柿の木の下で
十月中旬、私は新居に引っ越した。
埼玉県の住宅街にある一軒家で、築二十年ほどの物件だった。
庭には大きな柿の木が一本立っている。
不動産屋によると、この時期になると甘い柿がたくさん実るという。
「前の住人の方が大切に育てていらした木ですよ」
「毎年、近所の方にもおすそ分けされていたそうです」
私、松本真一は独身のサラリーマン。
庭付きの一軒家は憧れだった。
特に、果実のなる木があるのは嬉しかった。
引っ越して三日目の夜、庭を眺めていると、柿の木の下に人影が見えた。
「誰だろう?」
窓を開けて見てみると、小学生くらいの男の子が立っている。
夜の九時過ぎなのに、なぜ子供が?
「君、どうしたの?」
私が声をかけると、男の子が振り返った。
顔は見えないが、何かを訴えるような仕草をしている。
「お家はどこ?」
しかし、男の子は答えない。
ただ、柿の木を見上げている。
「危ないから、お家に帰りなさい」
そう言った瞬間、男の子の姿が消えた。
「あれ?」
庭を見回したが、もういない。
「見間違いかな」
翌日、隣の家の奥さんに聞いてみた。
「昨夜、庭に子供がいたようなんですが」
「子供?」
隣の奥さんが首をかしげた。
「このあたりに小学生はいませんよ」
「みんな中学生以上です」
「そうですか」
「もしかして、前の住人のお孫さんのことですか?」
奥さんが思い出したような表情を見せた。
「前の住人?」
「ええ、田村さんというご夫婦でした」
「お孫さんがよく遊びに来ていて、あの柿の木によく登っていました」
「でも」
奥さんの表情が暗くなった。
「三年前に事故で亡くなったんです」
私は背筋が寒くなった。
「事故?」
「柿の木から落ちて、頭を打って」
「七歳の男の子でした」
「祐太君といいました」
私は震え上がった。
昨夜見た男の子は、祐太君の霊だったのか。
「それで、田村さんご夫婦は引っ越されたんですか?」
「ええ、あまりにも辛くて住んでいられなくなったそうです」
「柿の木も切ろうとされたんですが、祐太君の思い出だからと残されました」
その夜、私は庭を注意深く見ていた。
午後九時頃、また男の子が現れた。
今度ははっきりと顔が見えた。
七歳くらいの男の子で、確かに昨夜と同じ子だった。
祐太君が柿の木の下に立ち、上を見上げている。
まるで、木に登ろうとしているかのように。
「祐太君?」
私が名前を呼ぶと、男の子が振り返った。
悲しそうな目をしている。
「もう木に登っちゃだめだよ」
「危ないから」
しかし、祐太君は首を横に振った。
そして、何かを訴えるような仕草をしている。
言葉は聞こえないが、口の動きから「たすけて」と言っているようだった。
「助けて?何から?」
祐太君が柿の木を指差した。
木の根元を見ると、土が少し盛り上がっている。
まるで、何かが埋まっているかのように。
「そこに何かあるの?」
祐太君が頷いた。
「分かった、明日掘ってみる」
祐太君が安心したような表情を見せて、姿を消した。
翌日、私は柿の木の根元を掘ってみた。
三十センチほど掘ると、小さな箱が出てきた。
プラスチック製の小さな宝物箱のようだった。
中を開けると、子供の宝物が入っていた。
ビー玉、メンコ、小さなおもちゃの車など。
そして、手紙が一通入っていた。
「おじいちゃん、おばあちゃんへ。ぼくの大事なたからものを柿の木の下にうめました。もしぼくがいなくなっても、これをみつけてください。ぼくはいつも柿の木にいます。ゆうた」
私は涙が出そうになった。
祐太君は事故で死ぬ前に、自分の宝物をここに埋めていたのだ。
そして、それをおじいちゃんとおばあちゃんに見つけてもらいたかったのだ。
私は田村さんご夫婦の連絡先を調べた。
不動産屋に聞くと、市内の老人ホームにいることが分かった。
翌日、私は老人ホームを訪ねた。
田村さんご夫婦は八十歳を超えた老夫婦だった。
「柿の木の下から、これが出てきました」
