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怖い話  作者: 健二
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湖底の鳥居


八月中旬、高校一年生の私、田村和也は家族旅行で長野県の高原にある湖を訪れた。


「この湖、昔は村があったんだって」


父が説明してくれた。


「村?」


「ダム建設で水没したんだよ。今は湖底に沈んでる」


興味深い話だった。


宿泊先のペンションのオーナー、佐藤さんが詳しく教えてくれた。


「昭和三十年代にダムができて、谷底の村が丸ごと水没したんです」


「村の人たちはどうなったんですか?」


「みんな移住しました。でも、村の神社だけは移せなかったんです」


「神社?」


「ご神体が巨大な岩だったので、そのまま湖底に沈んだんです」


佐藤さんが湖を指差した。


「晴れた日には、水面から鳥居の上部が見えることもありますよ」


翌日、私は一人で湖畔を散歩した。


確かに、よく見ると水面下に何かの構造物が見える。


「本当に鳥居があるんだ」


しばらく眺めていると、湖面がキラキラと光った。


まるで誰かが水中から手を振っているような。


「気のせいかな」


その時、背後から声をかけられた。


「あの鳥居、見えますか?」


振り返ると、十歳くらいの男の子が立っていた。


浴衣を着て、どこか古風な印象だった。


「君も見えるの?」


「はい。僕、この村の出身なんです」


「この村?」


男の子が湖を指差した。


「水の下の村です」


私は困惑した。水の下の村出身?


「君の名前は?」


「田中健一です。小学四年生」


「僕は田村和也。高校一年生だよ」


健一くんはとても礼儀正しい子だった。


「和也お兄ちゃん、神社のお祭りを見に行きませんか?」


「お祭り?」


「今夜、村でお祭りがあるんです」


「でも村は水の中でしょ?」


「大丈夫です。案内します」


健一くんが微笑んだ。


何か不思議な魅力があり、私は頷いてしまった。


「夜の十時に、ここで待ってます」


健一くんはそう言って走り去った。


夜十時、私は約束の場所に行った。


健一くんが待っていた。


「来てくれたんですね」


「でも、どうやって水の中に?」


「ついてきてください」


健一くんが湖に向かって歩き始めた。


「ちょっと、危険だよ」


しかし健一くんは水面を歩いている。


まるで地面のように。


「え?」


私も恐る恐る足を伸ばすと、水面が固くなっていた。


「すごい」


健一くんと一緒に湖面を歩いた。


だんだん深いところへ向かっているが、沈まない。


「もうすぐです」


すると、前方に明かりが見えてきた。


水中に、村の灯りが灯っている。


「あれが僕の村です」


信じられない光景だった。


水の中に、昭和時代の村がそのまま残っている。


「降りますよ」


健一くんが水中に入っていく。


私も続いた。


不思議なことに、水中でも息ができた。


村に着くと、多くの人がいた。


みんな昭和時代の服装をしている。


「健一、お疲れさま」


「お客さんを連れてきたのね」


村人たちが優しく迎えてくれた。


「今夜は夏祭りなんです」


健一くんが説明してくれた。


確かに、神社では祭りの準備が進んでいる。


「でも、皆さんは…」


私は言いかけて止めた。


この人たちは既に亡くなっているのではないか。


「気づいてますね」


健一くんが言った。


「はい、僕たちはもうこの世の人間ではありません」


「やっぱり…」


「でも、毎年この時期にお祭りを続けているんです」


「なぜ?」


「村への愛着があるからです」


健一くんが神社を見上げた。


「この神社を守り続けたいんです」


祭りが始まった。


太鼓の音が水中に響く。


村人たちが楽しそうに踊っている。


「和也お兄ちゃんも一緒に踊りましょう」


私は村人たちと一緒に踊った。


とても楽しい時間だった。


しかし、だんだん不安になってきた。


このまま帰れなくなるのではないか。


「健一くん、そろそろ帰りたいんだけど」


「そうですね。もう夜明けが近いです」


健一くんが私を湖面まで送ってくれた。


「また来てくださいね」


「本当にまた来れるの?」


「信じる気持ちがあれば」


健一くんが微笑んだ。


「でも、他の人には話さない方がいいです」


「なぜ?」


「信じてもらえないからです」


私は湖面を歩いて岸に戻った。


振り返ると、健一くんの姿は見えなかった。


翌朝、佐藤さんに昨夜のことを話した。


「水の上を歩いた?」


佐藤さんが驚いた表情を見せた。


「はい。村の子供に案内されて」


「その子の名前は?」


「田中健一くん」


佐藤さんの顔が青くなった。


「田中健一…その名前は」


「ご存知ですか?」


「水没した村の記録にあります」


佐藤さんが資料を取り出した。


「昭和三十五年、ダム建設で村が水没する直前に事故で亡くなった子供です」


私は震え上がった。


「やっぱり…」


「でも、時々目撃者がいるんです」


「目撃者?」


「湖で子供の霊を見たという話です」


佐藤さんが続けた。


「特に夏祭りの時期に」


私は昨夜の出来事を思い出した。


健一くんや村人たちは、本当に亡くなった人たちだったのだ。


「でも、とても優しい人たちでした」


「そうでしょうね。村への愛が強いんです」


佐藤さんが微笑んだ。


「きっと、あなたに村を見てほしかったんでしょう」


帰る日の朝、私は再び湖を見に行った。


水面下の鳥居がはっきりと見える。


「健一くん、ありがとう」


私は湖に向かって手を振った。


すると、水面がキラキラと光った。


まるで返事をしてくれているようだった。


東京に戻ってからも、私はあの村のことを忘れられない。


水没してしまった故郷を愛し続ける人たちの気持ちが、深く心に残った。


いつか、また健一くんに会いに行きたい。


そして、村の人たちの温かさを、もう一度感じたい。


湖底に沈んだ村は、今でも人々の心の中で生き続けているのだ。


――――


この体験は、2018年8月に長野県南佐久郡で発生した「小海湖水没村霊的接触事件」に基づいている。家族旅行中の高校生がダム湖で水没した集落の住民霊と遭遇し、湖底の村で開催される霊的夏祭りに参加したとして、南佐久郡教育委員会と信州大学人文学部が合同調査を実施した記録が残されている。


長野県南佐久郡小海町の「小海湖」は昭和32年に完成した小海ダムによって形成された人造湖で、ダム建設により「奥畑集落」(21戸・約80名)が水没移転した。集落には江戸時代創建の「八坂神社」があったが、ご神体の巨岩が移転困難なため湖底に水没。地元では「湖の神様」として現在も信仰されている。


2018年8月14日夜、東京都内から家族旅行で訪れた高校1年生男子(田村和也・仮名)が小海湖で「水面歩行」を体験し、湖底集落の夏祭りに参加したと証言。案内役の少年(田中健一・仮名)の特徴が、昭和35年にダム工事現場事故で死亡した地元児童の記録と完全一致していることが判明した。


地元ペンション経営者によると、毎年8月中旬に同様の目撃証言があり、特に「子供の霊に案内されて湖底を歩いた」との報告が複数寄せられている。信州大学の調査では、目撃者の証言から復元された水没集落の配置図が、昭和32年の実測図と驚くほど一致していることが確認された。


現在、小海町では毎年8月14日に「湖底鎮魂祭」を開催し、水没集落住民の慰霊と湖の安全を祈願している。小海湖では「集落の霊が訪問者を歓迎している」との解釈から、心霊スポットではなく「ふるさと愛の象徴」として地域で大切にされている。田村さんは現在大学生となり、毎年8月に小海湖を訪れ、水没集落の歴史を後世に伝える活動に参加している。

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