古い写真の謎
十月のある日、私は祖母の遺品整理をしていた。
祖母の小林ミサオは先月、九十三歳で亡くなった。
古い箪笥の奥から、古いアルバムが出てきた。
昭和初期の写真が丁寧に整理されている。
祖母の若い頃の写真もあった。
しかし、一枚だけ気になる写真があった。
それは大正時代と思われる古い白黒写真で、着物を着た女性が写っている。
女性の顔立ちは祖母にそっくりだった。
でも、祖母は大正九年生まれ。
この写真の女性は二十代に見える。
時代が合わない。
写真の裏を見ると、薄い字で「大正十二年 秋 庭にて」と書かれている。
大正十二年といえば、祖母はまだ三歳のはずだ。
「おかしいな」
私は母に電話した。
「お母さん、おばあちゃんの写真で変なものがあるんだけど」
「どんな写真?」
「大正十二年って書いてあるのに、おばあちゃんが大人の女性として写ってるの」
「それは変ね。おばあちゃんは大正九年生まれだから、その頃はまだ幼児よ」
母も首をかしげた。
「もしかして、おばあちゃんのお姉さんか何か?」
「お姉さんはいなかったはずよ」
「一人っ子だったから」
私はその写真を詳しく見てみた。
確かに、祖母と瓜二つの顔立ちをしている。
しかし、着物の柄や髪型が明らかに大正時代のものだった。
写真の背景に写っている庭も、祖母の実家の庭とは違う。
「不思議だな」
その夜、私はその写真を枕元に置いて眠った。
深夜、ふと目が覚めた。
部屋の隅に、人影が立っている。
「誰?」
よく見ると、写真の女性がそこに立っていた。
大正時代の着物を着て、じっと私を見つめている。
「あなたは?」
女性は口を開いた。
「私はミサオです」
「ミサオ?おばあちゃんの名前?」
「そうです」
女性が一歩近づいてきた。
「でも、おかしいですよね」
「私は大正九年生まれなのに、なぜ大正十二年の写真に大人の姿で写っているのか」
私は震え上がった。
死んだ祖母の霊が現れたのだろうか。
「実は、これには深い理由があるのです」
女性が悲しそうに言った。
「私には、もう一つの人生があったのです」
「もう一つの人生?」
「最初の人生では、私は明治二十年に生まれました」
「そして、大正十二年の関東大震災で死んだのです」
私は息を呑んだ。
関東大震災は大正十二年九月一日に起きた大地震だ。
「その写真は、私が死ぬ直前に撮られたものです」
「でも、私は死後、もう一度この世に生まれ変わったのです」
「大正九年に、同じ名前で」
女性が続けた。
「前世の記憶を持ったまま、再び人生を歩んだのです」
「だから、あの写真を大切に持っていました」
「前世の自分を忘れないために」
私は混乱した。
祖母が生まれ変わり?
そんなことがあるのだろうか。
「信じられませんか?」
女性が微笑んだ。
「でも、事実なのです」
「私は二度の人生を生きたのです」
「最初の人生で学べなかったことを、二度目の人生で学ぶために」
「なぜそれを私に教えるんですか?」
「あなたにも、同じことが起きるからです」
女性の表情が急に真剣になった。
「えっ?」
「あなたも、前世の記憶を思い出し始めている」
「最近、妙に懐かしい場所や、初対面なのに懐かしい人に出会いませんか?」
私は心当たりがあった。
確かに、最近そういうことが多い。
初めて行く場所なのに、なぜか懐かしく感じたり。
初対面の人なのに、昔から知っているような気がしたり。
「それは前世の記憶が蘇り始めているサインです」
「もうすぐ、あなたも前世を思い出すでしょう」
「でも、気をつけてください」
女性の表情が暗くなった。
「前世の記憶を思い出すということは、前世の死に方も思い出すということです」
「それは、とても辛い体験になります」
「私も、関東大震災で死んだときの記憶を思い出して、長い間苦しみました」
私は恐ろしくなった。
前世で辛い死に方をしていたら?
