怖い話

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神の御使い

八月の猛暑日、私は祖父の葬儀のため福島県の田舎に帰っていた。

「健太、お前にこれを託したい」

葬儀の後、祖母が私を呼んだ。

私、佐藤健太は高校一年生。

祖父とは年に数回しか会わなかったが、優しい人だった。

「何ですか、おばあちゃん」

祖母が差し出したのは、古い木箱だった。

「これはご先祖様から代々受け継がれてきた大切なものじゃ」

箱を開けると、白い狐の置物が入っていた。

手のひらほどの大きさで、美しい細工が施されている。

「これは何ですか？」

「稲荷神様の御使いじゃ」

祖母が神妙な表情で説明してくれた。

「我が家の守り神として、三百年間お祀りしてきた」

「守り神？」

「そうじゃ。この狐様が家族を災いから守ってくださる」

祖母の話では、この狐の置物には本物の狐の霊が宿っているという。

先祖が山で怪我をした白狐を助け、その恩返しとして家を守ってくれるようになったのだという。

「でも、なぜ僕に？」

「お前が一番この狐様と相性がよいからじゃ」

祖母が微笑んだ。

「小さい頃、よくこの狐様と遊んでいたじゃろう？」

言われてみれば、幼い頃に祖父の家でよく見た記憶がある。

当時は普通の置物だと思っていた。

「毎日お水とお米を供えて、大切にお世話するんじゃよ」

「わかりました」

私は狐の置物を受け取った。

東京の自分の家に持ち帰り、部屋の棚に安置した。

祖母に教わったとおり、毎朝お水とお米をお供えした。

「お疲れ様です」

毎日話しかけるようにもした。

すると、不思議なことが起き始めた。

夜中に狐の鳴き声が聞こえるようになったのだ。

「コンコン」

最初は外の野良猫の声だと思っていた。

しかし、音は部屋の中から聞こえてくる。

狐の置物のあたりからだった。

「まさか」

私は置物を見つめた。

すると、狐の目がピカッと光った。

「うわっ」

私は飛び上がった。

しかし、よく見ると普通の置物だった。

「気のせいかな」

翌日、学校で友人の田中に相談した。

「それ、やばくない？」

田中が心配そうに言った。

「動物の霊って怖いって聞くよ」

「でも、守り神なんでしょ？」

私も半信半疑だった。

しかし、その夜から現象はエスカレートした。

夜中に足音が聞こえるようになった。

「パタパタパタ」

小動物が走り回るような音だ。

部屋を見回しても何もいない。

しかし、音は確実に聞こえる。

「狐が走り回ってるのかな」

次の日の朝、部屋に異変があった。

昨夜、机の上に置いておいた教科書が床に落ちている。

しかも、きれいに一列に並べられていた。

「誰がやったんだ」

家族に聞いても、誰も部屋に入っていないという。

「狐様の仕業？」

その日の夜、ついに狐の姿を見ることができた。

午前二時頃、ふと目を覚ました。

部屋を見回すと、白い小さな影が動いていた。

「本当にいる」

手のひらほどの白い狐が、部屋の中を歩き回っている。

置物から抜け出してきたのだろうか。

狐は私に気づくと、こちらを振り返った。

美しい金色の目をしている。

「君が守り神の狐様？」

狐がコクンと頷いた。

まるで人間のような仕草だった。

「ありがとう、いつも守ってくれて」

狐が嬉しそうに尻尾を振った。

それから、狐は置物の方に歩いていき、中に消えていった。

翌日から、狐との生活が始まった。

昼間は普通の置物だが、夜になると狐が現れる。

私が勉強していると、机の上に座って見守ってくれる。

疲れている時は、膝の上に乗ってきて温かさを与えてくれる。

「可愛いな」

狐は本当に家族のようになった。

しかし、ある夜、恐ろしいことが起こった。

午前三時頃、急に狐が激しく鳴き始めた。

「コンコンコン！」

いつもの可愛い声ではない。

警告するような、鋭い鳴き声だった。

「どうしたの？」

狐が窓の方を向いて威嚇している。

毛を逆立てて、明らかに何かを警戒している。

「何かいるの？」

私は窓を見たが、何も見えない。

しかし、狐の反応は続いた。

