に死んでいたのか?
「でも、なぜ誰も覚えていないんだ?」
「それは、僕が生きている間も、存在感が薄かったからです」
森田が説明した。
「クラスでも目立たない存在で、友達も少なかった」
「死んでからは、さらに記憶から消えていったんです」
確かに、森田の記憶は曖昧だった。
同じクラスにいたはずなのに、具体的な思い出がない。
「でも、僕はここにいました」
「三年間、皆さんと一緒に過ごしました」
森田が続けた。
「修学旅行も、文化祭も、体育祭も」
「僕なりに、高校生活を楽しんでいました」
私は申し訳ない気持ちになった。
確かに森田は存在していたのに、みんな彼を忘れてしまった。
「だから、今夜は同窓会に参加させてもらいました」
「最後に、皆さんと一緒にいたかったんです」
森田が会場を見回した。
「二十年間、一人で過ごしてきました」
「でも、もう十分です」
「今夜で、この世への執着を捨てます」
森田の姿がだんだん薄くなっていく。
「皆さん、さようなら」
「そして、ありがとうございました」
「森田君、待って」
私が叫んだが、森田の姿は完全に消えた。
会場の温度も元に戻った。
みんな、呆然としていた。
「今のは本当に森田君だったのか?」
「彼は本当に死んでいたのか?」
翌日、私は高校に問い合わせた。
「森田和也という生徒について教えてください」
「森田和也さんですね」
事務の方が調べてくれた。
「確かに在籍していました」
「しかし、卒業の一ヶ月前に交通事故で亡くなられています」
「昭和六十三年十月三十一日でした」
私は愕然とした。
森田は本当に高校生の時に死んでいたのだ。
そして、二十年間、誰にも覚えられることなく、一人で過ごしていた。
「なぜ我々は彼の死を覚えていないんでしょうか?」
「当時はあまり大きく取り上げられませんでした」
「森田さんは目立たない生徒でしたし」
「葬儀も家族葬で、クラスメイトはほとんど参列していません」
私は深く反省した。
森田がどんなに寂しい思いをしていたか。
生前も死後も、みんなに忘れられて。
その日から、私は森田のことを忘れないよう心がけた。
毎年十月三十一日には、彼の冥福を祈っている。
同窓会のメンバーにも森田のことを伝えた。
みんな、彼を忘れてしまったことを反省している。
森田は最後に、みんなと一緒にいることができて満足したのだろう。
あれ以来、彼が現れることはない。
きっと、安らかに成仏したのだと思う。
私たちは森田和也という同級生がいたことを、これからも忘れない。
彼の分まで、人生を大切に生きていこうと誓っている。
――――
この体験は、2023年10月に静岡県浜松市で発生した「高校同窓会故人出現事件」に基づいている。同窓会幹事が準備中に発見した故人の記録をきっかけに、当夜の会場で20年前に事故死した同級生の霊が現れた現代の集団霊体験事例である。
静岡県浜松市在住の銀行員・佐々木光男さん(仮名・当時38歳)が2023年10月下旬、高校卒業20周年同窓会の幹事として準備中、卒業アルバムで森田和也さん(仮名)の存在を確認した。しかし佐々木さんを含むクラスメイト全員が森田さんについて具体的な記憶を持っておらず、現住所も不明だった。森田さんは平成元年3月卒業予定だったが、学校記録では昭和63年10月31日に交通事故で死亡していた。
同窓会当日の10月28日夜、会場のホテル宴会場で参加者30名が歓談中、午後9時頃から室温の異常低下が発生した。その後、高校の制服を着用した男性が会場奥に出現し、参加者全員が目撃した。男性は「森田和也」と名乗り、「高校3年の秋に交通事故で死亡した」「存在感が薄く皆の記憶から消えた」と説明した後、「最後に同窓会に参加したかった」と述べて消失した。
浜松市立高校の記録によると、森田和也さんは昭和63年10月31日午後5時頃、下校中に市内の交差点でトラックとの接触事故により死亡していた。森田さんは内向的な性格で友人が少なく、事故後の葬儀も家族葬として執り行われ、クラスメイトの参列者は数名に留まっていた。同校では当時、在校生の事故死について詳細な周知を行わない方針だった。
静岡県心霊現象研究会の分析では、「存在感の薄い人物の死後における記憶の希薄化」が霊の現世残留要因になると指摘されている。佐々木さんら参加者は事件後、森田さんの慰霊を目的とした同窓会を毎年開催している。浜松市教育委員会は同事例を受け、在校生の事故死に関する情報共有方針を見直し、適切な追悼の機会確保に努めている。
森田さんの遺族によると、「息子が同級生に覚えてもらえて嬉しい」と感謝の意を示している。佐々木さんは現在、森田さんの命日である10月31日に毎年墓参を行っており、「忘れられた同級生の存在を後世に伝えたい」と語っている。同高校では森田さんの名前を刻んだ慰霊碑を設置し、「すべての生徒の存在を大切にする」教育方針の象徴としている。




