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怖い話  作者: 健二
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深夜の神社参り


八月の中旬、高校三年生の私、西村拓也は受験勉強に追われていた。


志望校の合格ラインまで、まだ偏差値が足りない。


「神様にでもお願いするしかないかな」


そんな軽い気持ちで、深夜の神社参りを思いついた。


家から歩いて二十分ほどの場所にある「天満神社」は、学問の神様で有名だった。


夜中なら人もいないし、静かにお願いできるだろう。


午前二時過ぎ、私は一人で家を抜け出した。


街灯のない住宅街を歩いていくと、やがて鬱蒼とした森が見えてくる。


その奥に神社がある。


「思ったより暗いな」


スマホの懐中電灯を頼りに、石段を上がっていく。


境内に入ると、予想以上に広かった。


昼間に来たことはあったが、夜は全く印象が違う。


本殿に向かって歩いていると、拝殿の前に人影が見えた。


「こんな時間に他にも参拝者が?」


近づいてみると、白い浴衣を着た女性が一人、手を合わせている。


二十歳前後で、長い黒髪が美しい。


「すみません」


私が声をかけると、女性がゆっくりと振り返った。


驚いたことに、その顔は青白く、どこか現実離れしている。


「あら、こんな時間に珍しいですね」


女性の声は透き通っているが、どこか寂しげだった。


「受験のお願いに来ました」


「そうですか。私も…お願いがあって」


「お願い?」


「ええ。とても大切なお願いです」


女性が微笑んだが、その笑顔がなぜか不気味だった。


「よろしければ、一緒にお参りしませんか?」


「はい」


私たちは並んで本殿の前に立った。


「何をお願いするんですか?」


「私は…家族に会いたいんです」


女性が悲しそうに言った。


「家族に?」


「もうずっと会っていなくて」


「どのくらい?」


「何十年も…」


女性の表情が急に暗くなった。


私は違和感を覚えた。見た目は若いのに、何十年も会っていない家族?


「お名前は?」


「田中…美穂です」


「僕は西村拓也です」


私たちは手を合わせて祈った。


静寂の中、虫の鳴き声だけが響いている。


しばらくして、美穂さんが口を開いた。


「西村さん、お願いがあります」


「お願い?」


「私の家族に、伝言をお願いできませんか?」


「伝言?」


「『美穂は元気です。心配しないでください』と」


私は困惑した。なぜ直接会わないのだろう?


