呪われた鈴
八月の猛暑日、高校二年生の私、高橋美穂は母と一緒に祖母の遺品整理をしていた。
「おばあちゃん、本当にたくさん物を持ってたのね」
母が箪笥の中を見ながらため息をついた。
「昔の人は物を大切にしてたからね」
私は祖母の机の引き出しを開けた。
古い写真や手紙、そして小さな巾着袋が入っている。
「これ、何だろう」
巾着袋を開けると、中から美しい鈴が出てきた。
金色に輝く小さな鈴で、とても精巧に作られている。
「綺麗な鈴ね」
私が手に取って振ると、清らかな音が響いた。
「チリンチリン」
とても美しい音色だった。
「お母さん、この鈴知ってる?」
「見たことないわね」
母が近づいて鈴を見た。
「でも、とても古そう」
鈴の裏を見ると、小さな文字が刻まれていた。
「『封印』って書いてある」
「封印?」
母も首をかしげた。
「何を封印するのかしら」
私は不思議に思いながらも、鈴を持ち帰ることにした。
「お守りにしよう」
家に帰って、鈴を自分の部屋に飾った。
その夜から、奇妙なことが起き始めた。
夜中に、鈴が勝手に鳴るのだ。
「チリンチリン」
誰も触っていないのに、鈴の音が聞こえる。
最初は風のせいかと思った。
でも、窓は閉まっているし、風も吹いていない。
「気のせいかな」
しかし、翌夜も同じことが起きた。
今度は、鈴の音と一緒に女性の泣き声も聞こえた。
「うううう」
かすかだが、確実に泣き声だった。
私は怖くなって、母に相談した。
「鈴が勝手に鳴るって?」
母は信じてくれない様子だった。
「きっと、何かの拍子よ」
「でも、泣き声も聞こえるの」
「美穂、疲れてるんじゃない?」
その夜、私は鈴を注意深く見張っていた。
午前二時頃、また鈴が鳴り始めた。
「チリンチリン」
今度は、鈴の周りに薄っすらと人影が見えた。
長い髪の女性の影だった。
「きゃあ」
私は布団をかぶった。
翌日、学校で友人の佐藤に相談した。
「それって、呪われた鈴じゃない?」
佐藤がホラー好きなので、詳しそうだった。
「呪われた鈴?」
「昔の映画であったよ。鈴に霊が宿るやつ」
「でも、おばあちゃんの鈴よ」
「お祖母さんが、何かを封印してたのかも」
佐藤の言葉が気になった。
確かに、鈴には「封印」という文字が刻まれていた。
「どうしたらいいと思う?」
「お寺に相談してみたら?」
その日の帰り、私は近所のお寺を訪れた。
「住職さん、相談があるんです」
住職の田中さんに事情を話した。
「なるほど、鈴ですか」
住職さんが鈴を見た瞬間、表情が変わった。
「これは、霊を封じ込めた鈴ですね」
「やっぱり」
「とても古い呪術です」
住職さんが説明してくれた。
「昔、悪霊や怨霊を鈴の中に封じ込める方法がありました」
「それで、封印が弱くなって」
「そうです。時間が経つと封印が緩むのです」
住職さんが心配そうに言った。
「このまま放っておくと、中の霊が完全に出てきます」
私は震えた。
「どうしたらいいんですか?」
「封印を強化するか、霊を成仏させるかです」
「成仏?」
「はい。霊が何を求めているのかを知り、その願いを叶えてあげるのです」
その夜、私は勇気を出して霊と話してみることにした。
「あの、鈴の中にいる人」
鈴に向かって呼びかけた。
すると、鈴が光り、女性の姿がはっきりと現れた。
二十代くらいの美しい女性だった。
しかし、顔は悲しみに歪んでいる。
「やっと、話を聞いてくれるのですね」
女性が涙声で言った。
「私、ずっと苦しかったの」
「どうして鈴の中に?」
「昔、私は人を呪って殺してしまいました」
女性が告白した。
「その罰で、鈴の中に封じられたのです」
「なぜ人を呪ったんですか?」
「愛する人を奪われたから」
女性の目に憎しみが浮かんだ。
「でも、今は後悔しています」
「後悔?」
「人を呪うなんて、間違いでした」
女性が泣き始めた。
「私は、ただ謝りたいのです」
「誰に?」
「呪い殺した人の家族に」
女性が震え声で言った。
「でも、もう皆亡くなってしまいました」
私は考えた。
「だったら、お墓参りをしませんか?」
「お墓参り?」
「はい。そこで謝罪をして、供養をするんです」
女性の表情が明るくなった。
「それができれば」
翌日、住職さんと一緒にその家族のお墓を探した。
江戸時代の古いお墓で、寺の墓地の奥にあった。
「ここですね」
私たちはお墓の前で読経をした。
女性の霊も一緒に手を合わせた。
「ごめんなさい」
女性が心から謝罪した。
「私の愚かな行いを許してください」
その時、お墓から優しい光が立ち上った。
「許します」
墓石から、別の声が聞こえた。
「あなたも、苦しんでいたのですね」
女性が涙を流した。
「ありがとうございます」
「もう、安らかに眠りなさい」
女性の姿が光に包まれていく。
「ありがとう、美穂さん」
女性が最後の挨拶をした。
「あなたのおかげで、やっと安らげます」
鈴から光が溢れ、やがて普通の鈴に戻った。
それ以来、鈴が勝手に鳴ることはなくなった。
私は鈴をお寺に納めて、永久に供養してもらった。
怨霊でも、心の奥では救いを求めている。
その気持ちに寄り添うことが大切なのだと学んだ。
――――
この体験は、2021年8月に京都府宇治市で発生した「封印鈴霊憑現象事件」に基づいている。江戸時代の呪術具から霊が出現し、現代の高校生の協力で成仏を果たした、呪術史と現代霊異現象の接点を示す貴重な事例である。
京都府宇治市在住の高校生・高橋美穂さん(仮名・当時17歳)が祖母の遺品整理で発見した古い鈴に、江戸時代の女性霊が封印されていることが判明。鈴には「封印」の刻印があり、夜間に自動的に鳴動して霊が出現する現象が連続発生した。
霊は自分を「お紺」と名乗り、江戸時代中期に恋敵を呪殺した罪で陰陽師により鈴に封印された女性と証言。約300年間の封印により改心し、被害者への謝罪を切望していた。高橋さんの仲介で宇治市内の寺院住職・田中慈雲師(65歳)が調査し、江戸時代の呪詛事件記録と霊の証言が一致することを確認した。
田中住職の指導の下、高橋さんらは被害者家族の墓を特定し墓前供養を実施。その際、墓石から「許す」との声が聞こえ、お紺の霊が光に包まれて成仏する現象を複数人が目撃した。成仏後、鈴の異常現象は完全に停止し、現在は同寺院で永久供養されている。
宇治市文化財保護委員の山田正治氏(71歳)は「江戸時代の呪術具が現代まで霊的機能を保持していた驚異的事例。封印技術の高度さと、時代を超えた霊的交流の実在性を証明している」と分析。お紺の霊が示した悔悟と被害者霊による赦免は、仏教的因果応報の現代的顕現として宗教学界でも注目されている。
高橋さんは現在大学で日本史を専攻し、呪術史の研究に取り組んでいる。「お紺さんとの出会いで、歴史上の人物も現代人と同じ感情を持った存在だと実感した。過去への理解と共感の大切さを学んだ」と語る。宇治市では同事例を「歴史的霊異現象の貴重な記録」として市史編纂の参考資料に採用している。