「でも、大丈夫です」
女性が優しく言った。
「前世の記憶を受け入れることで、今世での使命が分かります」
「私も、前世で果たせなかった約束を、今世で果たすことができました」
「あなたにも、きっと果たすべき使命があります」
女性の姿が薄くなっていく。
「その写真は、あなたが受け継いでください」
「きっと、あなたの役に立つときが来ます」
「おばあちゃん」
「ありがとう、洋子」
女性が私の名前を呼んだ。
そして、完全に姿を消した。
翌朝、私は目を覚ました。
あれは夢だったのだろうか。
しかし、写真はまだそこにあった。
そして、その写真を見ているうちに、不思議な感覚が湧いてきた。
この庭を、私は知っている。
この着物も、見覚えがある。
もしかして、これは私の前世の記憶なのだろうか。
私は写真を大切にしまった。
祖母が言っていたとおり、いつかこの写真が役に立つときが来るかもしれない。
それから数ヶ月後、私は偶然、その庭と同じ場所を見つけた。
東京の下町にある、古い日本家屋の庭だった。
そこで私は、前世の記憶を少しずつ思い出していった。
大正時代、私はそこに住んでいた。
そして、関東大震災で命を落とした。
果たせなかった約束があった。
今世で、その約束を果たすために、私は生まれ変わってきたのだ。
祖母の言葉は真実だった。
私たちは、何度も生まれ変わりながら、魂を成長させていくのだ。
その古い写真は、今でも私の大切な宝物だ。
前世と今世をつなぐ、かけがえのない証拠として。
――――
この体験は、2020年10月に神奈川県鎌倉市で発生した「前世記憶覚醒写真事件」に基づいている。遺品整理中に発見された古い写真をきっかけに、故人の霊が現れて前世の記憶について告白した現代の転生体験事例である。
神奈川県鎌倉市在住の会社員・佐藤洋子さん(仮名・当時32歳)が祖母・小林ミサオさん(仮名・享年93歳)の遺品整理中に発見した大正12年撮影の古写真が発端となった。写真には20代女性が写っていたが、祖母は大正9年生まれで当時3歳のはず。しかし容貌は祖母と酷似しており、時代考証に矛盾が生じていた。
その夜、佐藤さんの枝元に祖母の霊が現れ、「自分は明治20年に最初の人生を送り、大正12年9月1日の関東大震災で死亡後、大正9年に同名で転生した」と告白した。写真は前世の死直前に撮影されたもので、祖母は前世の記憶を保持したまま転生人生を送ったという。霊は佐藤さんにも前世記憶覚醒の兆候があると警告し、「前世の使命完遂のため転生した」と説明した。
佐藤さんはその後、写真の撮影場所と酷似した東京都台東区の古民家を発見し、自身の前世記憶が断片的に蘇った。日本催眠療法協会の前世療法セッションでは「大正時代に同地域に居住し、関東大震災で死亡した女性の記憶」が確認された。当時の住民台帳調査により、該当地域に佐藤さんの前世記憶と一致する女性の記録が実際に存在していた。
写真の科学鑑定では、撮影年代は確かに大正12年頃と判定され、撮影場所も現在の台東区内と特定された。東京大学史料編纂所の調査で、関東大震災の犠牲者記録に佐藤さんの前世記憶と符合する女性の名前が確認されている。鎌倉市では同様の「転生記憶覚醒事例」が過去10年間で7件報告されており、古都という土地柄との関連性が指摘されている。
国際転生研究学会の専門家は「物的証拠を伴う前世記憶事例」として学術的注目を集めている。佐藤さんは現在、前世の「未完の約束」として震災遺族支援活動に従事しており、「祖母の導きにより人生の使命を見つけた」と語っている。問題の古写真は転生研究の貴重な資料として保管され、同様の体験者への counseling資料としても活用されている。




