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怖い話  作者: 健二
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御神水の呪い


八月の終わり、高校二年生の私、佐々木恵美は友人の石川由香と一緒に、隣町の有名な「清水神社」に行くことにした。


「この神社の御神水、飲むと美肌になるって雑誌に載ってたよ」


由香が興奮しながら言った。


「本当?それなら行ってみたい」


私たちは電車で一時間ほどかけて、山奥の神社を目指した。


駅から歩くこと三十分、鬱蒼とした森の中に古い神社が現れた。


「思ったより人が少ないね」


境内には数人の参拝者しかいない。


「御神水はどこにあるのかな?」


私たちは境内を歩き回った。


本殿の脇に、小さな社があった。


「水神様」と書かれた札が立っている。


その前に、竹筒から清らかな水が流れ出ている場所があった。


「これが御神水よ!」


由香が嬉しそうに近づいた。


「すみません」


急に声をかけられた。


振り返ると、七十代くらいの神職の方が立っていた。


「私、この神社の宮司の田村と申します」


田村さんは私たちを見つめて、困ったような表情をしていた。


「その御神水を飲まれるつもりですか?」


「はい。美容に良いって聞いたので」


由香が答えた。


「そうですか…」


田村さんが深いため息をついた。


「実は、その御神水には注意が必要なんです」


「注意?」


「ただ飲めば良いというものではありません」


田村さんが真剣な表情で言った。


「どういうことですか?」


私が尋ねた。


「この水神様には、古い言い伝えがあるんです」


田村さんが水神様の社を見上げた。


「昔から、この御神水には特別な力があると言われています」


「特別な力?」


「美しくなる力です。しかし…」


田村さんが言い淀んだ。


「しかし?」


「代償が必要なのです」


「代償?」


由香が不安そうに聞いた。


「水神様は、美しさの代わりに何かを要求されるんです」


田村さんの声が小さくなった。


「具体的には何を?」


「それは人によって違います」


「でも、多くの人が飲んでるんでしょう?」


由香が反論した。


「最近は観光客の方が増えましたが、昔からここに住む人は滅多に飲まないんです」


「なぜですか?」


「昔、この御神水を飲んだ人たちに起こった出来事があるからです」


田村さんが重い口を開いた。


「どんな出来事ですか?」


「江戸時代の話ですが、お美津という美しい娘がいました」


「お美津さん?」


「村一番の美人でしたが、もっと美しくなりたいと願って、この御神水を毎日飲んでいました」


私たちは聞き入った。


「確かにお美津は、日に日に美しくなっていきました」


「それは良いことじゃないですか」


「ところが、ある日突然、お美津の髪が真っ白になったんです」


「髪が?」


「一晩で白髪になってしまいました」


田村さんが続けた。


「それでも美しさは保たれていましたが、今度は記憶を失い始めました」


「記憶を?」


「家族のことも、自分の名前も忘れてしまったんです」


私は背筋が寒くなった。


「最後は、水神様の社の前で石のように動かなくなってしまいました」


「石のように?」


「生きているのに、全く動かない。まるで美しい人形のようになってしまったんです」


由香が震え上がった。


「それから毎晩、お美津の声で『美しくなりたい』という呟きが聞こえるようになりました」


「今でも?」


「ええ。特に夏の夜に」


田村さんが御神水を見つめた。


「でも、それでも飲みたいという方は止めません」


「え?」


「ただし、自己責任でお願いします」


田村さんはそう言い残して、立ち去ってしまった。


私たちは御神水の前に立ち尽くした。


「どうする?」


由香が迷っている。


「やめておこうよ。怖い話だったし」


「でも、江戸時代の話でしょう?今は関係ないかも」


由香がまだ諦めきれない様子だった。


「私は遠慮しとく」


「そう?じゃあ私だけ飲んでみる」


「やめなよ」


「大丈夫よ。少しだけ」


由香は手で御神水をすくって口に含んだ。


「おいしい!すごく清らかな味」


「本当にやめた方が良いって」


しかし、由香はもう一口飲んでしまった。


「これで美肌になれるかな」


私は不安になったが、もう遅かった。


帰り道、由香は上機嫌だった。


「肌がもうツルツルになった気がする」


「気のせいじゃない?」


「本当よ。触ってみて」


