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怖い話  作者: 健二
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秋祭りの太鼓


十月の終わり、私は故郷の秋祭りに参加することになった。


岐阜県の山間部にある小さな村で、毎年この時期に行われる伝統の祭りだ。


私、田所健二は東京で会社員をしているが、今年は久しぶりに帰省した。


「健二、太鼓叩いてくれるか?」


村の区長をしている叔父が声をかけてきた。


「太鼓ですか?」


「ああ、若い衆が足りないんだ」


「昔やったことがあるだろう?」


確かに子供の頃、祭りで太鼓を叩いた記憶がある。


しかし、それは三十年も前の話だ。


「大丈夫かな?」


「心配するな、体が覚えてるよ」


叔父が太鼓の前に案内してくれた。


村の神社の境内に、大きな太鼓が置かれている。


直径一メートルほどの立派な太鼓だった。


「この太鼓、昔からあるものですか?」


「ああ、江戸時代から伝わる太鼓だ」


「代々、村の若い衆が叩いてきた」


叔父が太鼓の側面を撫でながら言った。


「でも、最近は叩き手が減ってなあ」


「みんな村を出て行ってしまう」


確かに、村の人口は私が子供の頃より随分減っている。


若い人はほとんど見かけない。


「練習はいつからですか?」


「今夜から始める」


「祭りは三日後だからな」


その夜、私は神社で太鼓の練習をした。


最初はぎこちなかったが、だんだん感覚を思い出してきた。


「ドンドンドン、ドドンドン」


太鼓の音が夜の静寂に響く。


不思議と、懐かしい気持ちになった。


「いい音だな」


一緒に練習している村の人たちも満足そうだった。


しかし、練習を終えて帰ろうとしたとき、奇妙なことに気づいた。


太鼓の音が、まだ聞こえているのだ。


「まだ誰か叩いてるんですか?」


「いや、もう終わりだぞ」


皆で振り返ると、誰も太鼓の前にいない。


しかし、確かに太鼓の音が聞こえている。


「ドンドンドン、ドドンドン」


私たちが練習していた時と同じリズムだった。


「風の音かな?」


「いや、確実に太鼓の音だ」


皆で太鼓に近づいてみた。


太鼓は静止している。


しかし、音だけは響き続けている。


「気味が悪いな」


「とりあえず今夜はここまでにしよう」


私たちは神社を後にした。


家に帰ってからも、太鼓の音が頭から離れなかった。


翌日、叔父に昨夜のことを話した。


「太鼓の音が聞こえていたって?」


「ええ、誰も叩いていないのに」


叔父の表情が急に曇った。


「実は、その話は前にもあったんだ」


「前にも?」


「十年ほど前にもな」


叔父が重い口を開いた。


「その年の祭りで、太鼓を叩いていた若者が事故で死んだんだ」


私は背筋が寒くなった。


「事故?」


「山田という青年でな、祭りの翌日に交通事故で亡くなった」


「まだ二十五歳だった」


「それ以来、時々夜中に太鼓の音が聞こえるんだ」


叔父が続けた。


「山田は太鼓が好きでな、毎年熱心に練習していた」


「死んでからも、まだ太鼴を叩きたいんじゃないかって」


私は震え上がった。


昨夜聞いた太鼓の音は、山田さんの霊が叩いていたのか。


「でも、なぜ今になって?」


「分からん」


「もしかしたら、健二が帰ってきたからかもしれん」


「山田も、健二と同じで村を出た後に帰ってきた青年だった」


その夜も、私は太鼓の練習に参加した。


午後九時頃、練習を終えて帰ろうとすると、また太鼓の音が聞こえた。


今度は、私一人だけが残って音の正体を確かめることにした。


神社の境内で待っていると、太鼓の前に人影が現れた。


二十代の男性が、太鼓を叩いている。


間違いなく、山田さんの霊だった。


「山田さん?」


私が声をかけると、男性が振り返った。


顔は青白く、目が虚ろだった。


しかし、太鼓を叩く手は力強かった。


「あなたも太鼓を叩きに帰ってきたんですね」


山田さんが口を開いた。


「はい、久しぶりに」


