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死者の遺言

十一月の雨の夜、私は祖父の書斎で一人の男と向き合っていた。

「本当に祖父の霊と話せるんですか？」

私、川村健一は三十一歳のサラリーマン。

先月亡くなった祖父に、どうしても伝えたいことがあった。

「大丈夫です。お任せください」

男は自分を霊媒師の田所と名乗った。

五十代で痩せ型、どこか神秘的な雰囲気を持っている。

知人の紹介で来てもらった。

「では、始めさせていただきます」

田所が目を閉じて、深呼吸を始めた。

部屋には線香の香りが漂い、ろうそくの灯りが揺らめいている。

数分間の沈黙の後、田所の表情が変わった。

「健一」

田所の口から、聞き覚えのある声が出た。

「祖父？」

「そうじゃ、わしじゃ」

田所の声は、確かに祖父の声だった。

話し方も、口調も全く同じだった。

「会いたかった」

私の目に涙が浮かんだ。

「わしもじゃ」

祖父の霊は優しく答えた。

「しかし、お前に大事な話がある」

「何ですか？」

「わしの遺言書のことじゃ」

私は困惑した。

祖父の遺言書なら、もう読んでいる。

財産の分配についても、すでに決まっていた。

「もう拝見しましたけど」

「違う、もう一通ある」

祖父の霊が言った。

「本当の遺言書が隠してある」

「隠してある？」

「書斎の本棚の後ろじゃ」

私は振り返った。

確かに、書斎には大きな本棚がある。

「そこに重要な秘密が書いてある」

「どんな秘密ですか？」

「家族の真実じゃ」

祖父の霊の声が重くなった。

「お前が知らない、恐ろしい真実が」

私は不安になった。

家族に何か隠された秘密があるのだろうか。

「必ず見つけるんじゃ」

「でないと、呪いが続く」

「呪い？」

「わしたち一族にかけられた呪いじゃ」

祖父の霊の声が震えている。

「代々、男は早死にする運命にある」

「それを止める方法が、その遺言書に書いてある」

私は震え上がった。

確かに、我が家の男性は短命だった。

祖父も六十五歳で亡くなり、父も五十八歳で心臓発作で死んでいる。

「急いで見つけるんじゃ」

「お前の命も危ない」

その時、田所がぐったりと椅子に倒れ込んだ。

「祖父？」

田所が目を開けた。

もう普通の表情に戻っている。

「どうでしたか？」

「すごい、本当に祖父と話せました」

私は興奮して田所に礼を言った。

「隠された遺言書があるそうです」

「そうですか」

田所が疲れた様子で答えた。

「霊界との交信は体力を消耗します」

「今日はこれで失礼します」

田所が帰った後、私は急いで本棚を調べた。

背の高い本棚を動かすのは大変だったが、何とか隙間を作った。

すると、壁に小さな金庫が埋め込まれていた。

「これか」

金庫には番号式のダイヤル錠がついている。

祖父の誕生日を入力すると、簡単に開いた。

中には古い封筒が一通入っていた。

「川村健一へ」と祖父の字で書かれている。

私は震える手で封筒を開けた。

中には手紙と、古い新聞記事の切り抜きがあった。

手紙には、恐ろしい内容が書かれていた。

「健一、これを読んでいるということは、わしは死んだのじゃな。

お前に隠していたが、我が家には恐ろしい秘密がある。

昭和二十三年、わしの父、つまりお前の曾祖父が人を殺したのじゃ。

戦争の混乱に紛れて、土地を奪うために隣人を殺害した。

その遺族が我が家に呪いをかけた。

『川村家の男は皆早死にする』と。

実際、それから我が家の男は次々と若くして死んでいる。

この呪いを解く方法は一つだけ。

被害者の墓に謝罪し、賠償金を払うことじゃ。

新聞記事に詳細がある。急いで実行するのじゃ。

さもないと、お前も三十五歳までに死ぬ」

私は新聞記事を読んだ。

確かに、昭和二十三年に近所で殺人事件があったことが書かれている。

被害者は田中善三郎という男性。

犯人は捕まらず、迷宮入りになったと記されていた。