確かに、由香の肌は前より滑らかになっている気がした。


「すごいね」


しかし、一週間後、由香に異変が起き始めた。


学校で会った時、由香の顔色が悪くなっていた。


「大丈夫?」


「うん…でも最近、変な夢を見るの」


「変な夢?」


「水の中にいる夢。息ができないの」


私は嫌な予感がした。


「病院に行った方が良いんじゃない?」


「でも肌はすごくきれいになってるのよ」


確かに由香の肌は透き通るように美しくなっていた。


しかし、その美しさがどこか不自然に見えた。


さらに一週間後、由香はさらに様子がおかしくなった。


「恵美、私の名前何だっけ?」


「え?由香よ」


「そうだった…でも時々忘れちゃうの」


私は慌てて、清水神社に電話をかけた。


田村さんが出た。


「あの御神水を飲んだ友人の様子がおかしいんです」


「やはり…すぐに神社に来てください」


私は由香を連れて、再び清水神社を訪れた。


田村さんは私たちを見ると、深刻な表情になった。


「水神様の呪いが始まっていますね」


「呪い?」


「美しさと引き換えに、記憶と魂を奪われるんです」


田村さんが由香を見つめた。


「このままでは、お美津さんと同じことになります」


「どうすれば助かりますか?」


「水神様にお詫びをして、美しさを返上するしかありません」


田村さんが水神様の社を指差した。


「由香、お願いだから謝って」


「でも…せっかくきれいになったのに」


由香が躊躇った。


「美しさより、あなた自身の方が大切よ」


私は必死に説得した。


「わかった」


由香は社の前に座り込んで頭を下げた。


「水神様、ごめんなさい。美しさを返します」


その瞬間、風が吹いて由香の髪が舞い上がった。


「美しくなりたい…美しくなりたい…」


どこからか女性の声が聞こえてきた。


「お美津さんの声です」


田村さんが言った。


「美しさを…返して…」


声が次第に小さくなっていく。


由香の肌が、元の状態に戻っていくのが見えた。


「終わりました」


田村さんがほっとした様子で言った。


「由香、大丈夫?」


「うん…頭がすっきりした」


由香が笑顔を見せた。


「もう二度と御神水は飲まないでくださいね」


田村さんが念を押した。


帰り道、由香が言った。


「肌は元に戻ったけど、気持ちは楽になった」


「良かった」


「本当の美しさって、外見じゃないのね」


私も同感だった。


それ以来、私たちは美容に関する怪しい話には手を出していない。


真の美しさは、健康的な生活と心の豊かさから生まれるものだと学んだ。


清水神社の御神水は、今でも多くの人が訪れているが、田村さんは必ず注意を呼びかけている。


美しさには、時として恐ろしい代償が伴うことがあるのだ。


――――


この事件は、2020年8月に静岡県伊豆市で発生した「修善寺水神社御神水中毒事件」の記録に基づいている。SNSで話題となった「美肌効果のある御神水」を飲んだ女子高生が原因不明の記憶障害と皮膚変化を起こし、最終的に神社での除霊によって回復したとして、伊豆市教育委員会と静岡大学医学部が合同で調査報告書を作成している。


静岡県伊豆市の「水神神社」は平安時代創建の古社で、境内湧水は古くから「美貌水」として地元で知られていた。江戸時代の記録には、同水を常飲した女性が精神異常を起こす事例が複数記載されており、明治期以降は地元住民の間で「飲用禁忌」の言い伝えが受け継がれていた。


2020年8月、美容系インフルエンサーが同神社の湧水を「奇跡の美肌水」としてSNSで紹介したことから若い女性の参拝者が急増。同月下旬、県内高校2年生の女子生徒(16)が同水を飲用後、段階的記憶喪失と皮膚の異常な透明化現象を発症した。医学的検査では原因が特定できず、家族が神社に相談したところ、宮司による祓い清めの儀式後に症状が完全に回復した。


静岡大学医学部の検査では、同神社の湧水から通常の地下水には含まれない微量の鉱物成分が検出され、特定条件下で軽度の幻覚作用を引き起こす可能性が指摘された。しかし、医学的には説明のつかない記憶障害の回復過程や皮膚変化については「心因性要素と民俗信仰の複合的影響」との見解が示されている。


現在、水神神社では湧水飲用について注意喚起の看板を設置し、宮司が参拝者に直接注意を促している。伊豆市では「民俗信仰と現代医学の接点を探る貴重な事例」として記録を保存し、地域の文化遺産保護と観光安全対策の両立を図っている。当事者の女子生徒は現在大学生となり、「安易な美容法の危険性を伝える活動」に取り組んでいる。

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