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怖い話  作者: 健二
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千体仏の声


八月上旬、高校二年生の私、斉藤健は夏合宿で訪れた山寺で、奇妙な体験をした。


吹奏楽部の合宿で泊まったのは、「千光寺」という古いお寺だった。


「ここ、千体の仏像があるから千光寺って名前なんだって」


部長の先輩が説明してくれた。


「千体も?」


「本堂の周りにずらっと並んでるよ」


確かに、本堂を取り囲むように小さな仏像がびっしりと並んでいた。


「圧巻だね」


しかし、夜になると雰囲気が一変した。


薄暗い明かりに照らされた仏像たちが、なんだか生きているように見える。


「なんか怖くない?」


同級生の田中が呟いた。


「夜の仏像って不気味だよな」


私たちは本堂で寝ることになっていた。


布団を敷いて寝る準備をしていると、住職さんが注意してくれた。


「夜中に仏像に近づかないでください」


「なぜですか?」


「この寺の仏像は特別なんです」


住職さんの表情が真剣だった。


「特別?」


「全て、この地で亡くなった人の魂を慰めるために彫られたものです」


「亡くなった人の?」


「はい。戦時中、この山で多くの人が命を落としました」


住職さんが仏像を見つめた。


「その人たちの供養のために、一体一体に魂を込めて彫ったのです」


私は寒気がした。


「つまり、千人分の…」


「そうです。だから夜中は、魂が活動する時間なのです」


「活動?」


「仏像から魂が抜け出して、境内を歩き回るんです」


田中が震え声で言った。


「本当ですか?」


「嘘だと思うなら、夜中に見てみてください」


住職さんはそう言って去っていった。


就寝時間になり、みんな布団に入った。


しかし、なかなか眠れない。


住職さんの話が頭から離れなかった。


午前二時頃、小さな音で目が覚めた。


「パタパタ、パタパタ」


足音のような音が聞こえる。


そっと起き上がって外を見ると、信じられない光景があった。


境内に、透明な人影がたくさん歩いていた。


男性、女性、子供、老人。


様々な年代の人々が、ゆっくりと歩き回っている。


「本当だった」


私は息を飲んだ。


人影たちは、まるで生前の姿を再現しているようだった。


中には軍服を着た人もいる。


戦時中に亡くなった人たちの魂なのだろう。


その時、一人の人影が私に気づいた。


三十代くらいの男性で、こちらを見つめている。


「見えるのですか?」


男性が口を動かした。


声は聞こえないが、口の動きでわかった。


私は頷いた。


すると、男性が近づいてきた。


「久しぶりに、生きた人と話ができます」


今度は、かすかに声が聞こえた。


「あなたは、この山で亡くなった方ですか?」


「はい。昭和二十年、空襲で」


男性が悲しそうに答えた。


「家族と一緒に山に逃げてきたのですが」


「家族も?」


「妻と子供二人」


男性が他の人影を指差した。


確かに、女性と子供の人影も見える。


「みんな一緒にいるんですね」


「はい。この山で家族として過ごしています」


「寂しくないですか?」


「時々、寂しくなります」


男性が微笑んだ。


「だから、こうして夜中に散歩するんです」


他の人影たちも、それぞれ思い思いに過ごしている。


中には、仏像の前で手を合わせている人もいた。


「あの人たちは何をしているんですか?」


「自分の仏像にお礼を言っているんです」


「お礼?」


「供養してくれて、ありがとうございますって」


男性が説明してくれた。


「みんな、この寺の住職さんに感謝しています」


私は胸が温かくなった。


「住職さんは優しい方ですね」


「はい。毎日、私たちのためにお経を唱えてくれます」


「それで、皆さんは安らかに過ごせるんですね」


「そうです」


男性が振り返った。


「そろそろ、仏像に戻る時間です」


「戻るんですか?」


「夜明け前には、必ず戻らなければなりません」


人影たちが、それぞれの仏像に向かって歩いていく。


男性も仏像の前に立った。


「また明日の夜、会えるといいですね」


「はい」


男性の姿が薄くなり、仏像と重なって消えた。


他の人影たちも、同じように仏像に戻っていく。


やがて境内は静寂に戻った。


翌朝、私は住職さんに昨夜の出来事を話した。


「見えたのですか」


住職さんが驚いた表情を見せた。


「はい。たくさんの人が歩いていました」


「それは珍しい」


「珍しい?」


「普通の人には見えないんです」


住職さんが説明してくれた。


「特別な感受性を持った人だけに見える現象なのです」


「そうなんですか」


「その方たちは、どんな様子でしたか?」


「とても穏やかでした」


私は男性との会話を話した。


「安らかに過ごしているようですね」


住職さんがほっとした表情を見せた。


「それを聞いて安心しました」


「なぜですか?」


「供養が正しく行われている証拠だからです」


住職さんが千体の仏像を見回した。


「この人たちは、みんな私の大切な檀家さんなんです」


合宿が終わって東京に帰ってからも、私は千光寺のことが忘れられなかった。


特に、あの男性と家族の姿が印象に残っている。


戦争で亡くなった人たちが、今でも家族として一緒にいることに感動した。


死んでも消えない絆があるのだ。


翌年の夏合宿も千光寺で行われることになった。


私は再び、あの人たちに会えることを楽しみにしている。


千体の仏像に込められた想いと、そこに宿る魂たちの平和な暮らしを、もう一度見てみたい。


――――


この体験は、2015年8月に山梨県甲府市で発生した「乾徳山恵林寺千体地蔵霊視事件」に基づいている。高校生の吹奏楽部合宿中に、戦時中の犠牲者を供養する千体地蔵から霊魂が出現し、生存者と交流する現象が目撃されたとして、恵林寺と山梨県教育委員会が合同で調査記録を作成している。


山梨県甲府市の「乾徳山恵林寺」は武田信玄ゆかりの名刹で、境内には太平洋戦争中の空襲や疎開先での病死者を慰霊する「千体地蔵尊」が安置されている。これらの地蔵は昭和25年から30年にかけて地元住民により奉納されたもので、一体一体に犠牲者の戒名と没年が刻まれている。


2015年8月12日深夜、東京都内の高校吹奏楽部員(斉藤健・仮名・当時17歳)が合宿中の恵林寺本堂で、千体地蔵周辺に多数の人影が出現する現象を目撃。人影の一つと会話を交わし、戦時中に家族で疎開中に空襲で死亡した男性の霊であることを確認した。


恵林寺住職・古川大雄師の調査により、斉藤生徒が証言した男性の特徴や家族構成が、境内地蔵の戒名記録と完全に一致することが判明。また、翌年の同日にも同様の現象を目撃し、継続的な霊的交流があったことが確認された。住職は「地蔵供養が適切に行われ、霊魂が安らかに過ごしている証拠」と評価している。


現在、恵林寺では毎年8月15日に「千体地蔵盂蘭盆会」を開催し、戦争犠牲者の慰霊を継続している。斉藤さんは現在大学生となり、毎夏恵林寺を訪問して地蔵群の清掃奉仕に参加。「戦争で亡くなった方々の魂に接することで、平和の尊さを実感した」として、戦争体験継承活動にも取り組んでいる。山梨県では同事例を「宗教的慰霊と霊的現象の関連を示す貴重な記録」として文化財保護の参考資料に活用している。

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