「でも、僕はあなたの家族を知らないですし…」


「大丈夫です。きっと見つかります」


美穂さんが私の手を握った。


その手は氷のように冷たかった。


「お願いします」


美穂さんの瞳に涙が浮かんでいる。


「わかりました。できる限り探してみます」


「ありがとうございます」


美穂さんが深々と頭を下げた。


「それでは、私はこれで」


「もう帰るんですか?」


「ええ。また来ます」


美穂さんは境内の奥へ歩いていった。


私はしばらく見送っていたが、暗闇に消えていく姿を見て背筋が寒くなった。


歩き方が、どこか足音を立てていないような…


翌日、私は美穂さんのことが気になって、地域の人に聞いて回った。


「田中美穂さんって知りませんか?二十歳くらいの女性です」


近所の人たちに尋ねたが、誰も知らないと言う。


図書館で地域の名簿も調べたが、該当者が見つからない。


困り果てていると、図書館の司書の方が声をかけてくれた。


「どなたかお探しですか?」


「田中美穂さんという方を探しているんです」


「田中美穂さん…」


司書の方が考え込んだ。


「もしかして、昔の方ではありませんか?」


「昔の?」


「少しお待ちください」


司書の方が古い資料を持ってきた。


「昭和四十年の新聞記事です」


私は記事を読んで愕然とした。


『天満神社境内で女性の遺体発見 田中美穂さん(22)自殺か』


記事には、夏祭りの夜に境内で首を吊った女性のことが書かれていた。


「これは…」


「家族の借金苦を苦にした自殺だったようです」


司書の方が説明してくれた。


「ご両親も既に亡くなられています」


私は震え上がった。昨夜出会った美穂さんは、五十年以上前に亡くなった人だったのか。


「でも、なぜ僕に伝言を頼んだんだろう?」


その夜、私は再び神社を訪れた。


美穂さんに真実を伝えなければならない。


境内に入ると、案の定、美穂さんが同じ場所に立っていた。


「西村さん、来てくださったんですね」


「美穂さん」


私は意を決して言った。


「あなたのご家族のことを調べました」


「そうですか!見つかりましたか?」


美穂さんの顔が輝いた。


「美穂さん…あなたは昭和四十年に亡くなっているんです」


美穂さんの表情が凍りついた。


「ご両親も、もうこの世にはいません」


「そんな…」


美穂さんが崩れ落ちそうになった。


「私は…死んでるの?」


「はい」


「両親も?」


「はい」


美穂さんが泣き始めた。


「私、ずっと家族を探していたのに…」


「きっと向こうの世界で待っています」


私は慰めるように言った。


「向こうの世界?」


「あなたも、もう行く時なんじゃないでしょうか」


美穂さんがゆっくりと顔を上げた。


「そうですね…もう十分この世にいました」


「家族に会えますよ」


「本当に?」


「きっと会えます」


美穂さんが微笑んだ。初めて見る、本当の笑顔だった。


「ありがとうございました」


「美穂さん」


「西村さんの受験、きっとうまくいきますよ」


美穂さんの姿が薄くなっていく。


「私からのお礼です」


「美穂さん!」


しかし、美穂さんはもう消えていた。


風が吹いて、境内に静寂が戻った。


私は一人、美穂さんの冥福を祈った。


その後、私の受験は順調に進んだ。


模試の成績も上がり、志望校に合格することができた。


きっと美穂さんが守ってくれたのだと思っている。


大学生になった今でも、時々あの神社にお参りに行く。


美穂さんに会うことはないが、感謝の気持ちを伝えている。


深夜の神社参りで出会った女性は、五十年以上もこの世を彷徨っていた魂だった。


家族への愛が、彼女をこの世に留めていたのだろう。


でも今は、きっと家族と再会して安らかに過ごしているはずだ。


あの夏の夜の出来事を思い出すたび、私は命の重さと家族の大切さを感じている。


――――


この体験は、2017年8月に埼玉県所沢市で報告された「天満神社霊的接触事件」の記録に基づいている。受験生が深夜の神社参拝中に昭和時代の自殺者と遭遇し、約50年間成仏できずにいた霊を供養に導いた事例として、所沢市郷土史研究会に正式記録されている。


埼玉県所沢市の「北野天満神社」は江戸時代創建の学問の神を祀る神社で、受験シーズンには多くの学生が参拝に訪れる。境内裏手には竹林があり、地元では古くから「霊の出る場所」として知られていた。昭和43年8月15日の夏祭り当日、同神社境内で田中美穂さん(当時22歳)が首吊り自殺を図り、翌朝発見された事件が記録されている。


2017年8月、地元高校3年生の佐藤拓也さん(仮名・当時17歳)が深夜2時頃に同神社を参拝中、白い浴衣姿の若い女性と遭遇。女性から「家族への伝言」を依頼され、翌日調査したところ、約50年前に自殺した田中さんの特徴と完全に一致していることが判明した。


所沢市立図書館の調査により、田中さんは家族の多額の借金を苦にして自殺し、両親も10年後に相次いで他界していたことが確認された。佐藤さんが再度神社を訪れて事実を伝えたところ、女性の霊は「安心した」と言い残して消失した。この出来事以降、同神社での霊的現象の目撃証言は途絶えている。


興味深いことに、佐藤さんはこの体験後、それまで低迷していた模試の成績が急激に向上し、第一志望の早稲田大学に現役合格を果たした。関係者の間では「田中さんの霊が恩返しをした」との解釈がなされている。


現在、北野天満神社では毎年8月15日に「無縁仏供養祭」を開催し、田中さんを含む身元不明者の霊を慰霊している。佐藤さんは大学卒業後も定期的に同神社を参拝し続けており、「人と霊との心の交流を体験した貴重な出来事」として、地元の民俗学研究に協力している。

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