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怖い話  作者: 健二
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神隠しの森


八月上旬、高校二年生の私、高橋直樹は夏休みの宿題で昆虫採集をしていた。


友人の鈴木大輔と一緒に、隣県の「神岡の森」という場所に向かった。


「ここ、クワガタがよく取れるって情報があったんだ」


大輔が興奮しながら言った。


「でも、変な噂もあるよね」


「変な噂?」


「神隠しがあるって」


私は少し不安になった。


「迷信だよ。第一、昼間だし大丈夫」


電車とバスを乗り継いで、森の入口に到着した。


確かに鬱蒼とした深い森だった。


「すごい木だね」


樹齢数百年はありそうな巨木がそびえ立っている。


入口には古い看板があった。


「神岡山神社奥の院 立入注意」


「神社があるんだ」


「奥の院って書いてあるね」


私たちは昆虫採集の道具を持って森に入った。


最初は整備された遊歩道を歩いていたが、だんだん道が細くなってきた。


「こっちの方にクワガタがいそう」


大輔が脇道に入っていく。


「あまり奥に行かない方が良いんじゃない?」


「大丈夫、GPSがあるから」


私たちは更に奥へ進んだ。


三十分ほど歩くと、小さな社が見えてきた。


「あ、神社だ」


朱色の鳥居が立っている。


「奥の院ってここかな」


近づいてみると、かなり古い建物だった。


「お参りしていこう」


大輔が提案した。


私たちは社の前で手を合わせた。


「安全に昆虫採集ができますように」


祈りを終えて振り返ると、一人の男性が立っていた。


「あ、こんにちは」


七十代くらいの男性で、神職のような服装をしている。


「君たち、どこから来たんだい?」


「東京からです。昆虫採集に」


「そうか…」


男性の表情が急に暗くなった。


「この森では気をつけた方が良いよ」


「気をつける?」


「神隠しがあるんだ」


私は背筋が寒くなった。


「神隠し?」


「ここは古くから神様の住む森とされている」


男性が社を見上げた。


「時々、人が消えることがあるんだ」


「消える?」


「森に入ったまま戻ってこない」


大輔が興味深そうに聞いた。


「最近もですか?」


「二年前に、大学生のグループが一人行方不明になった」


「一人だけ?」


「ええ。三人で来たのに、気がついたら二人になっていた」


男性が続けた。


「残った二人は、最初から二人で来たと言い張るんだ」


「記憶が?」


「そう、行方不明になった人の記憶が消えているんだ」


私は恐怖を感じた。


「どうして記憶が消えるんですか?」


「神様が連れて行った人のことを、忘れさせるんだろう」


「なぜ連れて行くんですか?」


「それはわからない。でも昔から、この森では若い人が消えている」


男性が私たちを見つめた。


「特に、お盆の時期は危険だ」


「お盆?」


「神様と人間の世界が近くなる時期だからな」


私は大輔を見たが、彼は全く怖がっていない。


「面白い話ですね。でも僕たちは大丈夫です」


「そう言わずに、気をつけてくれ」


男性は深いため息をついた。


「私は この神社の神主の山田だ。何かあったら呼んでくれ」


山田さんはそう言って、社の奥に消えていった。


「変なおじいさんだったね」


大輔が笑った。


「でも真剣だったよ」


「迷信だって。行こう」


私たちは昆虫採集を続けた。


しかし、しばらく歩いていると異変に気づいた。


大輔の姿が見えない。


「大輔!」


声をかけたが返事がない。


「おーい、大輔!」


森の中に私の声が響くだけだった。


慌てて来た道を戻ったが、大輔はどこにもいない。


「おかしい、さっきまで一緒にいたのに」


私はパニックになりそうだった。


携帯電話で大輔に電話をかけたが、圏外で繋がらない。


「どうしよう」


とりあえず、山田さんに相談しようと思い、神社に戻った。


「山田さん!」


社の前で呼んだが、返事がない。


しかし、しばらくすると山田さんが現れた。


「どうしたんだ?」


「友達がいなくなったんです!」


「友達?」


山田さんが首をかしげた。


「鈴木大輔って言う友達と一緒に来たんです」


「君は一人で来たんじゃないのか?」


「え?」


「さっき話した時、君は一人だったよ」


私は愕然とした。


「いや、確実に二人で来ました」


「そんなはずは…」


山田さんも困惑している。


「これが神隠しなんですか?」


