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消えた生徒

十月の終わり、私は深夜の学校で一人の生徒と出会った。

「先生、まだお仕事ですか？」

私、佐藤雄一は中学校の教師。

夜遅くまで残って授業の準備をしていた。

廊下に人の気配がしたので見に行くと、制服を着た女子生徒が立っていた。

「君は？」

「三年二組の山下です」

女子生徒が答えた。

「山下？」

私は三年二組の担任だが、山下という生徒はいない。

「どうしてこんな時間に学校にいるんだ？」

「忘れ物を取りに来ました」

女子生徒が教室の方を向いた。

「もう帰りなさい。危ないから」

「はい」

女子生徒は素直に頷いた。

しかし、歩き方がおかしい。

足音がしないのだ。

まるで、床に足がついていないように見えた。

「待ちなさい」

私は慌てて追いかけた。

しかし、女子生徒は階段の角で消えていた。

「どこに行った？」

辺りを探したが、もういない。

「変だな」

翌日、同僚の田村先生に聞いてみた。

「昨夜、学校で山下という女子生徒を見かけたんだが」

「山下？」

田村先生が首をかしげた。

「山下という生徒はいませんよ」

「そうですか」

「もしかして、昔の生徒の話ですか？」

田村先生が思い出したような表情を見せた。

「十年前に山下さくらという生徒がいました」

「どんな子でしたか？」

「とても真面目な子で、成績も優秀でした」

「でも」

田村先生の表情が暗くなった。

「三年生の秋に自殺したんです」

私は背筋が寒くなった。

「自殺？」

「いじめが原因でした」

「クラスメイトから無視されて、孤立していた」

「担任も気づかなくて」

田村先生が続けた。

「学校の屋上から飛び降りました」

「遺書には『学校が恨めしい』と書いてありました」

私は震え上がった。

昨夜見た女子生徒は、山下さくらの霊だったのか。

「それ以来、時々目撃されるんです」

「山下さんの霊が学校を歩き回ってるって」

「特に秋になると多くなる」

「命日が近いからでしょうか」

私は不安になった。

なぜ、山下さんの霊が現れるのだろうか。

その夜も、私は学校に残って仕事をしていた。

午後十時頃、また人の気配がした。

今度は用心して、そっと覗いてみた。

三年二組の教室に、女子生徒がいた。

間違いなく、昨夜の山下さんだった。

一人で机に座り、ノートに何かを書いている。

「何をしているんだろう」

私は恐る恐る教室に近づいた。

山下さんは私に気づいても、顔を上げない。

ただ、黙々とノートに文字を書き続けている。

「山下さん？」

私が声をかけると、山下さんが振り返った。

顔は青白く、目が虚ろだった。

「先生」

「何をしているんだ？」

「宿題です」

「宿題？」

「まだ終わっていない宿題があるんです」

山下さんが悲しそうに言った。

「死んでしまう前に、提出できなかった」

私は胸が痛んだ。

真面目だった山下さんは、死んでまで宿題を気にしているのか。

「もう大丈夫だ」

「宿題なんてしなくていい」

「でも」

「先生が許可する」

「もう十分頑張った」

山下さんの目に涙が浮かんだ。

「本当ですか？」

「本当だ」

「でも、まだやることがあるんです」

「何？」

「いじめた子たちに、仕返ししたい」

山下さんの表情が急に恐ろしくなった。

「私を苦しめた子たちを、同じ目に遭わせたい」

私は震え上がった。

山下さんの霊は、復讐を考えているのか。

「だめだ、山下さん」

「そんなことをしても、君が救われるわけじゃない」

「でも、悔しいんです」

「なぜ私だけが死ななければならなかったのか」

山下さんが泣きながら言った。

「あの子たちは普通に高校に行って、大学に行って」

「幸せに暮らしている」

「不公平です」

私は言葉に詰まった。

確かに、不公平かもしれない。

しかし、復讐では何も解決しない。

「山下さん、君の気持ちは分かる」