私が宝物箱を見せると、二人は涙を流した。
「祐太が…祐太が埋めたものですね」
「あの子はいつも『宝物を隠すんだ』と言っていました」
「でも、どこに隠したかは教えてくれなくて」
田村さんが震え声で言った。
「祐太は、まだあの家にいるんですね」
「ええ、時々姿を見せます」
「そうですか」
おばあちゃんが泣きながら宝物箱を抱きしめた。
「ありがとうございます」
「祐太の気持ちを届けてくださって」
その夜、私が庭を見ると、祐太君がまた現れた。
しかし、今度は違った。
笑顔で手を振っている。
「宝物、おじいちゃんたちに渡したよ」
私が言うと、祐太君が嬉しそうに頷いた。
そして、柿の木に向かって深々とお辞儀をした。
まるで、お別れの挨拶をしているかのように。
「もう成仏するの?」
祐太君が再び頷いた。
そして、だんだん薄くなって、最後は光となって消えていった。
それ以来、祐太君が現れることはなくなった。
柿の木は今年も立派な実をつけた。
私はその柿を田村さんご夫婦に持参した。
「祐太君からのプレゼントです」
二人は涙を流しながら柿を受け取った。
「祐太の魂は安らかになったでしょうか?」
「きっと安らかになりました」
私は確信を持って答えた。
あの最後の笑顔が、全てを物語っていた。
今でも柿の季節になると、祐太君のことを思い出す。
短い命だったが、最後に大切な人に想いを伝えることができて、きっと満足しているだろう。
柿の木は祐太君の墓標であり、同時に愛の証でもある。
私はこの家を大切にしていこうと思う。
祐太君の思い出と共に。
――――
この体験は、2021年10月に埼玉県所沢市で発生した「柿木霊童遺品発見事件」に基づいている。新居住者が庭で幼児の霊と遭遇し、霊の導きにより地中から埋蔵された遺品を発見、祖父母への返還を通じて成仏に導いた現代の供養体験事例である。
埼玉県所沢市の会社員・松本真一さん(仮名・当時41歳)が2021年10月中旬、中古住宅に転居直後から庭の柿の木付近で幼児の霊を目撃するようになった。霊は夜間9時頃に現れ、柿の木を見上げる仕草を繰り返していた。近隣住民への聞き込みで、前居住者の孫・田村祐太君(仮名・当時7歳)が2018年10月に同じ柿の木から転落し、頭部外傷により死亡していた事実が判明した。
霊は松本さんに対し、柿の木根元の地中に何かが埋まっていることを示唆する行動を取った。松本さんが翌日発掘作業を行うと、深さ30センチの地点から防水加工されたプラスチック製の小箱が発見された。箱内には祐太君の私物(ビー玉、メンコ、ミニカーなど)と、祖父母宛ての手書き手紙が保管されていた。手紙には「僕がいなくなっても宝物を見つけて」との内容が記されていた。
松本さんは市役所を通じて田村家の現住所を特定し、市内老人ホーム入居中の祖父母に遺品を返還した。田村夫妻によると、祐太君は生前「秘密の宝物を隠した」と話していたが、場所は明かしていなかった。事故当日も「宝物を確認に行く」と言って庭に出た後、柿の木から転落したという。返還当夜、松本さんは祐太君の霊が満足した様子で光となって消失する様子を目撃した。
所沢市消防署の記録では、2018年10月23日午後3時頃、田村家庭内で柿の木転落事故が発生し、救急搬送された祐太君は搬送先病院で死亡が確認されている。事故後、田村夫妻は精神的負担から転居を決断し、柿の木は「孫の思い出」として保存を条件に売却していた。埼玉県心霊研究会の調査では、愛着の強い場所や物品への執着が幼児霊の現世残留要因になるとされている。
松本さんは現在も同住宅に居住し、毎年柿の収穫時期には田村夫妻を訪問している。田村夫妻は「孫の最後の願いを叶えてもらい、心の整理がついた」と感謝を表明している。所沢市では同事例を「現代の供養実例」として位置づけ、転居時の前居住者情報提供サービス充実につなげている。柿の木は現在も健全に成長し続け、近隣住民からは「祐太君の木」として親しまれている。