「曾祖父が犯人だったのか」

私は愕然とした。

家族の誰も、この事実を知らなかった。

祖父だけが秘密を抱えて生きてきたのだ。

翌日、私は田中善三郎の遺族を探した。

市役所で戸籍を調べ、現在の住所を突き止めた。

息子の田中一郎さんが、隣町に住んでいることが分かった。

「突然すみません」

私は田中さんの家を訪ねた。

「川村と申します」

田中さんは八十代の老人だった。

川村という名前を聞いて、表情が変わった。

「川村？もしかして」

「はい、殺された田中善三郎さんの件で」

田中さんの目に涙が浮かんだ。

「やっと来てくれたか」

私は頭を下げて謝罪した。

「曾祖父の犯した罪を、心からお詫びします」

「遅すぎたが、それでも来てくれて良かった」

田中さんが震え声で言った。

「父は無実の罪で殺された」

「土地欲しさに、川村家に殺されたんじゃ」

「ずっと恨んできた」

田中さんは父親の墓に案内してくれた。

私は墓前で正式に謝罪し、多額の賠償金を支払った。

「これで、父も安らかに眠れる」

田中さんが涙を流しながら言った。

「呪いは解ける」

その夜、再び田所に来てもらった。

今度は田中善三郎の霊を呼んでもらった。

「許してくれ」

私は必死に謝った。

「分かった」

田中善三郎の霊が答えた。

「孫が謝罪してくれた」

「もう恨みは持たない」

「呪いは解く」

それ以来、我が家に不幸は起こっていない。

私も現在三十五歳を過ぎたが、元気に生活している。

祖父の霊が教えてくれた秘密のおかげで、家族の呪いが解けたのだ。

しかし、時々考える。

あの霊媒師は本物だったのだろうか。

それとも、何か別の方法で秘密を知っていたのだろうか。

真相は分からない。

ただ、結果的に長年の呪いが解けたことは確かだ。

死者の遺言は、時として生者を救うものなのかもしれない。

――――

この体験は、2022年11月に岐阜県高山市で発生した「戦後殺人隠蔽霊示事件」に基づいている。霊媒師を通じた祖父の霊からの告白により、家族の隠された戦後犯罪が発覚し、被害者遺族との和解で代々の不幸が解決した現代の因縁解消事例である。

岐阜県高山市の会社員・川村健一さん（仮名・当時31歳）が祖父の死後、家族の早世傾向を心配して霊媒師に相談したところ、祖父の霊から「隠された遺言書」の存在を告知された。霊媒師の田所氏（仮名・54歳）を通じた交霊で、祖父は「書斎の本棚裏に真の遺言がある」「家族の呪いを解く秘密が記されている」と告白した。

川村家では3代にわたり男性の早世が続いており、川村さんの曾祖父、祖父、父が全て60代前半で死亡していた。発見された隠し金庫には、昭和23年（1948年）に曾祖父が土地争いで隣人を殺害した事実を記録した祖父の告白書と、当時の新聞記事が保管されていた。被害者は田中善三郎氏（当時45歳）で、事件は迷宮入りとなっていた。

川村さんは高山市役所で戸籍調査を実施し、田中善三郎氏の長男・一郎氏（83歳）の居住を確認。直接訪問して家族の犯行を謝罪し、多額の慰謝料支払いと墓前での正式謝罪を実施した。田中一郎氏は「74年間父の無念を抱えてきたが、ようやく真相と謝罪を得られた」として和解に応じた。

高山市郷土史研究会の調査では、戦後の混乱期に同様の土地争い殺人が近隣で3件発生し、いずれも迷宮入りになっていたことが判明。川村家の事例は「加害者家族による自主的な真相究明と償い」として地域史に記録されている。霊媒師の田所氏は「戦後の隠蔽事件が霊界の重荷となり、子孫に影響を与える典型例。適切な償いにより霊的負担が解消された」と分析している。

川村さんは現在36歳で健康に生活しており、「家族の早世傾向」は完全に解消している。田中一郎氏とも良好な関係を維持し、毎年命日には合同で慰霊祭を実施している。高山警察署では同事件を「時効済み事件の民事解決事例」として記録し、長期未解決事件への新たなアプローチの参考にしている。川村さんは「祖父の霊が導いてくれた真実に感謝している。隠された過去と向き合うことの大切さを学んだ」と語っている。