「僕も、毎年この時期になると叩きたくなるんです」


「でも、もう体がないから」


山田さんが悲しそうに言った。


「誰にも聞こえない音を叩いています」


私は胸が痛んだ。


死んでまで太鼓を愛し続けている山田さん。


「僕の音、聞こえますか?」


「はい、とても上手ですよ」


山田さんが嬉しそうな表情を見せた。


「本当ですか?」


「ええ、素晴らしい音です」


「ありがとうございます」


山田さんが太鼓から手を離した。


「実は、お願いがあるんです」


「お願い?」


「祭りの日、僕の分も叩いてもらえませんか?」


「もちろんです」


「僕は、もうこの村を離れなければなりません」


山田さんが寂しそうに言った。


「でも、最後に祭りの太鼓を聞いていたいんです」


「分かりました」


「心を込めて叩かせてもらいます」


山田さんが深々と頭を下げた。


「ありがとうございます」


「これで、安心して旅立てます」


山田さんの姿が薄くなっていく。


「さようなら」


「さようなら、山田さん」


山田さんが完全に姿を消した。


祭りの日、私は山田さんの分も込めて太鼓を叩いた。


今まで以上に力強く、情熱的に。


太鼴の音は村中に響き渡り、多くの人々が足を止めて聞き入った。


「今年の太鼓は特別に良かったな」


「ああ、魂がこもっていた」


村の人々が口々に褒めてくれた。


私は山田さんに感謝した。


きっと、一緒に叩いてくれたのだろう。


祭りの後、太鼓の音が夜中に聞こえることはなくなった。


山田さんは安らかに成仏したのだと思う。


私は東京に戻ったが、来年もまた祭りに参加するつもりだ。


太鼓の音に込められた先人たちの想いを、次の世代に伝えていくために。


山田さんとの約束を守るために。


――――


この体験は、2022年10月に岐阜県高山市の山間部で発生した「秋祭り太鼓霊出現事件」に基づいている。帰省した元村民が地元の祭り太鼓練習中に過去の太鼓奏者の霊と遭遇し、祭りでの共演を通じて成仏に導いた現代の祖霊供養事例である。


岐阜県高山市の山間集落出身で東京都在住の会社員・田所健二さん(仮名・当時45歳)が2022年10月下旬、故郷の秋祭り準備のため30年ぶりに帰省した。人手不足により太鼓奏者を依頼された田所さんは、練習初日の夜間に無人の太鼓から演奏音が響く現象を他の参加者と共に体験した。地元住民への聞き込みで、2012年に同祭りの太鼓奏者だった山田雄介さん(仮名・当時25歳)が祭り翌日に交通事故死していた事実が判明した。


山田さんは村外で就職後、祭りのために毎年帰省していた熱心な太鼓奏者だった。事故は祭り翌日の帰京途中、県道で対向車と正面衝突により発生した。事故後、毎年秋祭り時期になると神社境内から太鼓の音が聞こえるとの証言が村民から複数寄せられていた。田所さんは練習2日目の深夜、一人で神社に残り山田さんの霊と遭遇した。霊は「祭りで最後の太鼓演奏を聞きたい」と懇願した。


祭り当日、田所さんは山田さんの霊との「共演」を意識して太鼓を演奏した。参加者からは「例年以上に魂のこもった演奏」との評価を得た。祭り終了後、神社からの太鼓音現象は完全に停止した。高山市民俗文化研究会の調査では、故人への想いが強い伝統芸能において、技芸者の霊が現世に留まる事例が確認されている。


岐阜県警高山署の記録によると、山田さんの事故は2012年10月29日午後11時頃、国道158号で発生し、現場で死亡が確認されている。遺族によると、山田さんは「太鼓は自分の生きがい」と語り、都市部での仕事よりも祭りへの参加を重視していた。同集落では過疎化により祭り継承者が減少しており、山田さんのような熱心な参加者の死は大きな損失となっていた。


田所さんは翌年以降も継続的に祭りに参加し、太鼓奏者として地域文化継承に貢献している。高山市は同事例を「伝統文化と霊的体験の融合例」として民俗学的価値を認めている。地元神社では山田さんの慰霊碑が建立され、毎年祭り前に太鼓奏者による参拝が行われている。田所さんは「山田さんの情熱を受け継ぎ、祭り文化を次世代に伝えたい」と語り、現在も年1回の帰省を続けている。

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