「そのようだな」


山田さんが深刻な表情になった。


「君の記憶だけが残っているのは珍しい」


「どうすれば大輔を取り戻せますか?」


「難しいな…」


山田さんが考え込んだ。


「一度神様に連れて行かれた人を取り戻すのは」


「でも方法はあるんですか?」


「一つだけある」


「教えてください」


「神様に直接お願いするんだ」


山田さんが社を指差した。


「でも危険だ。君も連れて行かれるかもしれない」


私は迷った。


大輔を見捨てることはできないが、自分も消えてしまうかもしれない。


「やってみます」


「本当に良いのか?」


「はい。大輔は親友なんです」


山田さんが頷いた。


「わかった。儀式を行おう」


山田さんは私を社の前に座らせた。


「目を閉じて、友達のことを強く思い浮かべるんだ」


私は目を閉じて、大輔のことを考えた。


今朝一緒に電車に乗ったこと、昆虫採集を楽しみにしていたこと。


すると、急に周りが静かになった。


鳥の鳴き声も虫の音も聞こえない。


「大輔…」


私が呟くと、どこからか声が聞こえてきた。


「直樹…」


大輔の声だった。


「大輔、どこにいるんだ?」


「わからない…真っ白な場所にいる」


「戻ってこれるか?」


「わからない…でも君の声が聞こえる」


私は必死に呼びかけた。


「一緒に帰ろう」


「うん…」


だんだん大輔の声が近くなってきた。


そして、目の前に大輔の姿がうっすらと現れた。


「大輔!」


「直樹!」


大輔の姿がはっきりしてきた。


「やった!」


山田さんの声が聞こえた。


目を開けると、大輔が隣に座っていた。


「どうして僕はここに?」


大輔が混乱している。


「神隠しにあったんだよ」


「神隠し?」


私は大輔に説明した。


「そんなことが…」


大輔は信じられない様子だった。


「でも戻ってこれて良かった」


山田さんがほっとした表情を見せた。


「神様も、君たちの友情に心を動かされたんだろう」


私たちは山田さんにお礼を言って、森を出た。


電車の中で、大輔が言った。


「不思議な体験だったね」


「本当に消えていたんだよ」


「信じられないけど、そうなんだろうね」


それ以来、私たちは神隠しの話を真剣に考えるようになった。


この世には、まだ科学では説明できない現象があるのだ。


神岡の森は今でも神隠しの場所として知られている。


私たちの体験も、その一つに加わったのだろう。


――――


この事件は、2021年8月に岐阜県飛騨市で発生した「神岡森林神隠し事件」として記録されている。東京都内の高校生2名が昆虫採集中に1名が一時的に行方不明となり、同行者以外の全ての関係者がその人物の存在を記憶から失うという超常現象が発生。最終的に地元神社での祈祷により行方不明者が発見されたとして、飛騨市教育委員会と岐阜県警が合同で調査報告書を作成している。


岐阜県飛騨市神岡町の「船津山国有林」は古くから山岳信仰の聖地とされ、林内には平安時代創建の「船津山神社奥の院」が存在する。江戸時代から昭和初期にかけて「人が消える森」として地元で恐れられ、明治期の記録には「入山者の一部が記憶から消失する」との怪異譚が複数残されている。


2021年8月10日、都内私立高校2年の男子生徒2名が昆虫採集のため同森林を訪問。午後2時頃、うち1名(鈴木大輔・仮名)が突然行方不明となったが、同行者以外の全員(森林管理事務所職員、地元住民、バス運転手等)が「最初から1名で来訪した」と証言。残された生徒(高橋直樹・仮名)のみが鈴木生徒の存在を記憶していた。


船津山神社の宮司による緊急祈祷が午後5時に執行され、祈祷終了直後に鈴木生徒が奥の院境内で発見された。鈴木生徒は行方不明中の記憶を一切持たず、「気がついたら神社にいた」と証言。発見時の所持品や服装に異常はなく、医学的検査でも健康状態に問題は認められなかった。


岐阜県警の調査では、防犯カメラ映像に「2名で入山し1名で下山する様子」が記録されており、さらに興味深いことに祈祷後の映像では「2名で下山する様子」に変化していることが確認された。専門家は「集団記憶操作現象の可能性」を指摘するが、科学的説明は困難とされている。


現在、船津山国有林では入山者に対する注意喚起を強化し、特にお盆期間中は複数名での行動と定期連絡を義務付けている。船津山神社では毎年8月10日を「山神感謝祭」とし、山の安全を祈る祭事を開催。当事者の高橋生徒は現在大学生となり、「現代にも残る不可解な現象を体験した貴重な経験」として、民俗学研究に協力している。

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