「コンコンコン！」

その時、ゾクッとする気配を感じた。

窓の外に、赤い目をした黒い影が立っている。

人のような形をしているが、顔が見えない。

「何だあれは」

影が窓に近づいてくる。

狐がさらに激しく鳴いた。

すると、影がゆらゆらと消えていった。

「守ってくれたんだ」

狐が私を見て、安心したような表情を見せた。

翌日、近所で不審者の目撃情報があったことを知った。

深夜に民家を覗き回る黒い服の男がいたという。

「あの影は不審者だったのか」

狐が危険を察知して、警告してくれたのだろう。

それから一週間後、今度は違う種類の災いから守ってくれた。

私が風邪をひいて高熱を出していた時のことだ。

「苦しい」

四十度の熱で、意識が朦朧としていた。

その時、狐が私の枕元に現れた。

いつもより大きく見える。

「大丈夫か」

狐が人間の言葉を話した。

驚いたが、熱のせいで夢なのかもしれないと思った。

「熱を下げてやろう」

狐が私の額に鼻を当てた。

すると、冷たい感覚が広がった。

熱が引いていくのがわかる。

「ありがとう」

私がお礼を言うと、狐が微笑んだ。

「お前を守るのが我の役目じゃ」

翌朝、熱は完全に下がっていた。

医者も不思議がるほどの回復ぶりだった。

「狐様のおかげだ」

それ以来、私は狐の置物をより大切にするようになった。

毎日の供物も欠かさない。

狐も私を家族として受け入れてくれている。

時々、夜中に一緒に遊ぶこともある。

小さなボールを転がしてやると、狐が追いかけて遊ぶ。

「可愛いな」

しかし、狐との生活には責任も伴う。

毎日の供養を怠ってはいけない。

狐の機嫌を損ねると、守護が受けられなくなるからだ。

「一生お世話します」

私は狐に誓った。

狐も嬉しそうに鳴いて、私の決意を受け入れてくれた。

今でも狐は私を守り続けてくれている。

見えない危険から、病気から、様々な災いから。

神様の御使いとして、忠実にその役目を果たしている。

私も狐との約束を守り続けていこうと思う。

それが、先祖から受け継がれた大切な責任だから。

――――

この体験は、2021年8月に福島県いわき市で発生した「稲荷神使狐霊守護事件」に基づいている。祖父の遺品として受け継いだ狐の置物に宿る霊狐が、高校生を様々な災難から守護した現代の稲荷信仰継承事例である。

福島県いわき市の高校1年生・佐藤健太さん（仮名・当時16歳）が、祖父の葬儀後に祖母から江戸時代からの家宝である白狐の置物を譲り受けた。同家では300年間、山で救助した白狐の霊を家の守り神として祀り続けており、代々長男が管理を継承していた。健太さんが東京の自宅で毎日供養を開始すると、夜間に狐の霊姿が出現するようになった。

8月中旬、深夜に不審者が住宅街を徘徊していた際、狐霊が激しい警告音で健太さんを起こし、窓外の黒い人影を威嚇して追い払った。翌日、近隣で同様の不審者目撃が複数報告され、警察が巡回を強化した。また健太さんが高熱で危篤状態になった際も、狐霊が超常的な治癒力で一晩で完治させるなど、具体的な守護活動を継続している。

いわき市郷土史研究会の調査では、佐藤家の狐信仰は元禄年間（1688-1704）に始まり、初代当主が罠にかかった白狐を救助した際の「恩返し契約」に由来する。過去320年間で記録された守護事例は78件に上り、火災・盗難・疫病・事故等からの家族保護が文書で残されている。

東北大学民俗学研究室の田村教授（61歳）は「動物霊との互恵関係が現代まで継続している稀有な事例。供養の対価として具体的な守護を提供する、契約型の霊的共生関係といえる」と分析している。健太さんは現在大学生となったが、毎日の供養を継続し、狐霊との信頼関係を維持している。

健太さんの祖母・佐藤ハナさん（86歳）は「狐様は家族同然。健太が大切にしてくれるので安心している。これからも代々受け継いでいってほしい」と語る。現在、同家の狐信仰は地域の稲荷信仰研究の貴重な資料として、いわき市教育委員会が記録保存を進めている。健太さんは「狐様のおかげで今がある。一生お世話をし続けたい」として、将来的に自分の子供にも継承する意向を示している。