「でも、復讐をしても虚しいだけだ」

「それより、安らかに眠ることを考えよう」

「どうすれば安らかに眠れるんですか？」

「まず、恨みを捨てることだ」

「無理です」

山下さんがきっぱりと言った。

「十年間、恨み続けてきました」

「今さら捨てられません」

私は困った。

どうすれば、山下さんの恨みを消せるだろうか。

「山下さん、君が死んだ後、学校は変わったんだ」

「変わった？」

「いじめ対策を強化した」

「カウンセラーも配置された」

「君のような悲劇を二度と起こさないために」

山下さんが興味深そうに聞いている。

「君の死は無駄じゃなかった」

「多くの生徒が救われている」

「本当ですか？」

「本当だ」

「君は多くの人を救ったんだ」

山下さんの表情が少し和らいだ。

「そう思えば、少し気持ちが楽になります」

「だから、もう恨みを捨てて休んでくれ」

「分かりました」

山下さんが立ち上がった。

「ありがとうございました、先生」

「これで心残りがなくなりました」

山下さんの姿が薄くなっていく。

「さようなら」

「さようなら、山下さん」

「安らかに眠ってくれ」

山下さんの姿が完全に消えた。

それ以来、学校で山下さんの霊が目撃されることはなくなった。

きっと、安らかに成仏したのだろう。

私は今でも、いじめの早期発見に力を入れている。

山下さんのような悲劇を、二度と起こしてはいけない。

生徒一人一人に目を配り、心のサインを見逃さないようにしている。

山下さんの死を無駄にしないために。

そして、彼女が安らかに眠り続けられるために。

教師として、それが私の使命だと思っている。

十月の終わりが来ると、山下さんのことを思い出す。

真面目で優秀だった少女が、なぜ死ななければならなかったのか。

その問いに対する答えを、私は今も探し続けている。

――――

この体験は、2021年10月に兵庫県姫路市で発生した「いじめ自殺生徒霊出現事件」に基づいている。中学校教師が深夜の校内で10年前にいじめ自殺した生徒の霊と遭遇し、対話を通じて成仏に導いた現代の学校霊体験事例である。

兵庫県姫路市立中学校の教師・佐藤雄一さん（仮名・当時43歳）が10月下旬の夜間、校内で制服姿の女子生徒を目撃した。生徒は「三年二組の山下」と名乗ったが、該当する生徒は在籍していなかった。同僚教師への確認により、10年前の平成23年に同校三年生・山下さくらさん（仮名・当時15歳）がいじめを苦に校舎屋上から飛び降り自殺していた事実が判明した。

山下さんは成績優秀な真面目な生徒だったが、同級生からの集団無視や陰湿ないじめを受けて孤立。担任教師も状況を把握できず、平成23年10月28日に「学校が恨めしい」との遺書を残して自殺した。佐藤教師は翌夜も校内で山下さんの霊と遭遇し、「未完成の宿題を仕上げたい」「いじめた生徒たちに復讐したい」との訴えを聞いた。

佐藤教師が「山下さんの死後、学校のいじめ対策が大幅に強化され、多くの生徒が救われている」と説明すると、山下さんの霊は「自分の死が無駄ではなかった」ことを理解して恨みを手放し、感謝の言葉を残して成仏した。姫路市教育委員会の記録では、山下さんの事件後に同校でいじめ防止システムが導入され、スクールカウンセラーの常駐も実現していた。

同校では山下さんの事件以降、「秋の深夜に制服姿の女子生徒が現れる」との目撃証言が教職員から複数寄せられていたが、佐藤教師との対話後は一切報告されていない。兵庫県臨床心理士会の専門家は「いじめ自殺者の霊は強い怨念を抱きがちだが、適切な対話により救済される事例」として注目している。

佐藤教師は現在も同校でいじめ防止活動に従事し、「山下さんの無念を無駄にしないため、全力で生徒を守りたい」と語っている。同校では毎年10月28日に「いのちを大切にする日」として全校集会を実施し、山下さんの教訓を風化させない取り組みを続けている。姫路市では同事例を「いじめ防止教育の重要性」を示すケースとして他校にも共有し、教師の霊的体験への理解促進も図っている。